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その日の晩は、ノーティカとファーレン王と共に晩餐を取った。
「シリウス様、食べられない物はございませんか?」
「大丈夫です。好き嫌いはありません」
向かいに座るノーティカが、気遣うように声をかける。
この国の食事は、大皿料理が基本だ。テーブルいっぱいに多種多様な料理を乗せ、好きな物を給仕に取り分けてもらう形となっている。
一人に一皿ずつ順番に提供されるアストラ王国の食文化とはまったく異なっていた。
そして何よりスケールが違う。見た事もないほど大きな皿に、まるごと一匹の巨大な魚が乗せられている。オイルとハーブで煮込まれ、トマトやパプリカなどの色鮮やかな野菜が散らされたその魚料理は見た目にも楽しかった。
シリウスの目の前に置かれた鶏肉のグリルも一切れがとにかく大きい。口に入るよう、小さく切り分けて食べる必要があった。
けれどどれもが驚くほどに美味しい。舌の上に乗せ、喉を通り過ぎるたびにしみじみと感じ入ってしまうほどに甘美なものだった。
「シリウス殿、この国の食はどうだろう? 口に合っているだろうか」
「はい、陛下。こんなに美味しい料理、祖国でも味わった事がありません」
「そうか、そうか」
シリウスが笑顔で答えると、ファーレン王は嬉しそうに目尻を下げた。向かいに座るノーティカも、口元を緩めている。
――しかし。
優雅に食事を摂っているシリウスの手が、段々とゆっくりになってくる。
ずっしりと重たいシルバーのフォークが殊のほか手首の負担になっていた。
シリウスのために用意されたカトラリーは、ビガ族の使用する物よりもやや小さめに作られている。それでもずっしりとした重みがあり、力を込めなければ取り落としてしまいそうだった。
加えて椅子の高さだ。シリウスの身長でもテーブルに届くよう高めの椅子が用意されていたが、そうなると足が地面につかない。ブラブラと無作法に揺れる足先を律しようとすると、どうしても動きが不自然になる。
顔には出さぬように努めていたが、ふと気を緩めた瞬間、わずかにフォークの先端が皿を擦った。その音がやけに大きく響いてしまい、シリウスは思わず手を止めた。
「シリウス様?」
それに気づいたのか、ノーティカがシリウスの不自然な様子を見て首を傾げる。
シリウスは少し恥ずかしそうに答えた。
「……無作法で申し訳ございません。少し、勝手が違うようです」
眉を下げて笑うと、ノーティカはハッと目を見開いた。
「申し訳ございません、シリウス様……! 配慮が足りておりませんでした」
シリウスが不便を感じていた事。それゆえの無作法を指摘するような形になってしまった事。ノーティカは己の不調法に気付き、顔色を変えた。
「いえ! こちらが慣れぬ身ゆえ、嗜みが足りておらず……」
「いいや、不便をかけて申し訳ない。シリウス殿。不都合な事があれば何でも言ってほしい」
「そうです。どうか我慢なさらないでください」
王とノーティカは、シリウスを思いやるように言葉を重ねた。
「お足元に台を。それからカトラリーも、もう少し軽い物を作らせましょう。すぐに職人に連絡を」
ノーティカは傍に控えていた使用人に指示をする。使用人は頭を下げ、速やかに部屋を出て行った。
「そ、そこまでしていただくのは……」
シリウスは慌ててノーティカを制止しようとする。しかし彼女は首を振り、「いいえ」と言葉を紡いだ。
「シリウス様にとってこの国は戸惑う事が多いかもしれません。それでもわたくしは、あなたに快くお過ごしいただきたいと思っているのです」
「ノーティカ王女殿下……」
「これから長い人生を共に過ごすんですもの。お互い無理なく、少しずつ擦り合わせてまいりましょう」
ノーティカは緑の目を細めて柔らかに笑う。
シリウスの心に、あたたかなものがじわりと広がった。
一方で、祖国を出る前にベラトリックスから告げられた言葉が頭をよぎる。
『せいぜい我が王室の恥とならぬよう――』
(……早速、恥を晒してしまった)
温まったばかりの胸の奥に、一滴の冷たい雫が落ちる。
それは波紋のように広がり、シリウスの胸をざわつかせた。
(今まで以上に努めなければ。アストラ王国の恥にならぬよう……ノーティカ王女殿下の隣で、胸を張っていられるように)
シリウスは唇をぎゅっと引き結び、心に固く誓った。




