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精霊祈念祭が始まった。
いつも穏やかな気候のビガ国だが、祭の間はいつにも増して晴れやかな日が続く。これも精霊の加護なのだろう。
今日は祈念祭のメインイベントである祈りの儀式の日だ。
儀式の準備をしているノーティカとは朝から顔を合わせていない。
シリウスは侍従のジェレミーとともに、王城のすぐ傍にある精霊殿を訪れていた。
儀式の間の中央には巨大な石があり、天窓から降り注ぐ日光にスポットライトのように照らされている。
「随分大きな石ですね」
「あれは精霊石というらしい。精霊の加護を受けた神聖な石……ご神体のような物だそうだ」
ジェレミーの言葉に、シリウスはノーティカからの受け売りをそのまま返す。
「よくご存じで、シリウス王子殿下」
背後からかけられた声に、シリウスは振り向く。
目線を上に上げると、真っ白な司祭服を身に纏った大男と視線が交差した。
「……あなたは?」
「申し遅れました。私は『巨霊の理』の大精霊司を務めております、ニラスと申します」
ニラスと名乗る男は頭を下げた。
『巨霊の理』は、ビガ国に伝わる精霊信仰の名称である。その大精霊司――つまり最上位の役職に就いているらしい。しかし見た目からは、まだ二十代程の若さに見えた。
「ニラス殿。その若さで最上位の任を務められるとは、よほど厚き神寵を賜っておられるようだ」
「はい。若輩者ではありますが、大精霊司の名に恥じぬよう日々己を律しております」
二ラスは口の端を上げ、笑みの形を取った。しかしその視線はどこか冷ややかなように見える。シリウスはかすかに違和感を覚えた。
「……巫女姫様の御前に立たれるお方であれば、なおのこと。ふさわしき在り方を自然と示されるものでありましょう」
ニラスの視線が、シリウスの足元から頭上まで静かになぞった。
――値踏みされている。
「そしてその在り方は、言葉ではなく御姿として現れるものでしょう。巫女姫様ほどの方となれば、峻厳たる巨躯をお持ちの方でなければお相手は務まりますまい」
一瞬で空気が張り詰めた。
シリウスのように小さき身体では、ノーティカにふさわしくない。彼の言葉は、言外にそう告げている。
背後に控えるジェレミーが怒気を纏っている事を悟り、シリウスは後ろ手にそっと制止した。
「ああ。貴殿の言う通り、ノーティカ様はとても素晴らしい方だ。その隣に立つ物として、恥じぬよう在ると……そう、決めている」
シリウスはニラスの顔を見上げ、優雅に微笑む。
「言葉で、振る舞いで。私は示していくつもりだ」
その瞳は、まっすぐにニラスを射抜いた。ニラスの笑みが僅かに歪む。
暫時、二人の視線は交差する。
先に目を逸らしたのは、ニラスの方だった。
「……その在り方を、しっかりとお示しくださいますよう」
くるりと踵を返し、ニラスは去っていった。
遠くなる背中を見ながら、シリウスは小さく息を吐いた。
「あの者、殿下になんと無礼な……!」
「あまり気にするなジェレミー」
怒気を纏ったジェレミーは、今にもニラスに立ち向かって行きそうであった。シリウスはそんな彼を宥める。
「私を認めたくない者はどこにでも居る」
シリウスは祖国の異母姉の事を思い返していた。
生まれてこの方、異母姉に自尊心を削られ続けた。おかげで自らの価値を示す方法が分からずにいた。
けれど、この国に来て変わった。
配偶者としてノーティカの隣に立ち、彼女を支える事。それがシリウスの在り方なのだと気づいたのだ。
(ならば……示すしかあるまい。私が、彼女の隣に立つに相応しい者であると)




