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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 そして、儀式が始まった。

 儀式の間には多くの人々が集まっている。

 巫女が祈りの舞を披露する舞台、その最前列には王家に連なる人々が座っている。ファーレン王はもちろん、王の兄弟や王妃方の外戚、そしてシリウスも最前列で儀式を見守っている。

 その後列には巨霊の理の精霊司達。大精霊司であるニラスは、列の中央に座していた。

 それ以降の列に他の貴族たちが座っているという形である。


 やがて儀式の間の明かりが落ちた。天窓から差し込む光だけが、スポットライトのように舞台を照らしている。

 ざわめいていた人々はぴたりと静かになった。

 不意に空気が張り詰める。シリウスはどこか落ち着かないような気持ちになりながら、舞台を見つめた。

 誰一人として身じろぎしない。呼吸さえも憚られるような静寂。

 その沈黙を破ったのは、澄んだ音色だった。


 シャラン。


 決して大きくはない、けれど耳に残るその音が、一瞬にしてその場を支配した。

 シャラン、シャラン。ゆっくりと鳴るその音の主は銀鈴だった。

 舞台の袖から長く伸びた影が現れる。

 幾重にも重ねたシルクが光を反射し、淡く輝いた。

 銀鈴を括りつけた足が軽やかに床を踏むたび、シャラン、シャランと澄んだ音を零していく。

 やがてその姿が光の中に浮かび上がった。 

 儀式用の華やかな装束を纏った精霊の巫女――ノーティカだった。

 シリウスは思わず息を呑む。

 そこに居るのは間違いなくノーティカなのに、どこか人ならざるもののように見える。それほどまでに彼女は神秘的な美しさを湛えていた。

 まるで精霊そのものが、人の姿を借りて舞台に降り立ったようだった。

 ノーティカは舞台の中央に据えられた精霊石の前に跪く。布をたっぷりと重ね合わせたドレスの裾が床に広がり、美しいドレープを描いた。

 胸の前で両手を組み、精霊に祈りを捧げる。観客席で見ている者も皆、同じように祈りを捧げた。

 シリウスも見よう見まねで両手を組む。誰もが祈りを捧げる神聖な空気に、心の中が自然と澄んでいくような感覚を覚えた。

 やがてノーティカはゆっくりと立ち上がり、爪先を蹴り上げた。

 シャラン!

 その鈴の音が始まりの合図だった。

 舞台の袖に控えた楽師たちがハープを奏でる。繊細な音色と共に、ノーティカは悠然と両手を広げた。

 大きく広がった袖は風を受けて軽やかに舞う。流麗なハープの演奏に合わせるように、ノーティカの指先が弧を描いた。

 指先が空をなぞる度に、どこからか吹いてきた風が彼女の髪を揺らす。天窓から降り注いだ光が淡い茶色の髪を透かし、飴色の琥珀のように輝かせた。

 いつも春の陽光のように朗らかな笑顔を見せているノーティカ。けれど舞台上で祈りを捧げる彼女は、笑顔を見せない。時に物憂げに、時に儚く。人としての何かが塗りつぶされていくように、精霊の巫女としての表情を観衆に見せていた。

 シャラン、シャラン、シャラン!

 鈴の音が響く度、世界の境界が揺らぎ、神秘の空間へと誘われるような感覚を覚える。

 今この場にいる者は、誰一人として言葉を発しない。誰もが幻想的な舞に高揚し、息を呑んでいた。

 ニラスもまた、陶酔の目でノーティカを見つめている。彼女が神秘の存在へと近づいていくほどに、その姿を見つめる瞳は熱を帯びていった。


 儀式が終わりへと近づいていくところで、シリウスは違和感を覚えた。

 シャランと鳴り響く鈴の音が不自然に反響して聞こえる。どこからか吹いてくる風が、徐々に強さを増していく。

 何より、舞台の中央に据えられた精霊石が――


(……輝いている?)


 シリウスは目を疑った。精霊石が、淡く小さな光を発していたのだ。

 更にノーティカの舞に呼応するように、光は強さを増していく。


(これが、精霊の加護……)


 シリウスは呼吸を忘れるほどに圧倒されていた。気づけば汗ばむほどに固く拳を握りしめていた。


 やがて舞を終えたノーティカは、儀式の始まりと同じように精霊石の前に跪いた。

 両手を胸の前で組み、再び精霊に祈りを捧げる。

 鈴のように軽やかな声が空気を震わせた。


「どうか、ビガ国のすべての者に祝福を」


 祈りの言葉が儀式の間に響き渡る。

 しん、とその場が静まりかえった。誰も身じろぎ一つしない。誰も口を開かない。誰もが次の瞬間を待っていた。

 そして、次の瞬間――精霊石が眩く輝いた。


「っ……!」


 あまりの眩しさに、誰もが目を瞑った。

 石の奥から溢れ出した白い光は、天窓から差し込む陽光と溶け合い、儀式の間いっぱいに広がっていく。

 光はまるで生き物のようにゆっくりと宙を舞い、無数の燐光となって降り注いだ。

 皆が一瞬息を呑む。

 そして次の瞬間、儀式の間を人々のざわめきが埋めつくした。


「今年も精霊様が良き祝福をもたらしてくださった。ありがたい事だ」

「いやしかし、精霊石がこんなに大きな光を放つなんて、見た事がないぞ」


 王族、貴族、精霊司――降り注ぐ精霊の祝福を目にした者たちは皆、その神秘的な光景に感嘆の声を漏らしていた。

 ニラスはその神秘の根源であるノーティカを見つめ、陶然としていた。


 ノーティカも頭上に降り注ぐ光を見上げ、穏やかに微笑んだ。

 ――その瞬間だった。


「……精霊様……?」


 それは、精霊の巫女であるノーティカだけに聞こえた声だった。

 声はまるで、ノーティカの脳内に直接声を送り込むようにして語りかける。


『異郷より来たりし、小さき御子』


 それはシリウスを指し示す言葉だった。ノーティカは導かれるようにシリウスの方へ視線を向けた。

 その瞬間、どこからか強い風が吹いた。風は無数の燐光をひとところに巻き上げる。そして光は――シリウスの頭上に集まった。


『耐え難き辛苦をその身に刻み、それでもなお歩みを止めぬ御子よ――我が祝福を授けよう』


 精霊の声と共に、その祝福は訪れた。まばゆい光がシリウスの頭上に降り注ぐ。

 ただ――それはどこか異質だった。

 シリウスを包み込むのは、他の者と同じ白い光ではない。温かな黄金色の光だ。

 誰もが皆、シリウスの纏う黄金色の光を見て息を呑んだ。

 その光は冬の空に降り注ぐ雪のようにも、風に惑う花びらのようにも、ひらひらと自由に舞う蝶のようにも見えた。とても幻想的で神秘的で、まるで神話の一篇のようにさえ見える光景だ。


『我が巫女よ。そして小さき御子よ。どうかこれからもこの国を愛し、慈しみ続けるよう。さすれば永きに渡る繁栄を約束しよう』


 精霊の言葉は、ふわりと風に溶けていった。

 ノーティカの耳にしか届かないその言葉は、彼女の心の奥底にじわりと沁み込んでいった。


「……ありがとうございます、精霊様」


 ノーティカは目を伏せ、小さく呟いた。 



 光は尚も降り続いている。

 シリウスは降り注ぐ光のひとひらを掬うように、自然と手を伸ばした。

 光に触れた場所からじんわりと温かな熱が広がる。それはどこか、幼い頃に両親から頭を撫でられた時の温もりに似ていた。


「……温かい……」


 シリウスは無意識のように呟く。そして何故か――その目から、ぽたりと雫が零れ落ちた。


「あ……あれ……? 涙……?」


 自然と両の目から零れ落ちる涙。悲しい訳でも、苦しい訳でもない。ただ温かな無償の愛に包まれたような感覚が、シリウスの心に満ちていた。


「祝福です」


 不意に、頭上から聞き慣れた声が降ってくる。

 シリウスは涙に濡れたまま顔を上げた。舞台の上からシリウスを見つめるノーティカと視線が交差する。

 それは先ほどまでの精霊の巫女の顔ではない。いつもの、春の陽光のように柔らかな笑みを見せるノーティカの顔だった。


「精霊様は、この国に生きる全ての者に祝福を与えました」


 ノーティカはゆっくりと舞台を降りる。銀鈴の音がシリウスに近づいてきた。


「そして、シリウス様には特別な祝福を」


 シャラン、という音がシリウスの前で止まる。


「あなたは精霊様に受け入れられたのです――この国の者として」


 その言葉が、シリウスの心にまっすぐに響いた。

 

(認められた……受け入れられた……この国の者として)


 押し寄せる感情を噛みしめるように、シリウスは俯いてゆっくりと目を閉じた。その小さな肩にノーティカの温かな手がそっと触れる。

 尚も天から降り注ぐ光は、二人の未来を祝福しているようだった。


 二人を周囲で見守る人々も皆、先ほど目にした奇跡的な光景を口々に噂し合う。

 

「先ほどの黄金色の光は一体……」

「素晴らしい……精霊様から特別な祝福を賜るなんて」

「まるで神話の再来のようだ……」


 皆がうっとりとした表情でシリウスとノーティカを見つめる。どこからか自然と祝福の拍手が沸き起こった。

 それはこの国の明るい未来を予感させる、夢のような光景だった。


 ――けれど。

 ひどく冷たい視線が、シリウスを捉えていた。

 降り注ぐ祝福に沸き立つ人々の中、ニラスだけが表情を固くしていた。

 膝の上に乗せた手が、固く拳を握る。親指の爪が肉を抉り自らの手を傷つけようとも、彼は手に力を込め続けた。


「……有り得ない」


 ぽつりと呟いた低い声は、人々の喝采に掻き消された。


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