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「私は、貴女を許さない」
その言葉が、ベラトリックスを貫いた。
「……」
ベラトリックスはただ、信じられないものを見たような目をしていた。
ずっと言いなりだったシリウス。
虐待に逆らう勇気もない、弱くて愚かなシリウス。
ベラトリックスの嗜虐心を満たすだけの存在だったシリウス。
そんなシリウスが、公然とベラトリックスを糾弾したのだ。
ベラトリックスはハッとして、弾かれたように立ち上がった。
「……で」
ベラトリックスはなかば反射的に口を開いていた。
「出鱈目を言うな!」
しんと静まりかえった室内に、ベラトリックスの憤激の声が響き渡った。
「お前が……お前ごときが、私を陥れようというのか!?」
突如として豹変したベラトリックスを、誰もが驚きの目で見ていた。
だが、もう止まる事は出来なかった。
シリウスは怯まない。
目を吊り上げて激高するベラトリックスに臆する事なく、ゆっくりと一歩ずつ近づいていく。
「いいえ」
シリウスは首を振る。
その表情には、静かな怒りが滲んでいた。
「陥れようなどとは思っていません」
その時、どこからかふわりと風が吹いてきた。
シリウスの金の髪が揺れる。
「真実を明らかにしているだけです」
シリウスが、ベラトリックスの目の前で足を止めた。
その時だった。
「……え?」
「なんだこれは……」
「何か降ってきたぞ」
目の前に、何かが落ちてくる。
まるで舞い散る雪のようにひらひらと。
その場に居る誰もが、不可思議そうに天を仰ぎ見た。
「……光……?」
それは赤い光であった。
夜光虫のように小さく、それでいて血のように赤い光が、何も無いところから降り注いでいた。
「これは……」
ノーティカはまばたきも忘れ、その光景を凝視した。
精霊祈念祭の儀式の時と同じ光景だ。
ただ一つ違うのは、あの幻想的な黄金色の光ではなく、どこか禍々しさを思わせる仄暗い赤色の光だという事だ。
「なんだ……!? 一体なんだというのだ、この光は!」
ベラトリックスは舞い落ちる光を払うように、大仰に手を振った。
けれど赤い光は止む事がない。むしろ徐々にその勢いを増していく。
不意に、どこからかつむじ風が巻き起こる。
風は無数の光を巻き込み、シリウスの頭上へと舞い上げた。
そして光はまるで土砂降りの雨のように、シリウスの全身に降り注いだ。
「シリウス!」
ノーティカは堪らず立ち上がり、シリウスの元に駆け寄った。
赤い光がシリウスの身体を覆い隠す。
それは身を焦がす炎のようにも見えた。
やがて、シリウスの身体に纏わりついていた光が少しずつ消えていく。
シリウスは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
その瞳の色は――真紅。
シリウスの、美しい海を映しこんだような青の瞳ではなかった。
赤い瞳を持ったシリウスが、そっと口を開いた。
『……嘆かわしい事だ』
その瞬間、空気が奇妙な程に震えた。
シリウスの口から発せられているはずのその声は、シリウスのものではなかった。
女性を思わせるような、だが確かな威厳を湛えた声。
『己が快楽のために他者を傷つけ、なお正義を語る――』
シリウスの形をした何者かは、赤い瞳をスッと細めた。
『これが人の世の為政者であるか』
言葉を発するたびに、空気が不自然に震える。
それはまるで、この世界とは別の理が働いているかのようだった。
『斯様な塵芥に我が巫女と祝福の御子を傷つけられたとは……実に嘆かわしい』
その言葉を耳にした瞬間、ノーティカは驚愕した。
「まさか……そんな……」
そんなはずはない。
だが、『そう』としか思えない。
ノーティカは震える唇から、小さく言葉を漏らした。
「……精霊様……?」




