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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 なんとか灯台の頂上まで辿り着いた。灯台守の話のとおり、そこにはオイルランプと反射鏡が設置されていた。


「不思議ね。この鏡のおかげで灯りが大きく見えるなんて」

「面白い仕組みですよね。ただ、こいつもそろそろ古くなってきてるんですよねぇ」

「灯台の建物自体も古めかしいものね。修繕が必要な箇所があるかもしれないわ」

「そうですねぇ、それにあちらの港の方も……」


 ノーティカは灯台守の話を聞きながらうんうんと頷く。

 この国をもっと良くしたいのだと、その横顔が語っていた。


 民の暮らしを直接その目で見て、彼らの不満や要望を吸い上げる。これまでの視察で、彼女はそれを徹底していた。

 もちろん本来の視察の形として、街の執政官らからも話を聞いている。その上で、更に民の声にも耳を傾けている。

「女王になると自ら直接動くのは難しくなりますから。今の立場で出来る事をしたいのです」と、ノーティカは視察中に語っていた。

 未来の女王としての自覚を見せる彼女の姿はとても眩しい。そんな彼女の隣に立つ資格があるのだろうかと、シリウスは頭の隅で考えてしまう。


 灯器のある小部屋から外に出る事が出来る。そこはぐるりと一周まわるような形の展望台となっていた。


「わぁ……! 一面の海だわ」

「ここからだと遠くの海まで見渡せますね」


 そびえ立つ灯台のてっぺんから眺める海は圧巻だった。

 美しい海ははるか遠くまで続いている。海上をいくつもの船がゆっくりと動いていた。この灯台があの遠くの船まで光を届けているのだと思うと、シリウスはなんだか不思議な気持ちになった。

 日が傾き、空は青と橙色が溶け込んだような色に染まっている。空の色が反射して複雑な色合いを映し出した海は、どこか幻想的だ。

 二人は言葉もなく、ゆっくりと色を変えていく海を眺めていた。

 隣に立つノーティカの気配が、潮風に混ざってすぐそばにある。シリウスはそれを心地よいと感じていた。


「……わたくし、いつも従者や護衛たちに口煩く言われてしまうのです」


 ノーティカは突然、ぽつりと呟いた。


「民と共に鍬を持てば、『一国の王女のする事ではありません』と窘められます。今日のように灯台を登りたいと言えば呆れられます」


 ふっと息を漏らすように、彼女は笑った。けれどその顔はどこか悲しげにも見える。


「確かに王女らしくない振る舞いばかりで、呆れられても仕方のない事だと思っています。……ですが」


 ノーティカは顔を傾けて隣に立つシリウスと視線を合わせる。西日に照らされたその瞳は、わずかに潤んでいるように見えた。


「シリウス様はそんなわたくしを止めませんでした。それどころか一緒に来てくださった。私のする事を後押ししてくださった」


 言いながら、ノーティカはわずかに唇を震わせた。溢れる感情を抑えようとしても抑えきれない、そんな様子に見えた。


「それがどれほど嬉しかったか……」

「ノーティカ王女殿下……」

「……ノーティカと、お呼びください」


 はっきりとそう告げるその言葉は、シリウスの耳に残響のようにこだました。


「……ノーティカ……様」


 シリウスは一瞬言葉を詰まらせながら、隣に立つ美しい人の名を呼ぶ。さすがにまだ呼び捨てにする事は出来なかった。それでもノーティカは、嬉しそうに目を細めてふわりと微笑んだ。


 その穏やかな時間を、一陣の風がふいに揺らした。


「……きゃっ!」

「ノーティカ様!」


 突然吹いた風が、ノーティカの被っていた帽子を攫ってしまう。

 潮風に煽られてふわりと高く舞い上がった帽子は、灯台の屋根に突き出た金具に引っかかった。


「あっ、帽子が……」


 大きなつばの帽子が風にひらひらと揺れている。けれどしばらく待ってみても、下に落ちてくる気配は無かった。

 この中で一番背の高いノーティカがつま先立ちになって手を伸ばすが、彼女の手でも帽子には届かない。

 

「何か台になるような物はないかしら?」


 ノーティカは灯台守に尋ねるが、彼は首を横に振った。


「ここに足場を置くには狭すぎますな。長い棒を使ってみましょう」


 そう言って灯台守は、細長い棒を持ってきた。帽子を棒に引っ掛けようと試してみたが、金具にしっかりと食い込んでしまっているようでなかなか上手くいかない。


「……仕方ありませんわ。諦めましょう」


 ノーティカは眉を下げて、残念そうな表情を見せた。

 その言葉を聞いた瞬間、シリウスはノーティカと帽子を交互に見た。

 あの真っ白なつば広の帽子は、視察に行く時にいつも被っていたものだ。彼女のお気に入りの帽子だったのだろう。


(本当に、このままでいいのだろうか)


 ほんの一瞬だけ迷いがあった。

 自分に何が出来るのだろうか。このような身体で、何か出来る事などあるのだろうか。

 だがすぐに迷いを振り切る。そうして一歩前に踏み出した。


「すまない……もし可能ならば」


 シリウスは振り返り、灯台守の男に声をかける。


「私を持ち上げてはくれないだろうか」

「えっ?」


 シリウスの突然の言葉に、灯台守の男は一瞬ぽかんとした表情を見せた。


「シリウス様!?」


 ノーティカも驚いたように目を見開く。


「私を肩車で持ち上げてもらえたら、おそらく帽子に届くかと」

「そりゃあ可能ですが……」

「なりません!」


 ノーティカの声が、思いのほか強く響いた。


「そんな危険な事……万が一バランスを崩してしまったら……」


 ノーティカはそこで言葉を区切り、視線を下に向けた。ここは空高くそびえる灯台の最上階だ。運が悪ければそのまま地上に……。

 けれどシリウスは、わずかに首を横に振った。


「大丈夫です。このように身軽な身体であれば、おそらく持ち上げるのに苦にならないでしょう」


 シリウスは灯台守の方を見ながら穏やかに告げる。信頼を寄せられた男は、ニカッと歯を見せながら笑った。


「もちろん! 軽々持ち上げてみせますよ!」


 次いで風に揺れる帽子に視線を向けた。


「それに……ノーティカ様の大切にしている物を、捨て置きたくはありません」

「シリウス様……」


 ノーティカは心配げに呟く。けれど、それ以上シリウスを止める事はしなかった。


「殿下、失礼しますよ」


 灯台守はしゃがみ込むと、肩にシリウスを乗せる。そしてそのままゆっくりと立ち上がった。

 シリウスの視界がぐっと高く上がる。不意に頬を撫でる潮風を強く感じた。


「すまない、重くはないだろうか」

「なぁに、俺は元船乗りです。殿下は漁網一抱えよりも軽いですよ! むしろもっと召し上がった方がよろしいかと」


 足元からからりとした笑い声が返って来る。シリウスもつられるように声を出して笑った。

 シリウスは慎重に手を伸ばし、金具に引っかかっていた帽子を外す。

 ひらりと風に舞ったそれをしっかりと掴んだ。

 シリウスはふっと表情を緩めると、大きく声を張った。


「取れました!」


 はらはらとした心持ちで見守っていたノーティカは、口元を手で押さえながらほっと息を吐いた。


「お待たせしました、ノーティカ様」


 地面にゆっくり降りると、シリウスは帽子を差し出した。

 

「……ありがとうございます」


 ノーティカは帽子を受け取りながら、しばらく言葉を続けられなかった。


「この帽子は……亡き母から贈られた物なのです」

「王妃陛下が……」


 ノーティカの母、ビガ国王妃は数年前に病を得て儚くなっている。


「母のように強く優しい人になりたいと思い、いつも身につけていた物でした」


 帽子のつばを優しく撫でる彼女の指は、まるで亡き母との思い出を一つ一つ辿っているように見えた。


「でも……もうこのように危ない事はなさらないでください」


 ぎゅっと唇を引き結び、何かを噛みしめるように目を閉じた。


「あなたに何かあったら、わたくしはもう……」


 波のように寄せる感情が、ノーティカの中から溢れ出す。

 ノーティカはゆっくりとまばたきをする。その目はわずかに潤んでいた。


「ご心配をおかけして申し訳ございません」


 シリウスは困ったように眉を下げる。危険を冒してしまったのは事実だ。それでも、止まれなかった。


「ですが……あなたが悲しそうにしているのを、見過ごせませんでした」


 シリウスの言葉がノーティカの鼓膜を震わせる。

 その瞬間、彼女の心臓はどくんと大きく跳ねた。

 夕焼けに染まった顔が、さらに熱を帯びていく。

 気づけば、ノーティカの足はシリウスの元へと歩み寄っていた。そっと伸びた大きな手が、シリウスの小さな指を掴む。

 弱々しく縋るように、指先だけを掴むノーティカ。

 シリウスよりも大きいはずのその姿が、いつもより少しだけ小さく見えた。


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