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陽光の差し込むサロンルームにて、シリウスとノーティカはテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。
シリウスはティーカップを手に取り、紅茶を一口含んだ。ブレンドされた花の香りが湯気に混ざってふわりと舞う。華やかな香りが、心を落ち着けてくれているようだった。
「……晴れましたね」
ノーティカはサロンルームの大きな窓に視線を向け、ぽつりと呟く。
長く降り続いていた雨はいつの間にか止んでいた。雲の切れ間から光が差し込み、露に濡れた庭の花々を照らしていた。
「ええ」
シリウスもつられたように窓の外に目を向けた。
どこからか、チチチ……というさえずりが聞こえてくる。雨季の終わりを告げる夏待鳥の声だ。
「本当に……終わったの……ですね」
ノーティカは光の差す空を見つめながら、再びぽつりと呟いた。
まるで緊張の糸がぷつりと途切れたかのように、その声は徐々に涙混じりとなっていく。
シリウスは窓の外に向けていた視線をノーティカへと向けた。
淡い緑色の瞳がじわりと潤み、雫が零れ落ちる。頬を伝う涙は、日の光を反射してきらきらと輝いていた。
シリウスはそっと椅子から立ち上がると、ノーティカの傍らに立った。
そしてハンカチを取り出し、ノーティカの頬に伝う雫を優しく拭った。溢れ出す涙が白いハンカチに消えていく。
いつかも同じように、泣いているノーティカにハンカチを差し出した事があった。
あの時は彼女の涙を直接拭う事は叶わなかった。でも、今は違う。
「ええ……ようやく」
シリウスは穏やかに笑いながら言葉を続ける。
「生まれついて背負っていた荷物を、ようやく下ろせたような気分です」
己の出自。王位継承権。異母姉との確執。そして凄惨な虐待。
シリウスの背中には、圧し潰されそうなほど多くの物が乗せられていた。
「私一人の力ではきっと、下ろす事が出来なかったでしょう」
シリウスは僅かに目を伏せ、シャツの胸元をぎゅっと握った。この衣服の下には今もまだ深い傷が残っている。
全身に残ったこの傷跡こそが、シリウスの心を縛り付ける枷となっていた。
だがシリウスはその枷を外した。支配に抗った。
「抗う事が出来たのは……ノーティカ、貴女のおかげです」
ノーティカはいつもシリウスに寄り添ってくれていた。
彼女の存在を傍に感じるだけで、シリウスは心を強く持つ事が出来た。
「貴女が傍に居てくれたから、私は戦う事が出来た」
シリウスは口角を上げ、誇らしそうに笑った。
そこにはもう、虐げられた不遇の王子の姿はなかった。
だが一方のノーティカはどこか浮かない顔をしていた。
「……わたくしは、何も出来ませんでしたわ」
そう言ってノーティカは、唇をきゅっと噛んだ。
「あの方の言葉に……ただ心が折れてしまいそうでした」
ベラトリックスから浴びせられた、心無い言葉の数々。
それを思い出すだけで、ノーティカの心は耐え難い痛みに苛まれる。
――けれど。
「ですが、シリウスはそんなわたくしを守ろうとしてくださいました」
シリウスはベラトリックスの前に立ちはだかった。
他でもないノーティカを守るために、シリウスは支配者に抗ったのだ。
ビガ族のノーティカから見ればとても小さなはずの彼の背中が、あの時はとても大きく、そして頼もしく見えた。
「あなたがわたくしの為に闘ってくださったからこそ、精霊様もわたくし達に力を貸してくださったのです」
ノーティカはまるで宣誓するかのように、自らの胸元に手を当てた。
「……だから、これからはわたくしがあなたを支えます」
ノーティカは微笑を浮かべた。エメラルドを溶かしこんだような美しい緑色の瞳には、強い意志が宿っていた。
「ノーティカ……! それでは私の務めが無くなってしまいます」
シリウスは慌てて訂正する。
「王配たる私が、あなたを支えるべきなのに」
シリウスがぽつりと呟いた言葉に、ノーティカは「いいえ」と首を振った。
「わたくしもシリウスを支えたい……いえ、支え合いたいのです。それが夫婦というものでしょう?」
「あ……」
その時ふと、シリウスの脳裏に精霊の言葉が過ぎった。
『互いの手を放すな』
『そなたらが心を一つにして国を慈しむ限り、我も末永くこの国を見守ると誓おう』
シリウスは精霊の言葉を嚙みしめるように、そっと目を伏せた。
手を取り合い、心を一つに。それはお互いに支え合うという事だ。
「……そうですね」
シリウスはふっと表情を和らげた。そして、ノーティカの前に右手を差し出す。
「私はノーティカの夫として、貴女を支えていきたい。これからも貴女の隣を歩んでいきたいのです」
ノーティカの左手が、そっとシリウスの手のひらの上に乗せられる。
誰よりも温かく大きなノーティカの手を、シリウスは愛おしく思っていた。
「……わたくしも」
ノーティカの潤んだ目が、はにかむように細められた。
「わたくしもシリウスの妻として、生涯あなたを支えてまいります」
そう言ってノーティカは、この世の幸せを全て集めたように破顔した。
その笑顔は、雨季の晴れ間の光のように眩しい。
雨粒をまとっていた花々は、日の光を浴びて鮮やかに咲き誇っていた。
雲が消えた空を、夏待鳥が楽しげに羽ばたいていく。
サロンルームの大きな窓から、あたたかな陽光が斜めに差し込んでいる。
シリウスの小さな身体と、彼を包み込むノーティカの大きな身体。
ぴったりと隙間なく寄り添う二人のシルエットは、光に照らされた絨毯の上で、まるで一枚の美しい影絵のように重なり合っていた。
次回、最終回です。




