幕間 ~ジークの恩返し・前編~
お久しぶりです。不定期更日常回➀です。
周囲を大勢の人々が行き交っている。
子どもの手を引いて歩く家族、休日を楽しむ貴族、夕食の食材を求めて店を回る主婦。さまざまな人間が思い思いの時間を過ごすなか、私はミカドレア王国の城下町に立っていた。
背後には、巨大な角麒麟の像がそびえている。かつて、ミカドレア王国が存亡の危機に瀕した際、どこからともなく現れて国を救ったとされる伝説の神獣だ。今では王国の象徴として親しまれ、国紋にもその角が刻まれている。
私は、その像の前である人物を待っていた。
しかし、約束の時間を過ぎても相手はなかなか姿を現さない。仕方なく角麒麟像を見上げて時間を潰していると、やがて人波の向こうから、黒いドレスを身にまとった一人の女が近づいてきた。
金色の髪は普段とは違って団子状に結い上げられ、歩くたびに軽やかなドレスの裾が揺れている。距離が縮まるにつれて、こちらへ向けられた瞳が深い紺碧であることにも気づいた。ふわりと柑橘の香りが漂い、そこでようやく私は彼女の正体を確信する。
「……すまん、遅れた!」
「来たか、ジーク」
そう。私が待っていたのは、ジークだ。
♢♢♢
一日前、エドワードの研究所にて。
「先生ー! 蛇竜の鱗、解析が終わりましたよ!」
ミラから差し出された資料を受け取り、私はすぐにその内容へ目を通した。蛇竜の鱗に魔力を流した際の硬度変化、魔力遮断率、耐腐食性など、どの項目も事前に予想していた数値を上回っている。
「よし。これなら魔導義鎧に組み込めそうだな」
「はい。魔力遮断能力と硬化能力は再現できそうです。雷轟竜の竜鱗とは異なる原理で硬化しているので、両方を組み合わせれば、装甲をさらに強固にできるかもしれません」
「分かった。さっそくテストしてみてくれ」
「了解です。併せて腐食対策も進めますね。ムラクモ、準備して」
ミラが呼びかけると、天井から伸びた機械腕が関節部を折り曲げ、お辞儀をするような動きを見せた。
『御意。いくつかサンプルを用意いたす。それと大殿、今しがた郵便物が届きましたぞ』
「郵便物? 出してくれ」
『御意』
返事とともに、天井付近に設けられた射出口から一枚の手紙が排出された。この射出口は地上の家と接続されており、届いた手紙や小さな荷物を研究所まで送れるようになっている。
表向き、私とミラはその家で暮らしていることになっている。実際には、ほとんどの時間をこの研究所で過ごしているのだが。
落ちてきた手紙を難なく受け止めたミラは、差出人を確認すると、それを私へ差し出した。
「先生、ジークさんからですよ」
「ジーク?」
何の用だろうか。轟雷剣の能力を隠していたことを怒っているのか、それとも、先日の戦いの後処理で私がほとんど役に立たなかったことを責めるつもりなのか。
とはいえ、それは仕方がないだろう。生身の私は、二十五歳の少し痩せ気味な男だぞ。
そんなことを考えながら封を切ると、内容が気になったらしいミラも横から手紙をのぞき込んできた。
【明日、十時に王都城下町の角麒麟像前に来てくれ。】
書かれていたのは、それだけだった。場所と時間だけが指定され、肝心の用件については何一つ説明されていない。念のため手紙の表と裏を確認してみたが、ほかには何も書かれていなかった。
「……死刑か?」
「どうしてそうなるんですか」
「ミラ、どうやら私の命もここまでらしい」
「何を言っているんですか。明日はちゃんとした服を着ていってくださいよ」
なるほど、死装束というやつか。
「生憎、白い服は持っていない」
「白? 別に白にこだわる必要はないと思いますけど」
「……もしかして、魔導義鎧を着ていけという意味か? それを着て抗えと? ならば明日までに修理を終わらせるしか――」
「先生は、何か大きな勘違いをしています」
ミラは私の言葉を遮ると、呆れたようにため息をついた。
「明日着ていく服は、私が選びますからね」
♢♢♢
――ということがあったのだ。
そのため、私は多少身構えながら待ち合わせ場所へ来たのだが、ジークの態度を見る限り、どうやら怒っているわけではないらしい。
「待たせて悪かったな。さっそく行こう」
「構わんが、どこへ行くんだ?」
「まずは『ナーリの魔石店』だ」
魔石店とは、意外な行き先だった。ジークは魔石を使わないはずだが、本人が行くと言っている以上、何か目的があるのだろう。
「分かった」
軽い世間話を交わしながら城下町を歩いていると、ほどなくして目的の魔石店へ到着した。ジークが戸を開けて中へ入り、私もそのあとに続くと、チリンチリンと来客を知らせるベルの音が響く。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれ」
会計台の奥に座っていた老婆が、穏やかな声でこちらに呼びかけた。店主のナーリさんだ。ミラがよく利用している店らしく、以前から話には聞いていた。
私たちは軽く会釈を返し、店内に並ぶ魔石へ目を向ける。
魔石の用途は多岐にわたる。自力で魔力を生成できない無機物の動力源として使われることもあれば、大規模な魔術を発動させるための補助媒体として使われることもある。私の魔導義鎧も、動力の大部分を魔石に頼っていた。
棚に並ぶ色とりどりの魔石を順に眺めているうちに、私はミラが通信システムに使用する新しい魔石を欲しがっていたことを思い出した。
そこで、音を司る魔石が並ぶ一角へ向かい、目的に合うものがないか探していると、後ろからジークが声をかけてきた。
「何か目当てのものがあるのか?」
「ああ。以前、ミラが通信システムに不具合があると言っていてな。新しい魔石を見繕いたいんだが……」
「それなら、これはどうだ? 新しく入荷したものらしいぞ」
ジークが指し示した先には、淡い青色の魔石が置かれていた。手に取って状態を確かめてみると、大きさも内包する魔力量も申し分なく、魔力の揺らぎも少ないようだ。通信機に組み込むには、ちょうどいい。
「ふむ。なかなかいい。これに決まりだな」
私は魔石を持って会計台へ向かい、ナーリさんに購入する旨を伝えた。
「三千五百レアだよ」
代金を支払おうとポケットへ手を入れた、そのときだった。
「これで頼む」
私より先に、ジークが三千五百レアを差し出した。
「おい。これは私が使うものだぞ?」
「分かっている。お前が支払うのが遅いからだ。返さなくていいぞ」
まったく、せっかちなお嬢様だ。
ナーリさんは代金を受け取ると、私とジークの顔を交互に見た。それから、何かに納得したように目を細め、棚の下からもう一つ青い魔石を取り出す。最初に選んだものと形も色もよく似ており、光の明滅まで同じように見えた。
「もう一つ、同じものをおまけしておくよ。ほら、そっちのお嬢ちゃんに」
「い、いいのか?」
ジークは一瞬だけ私を見たあと、おそるおそるナーリさんから魔石を受け取った。
「隣にいるのはエドワードさんだろう? お弟子さんのミラちゃんは常連だからね。これはサービスだよ」
どうやら、先ほどの会話を聞いていたらしい。とはいえ、ジークは魔石を使わない。使う当てもないものを無料で受け取るのはどうかと思い、その旨を伝えようとしたのだが、ジークは青い魔石を大切そうに両手で包み込んでいた。
「ありがとうございます!」
普段なら魔石になど興味を示さないはずなのに、妙にうれしそうだ。その理由を尋ねかけたが、私は結局、言葉を飲み込んだ。
店を出る頃には、すでに昼時になっていた。
「この屋台通りにあるホットドッグが絶品だと、ドラグが言っていた。今日はそれを食べよう」
「ホットドッグか。久しぶりだな、楽しみだ」
私たちは屋台でホットドッグを購入し、近くのベンチへ並んで腰かけた。焼きたてのパンには大きなソーセージが挟まれ、その上から赤褐色のソースがたっぷりとかけられている。
一口かじったジークは、驚いたように目を見開いた。
「んー! うまいな!」
「確かにうまい。このソースが、甘味と酸味の絶妙な均衡を実現している」
私も味を分析しながら食べ進めていると、隣から満足げな「むふー」という吐息が聞こえた。見ると、ジークはすでに食べ終えており、その口元には少量のソースがついている。
「おい、ソースがついているぞ。こっちを向け」
「ん? わ、分かった」
素直に身を寄せてきたジークの口元を、持っていたハンカチで拭ってやる。いつもの彼女なら「子ども扱いするな」と手を振り払ってもおかしくないのだが、今日はどういうわけか、おとなしくされるがままになっていた。
間近で見ると、伏せられた長いまつ毛が凛々しく、形の整った唇には艶がある。その頬がほんのりと赤いことにも気づいた。
そういえば、出会った頃はまだまだ子どもだと思っていたが、気づかないうちに、こいつもすっかり大人になったのだな。
「……」
「どうした?」
「な、何でもない! さあ、次に行くぞ!」
ジークは勢いよく立ち上がり、私に背を向けた。その妙な慌てようを不思議に思いながら、私は残っていた最後の一口を口に放り込む。
「次はどこへ行くんだ?」
「『ベレア魔道具博物館』だ!」
それもまた、ジークが興味を示しそうにない場所だった。最近になって趣味が変わったのだろうかと思いつつ、私は再び彼女のあとについていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
「ジークの恩返し」は現在、前編、後編、蛇足編の構成で考えています。
明日、明後日21:00に後編、蛇足編を順次公開予定です。
第二章は蛇足編更新の二日後に上がると思いますのでお楽しみに!




