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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 ビガ国は自然豊かな国だ。

 漁業も農業も盛んで、この国において食べ物に困る事はない。


「……ですが、ビガ国は食料輸出には適さない土地なのです。海路があるとはいえ、他国とはかなり距離がありますから」

「なるほど。これほど食料資源に富んだ国ですから、他国へ輸出が出来ないのは残念ですね」

「ええ。日持ちのする食料ですと、種類は限られますし……」


 シリウスとノーティカは視察のため、国内のあらゆる場所を巡っていた。まずはこの国について知識を得たいと考えていたシリウスにとって、実地で知る事の出来るこれ以上ない機会だ。

 四方を海に囲まれたビガ国には、至る所に港がある。この日は国内最大の漁港町に視察に来ていた。

 潮のにおいが鼻腔をくすぐる。ウミネコがミャアミャアと鳴く声が響き渡る。要塞のように巨大な大型船に圧倒される。

 生まれてからずっとアストラ王国の王城で暮らしていたシリウスにとって、ビガ国で見るもの全てが目新しかった。視界に入るもの全てに目を輝かせ、思わず足を止めてしまうほどだった。


「楽しそうですね、シリウス様」


 くすっと漏れた笑い声が、頭の上から降って来た。つばの広い帽子を被ったノーティカは、いつも以上に大きく見える。

 シリウスは照れたように頬を掻いた。


「興味深いものが多くて、つい……少々はしゃいでしまいました」

「この国に興味を持っていただけるのですから、喜ばしいに決まっていますわ。それに……シリウス様が楽しそうにされていると、わたくしも嬉しいのです」


 シリウスを覗き込むように、ノーティカは首を傾けた。木漏れ日のように眩しい瞳と視線が交差し、シリウスは胸が小さく鳴るのを感じた。


「他にも見て回りましょう。ほら、あちらに灯台がありますわ」


 ノーティカは少し歩いた先にある灯台を指差した。そして軽やかに歩き出す。ミモレ丈のワンピースの裾が、爽やかな海の風に揺れていた。

 シリウスはここ数日ノーティカと行動を共にしていて思った。彼女は驚くほどにパワフルだ。

 どこへ行くのも苦に思わない。漁港や農場で働く人々の元へ赴き、彼らの話を直接聞く。信じられない事に、時には自ら農具を持ち、土に触れる事も厭わなかった。

 ビガ国の民もそんなノーティカにとても親しみを覚えているようで、彼女はどこへ行っても慕われていた。


 シリウスの異母姉や祖国の貴族女性は、真っ白な肌と華奢な身体を美徳としているところがあった。もちろんそれもひとつの美しさだ。

 けれどノーティカはそれとは違う美しさを持っている。

 うっすらと日に焼けた健康的な身体で鍬を振るい、土まみれになりながら民と笑い合う。そんな姿から思わず目を逸らせないと感じるほどに。




 岬の上に立つ灯台は、近づくほどにその大きさを実感させた。

 

「てっぺんにオイルランプがあります。そのランプを鏡で反射させて映すと、光が大きく見えるんですよ。それで遠い船からでも光が見えるんです」


 二人にそう教えてくれたのは、灯台を管理している五十がらみの男性だった。

 元々は船乗りだったが今は引退し、ここで灯台守をしているらしい。


「なるほど……興味深い仕組みだ」


 シリウスは石造りの真っ白な灯台を見上げる。その目は知的好奇心に満ちていた。


「よかったら上まで登ってみますか?」

「良いのだろうか?」


 シリウスの青い瞳がきらきらと輝く。その表情を見たノーティカも、「ぜひ!」と力強く答えた。

 灯台守に案内されて灯台の内部に入る。長い螺旋階段が頂上まで続いていた。


「ノーティカ王女殿下、そのお召し物では登りづらいでしょう。お手を」

「ありがとうございます、シリウス様」


 シリウスがエスコートのために手を差し出すと、ノーティカははにかみながら手を重ねた。

 シリウスの手を覆うほどの手のひら。その大きな手のぬくもりに、シリウスはわずかに目を細めた。


 ――しかし、優雅なエスコートは叶わなかった。


「……はぁ……はぁ」

「シリウス様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大事ありません」


 シリウスは額にうっすらと滲んだ汗を拭う。

 彼の頭からはすっかり抜け落ちていたが、ビガ族仕様の階段は一段が高い。

 ましてこの灯台の螺旋階段はかなりの長さがあった。

 はじめこそ意気揚々と登っていたが、半分ほど登った時点で息が上がってしまった。足を上げるたびに腿がじわりと重くなる。


「仕方ないですよ。これほど長い階段、ビガ族の身体でも大変ですから」


 灯台守はシリウスを慰めるように声をかけてくる。その優しさは有難いが、シリウスはかえって情けなく感じてしまう。


「あまり無理はなさらないで……そうだ! わたくしがシリウス様を抱き上げて登りましょう!」

「なっ……!? 抱っ……!」


 ノーティカが名案とばかりに手を打つ。しかしその有り得ない提案に、シリウスは思わず絶句してしまった。

 確かに、彼女ほどのフィジカルがあればシリウスを持ち上げる事も苦ではないだろう。

 シリウスとて理解している。決してからかいや侮辱ではなく、彼女が心からの善意でそう言っていると。分かってはいるのだが……。

 シリウスが何も言えずただ口をパクパクとしていると、見かねた灯台守が呆れたように口を挟んできた。


「姫様、それは男のプライドが許さないってもんですよ」

「えっ……。あっ……!?」


 灯台守に諭されたノーティカはさすがに己の言葉の不適当さに気づいたのか、慌てて口元を手で押さえた。そしてしゅんと肩を落とす。


「もっ……申し訳ございません! わたくしったら、また失礼な事を……」

「いえ、私の方こそ……」

「まあまあお二方。シリウス殿下、もうちょっと上がったところに踊り場があります。そこで少し休みましょう」


 灯台守が気まずい雰囲気の二人を取り成す。

 シリウスは己の情けなさに俯くばかりだ。

 けれどその視界の端には、気遣うように寄り添うノーティカの大きな影があった。


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