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「――その『精霊の祝福』とは、一体何なのでしょうか?」
ベラトリックスは目を細め、口の端を僅かに上げながら尋ねる。
その作り物めいた笑顔に、ノーティカはただならぬ気配を感じた。
まるで底の見えない水の中に足を入れた時のような気持ちになりながらも、ノーティカは答える。
「……儀式の折、シリウスだけに黄金色の光が降り注いだのです。そして精霊様は仰りました。彼とわたくしがこの国を想い続ける限り、永きに渡る繁栄を約束すると。それは精霊様が、シリウスをわたくしの王配として認めたという事に他なりません」
ノーティカは必死に心を奮い立たせながら、はっきりと言い切った。
この国において、精霊は信仰でありながら大きな権威でもある。シリウスには王家と精霊という、強力な権威がついているのだ。
「……その祝福とやらに、正当性はあるのかしら?」
ベラトリックスは、ふっ、と息を漏らすように笑った。
「……っ!?」
ノーティカは思わず絶句した。
「……ベラトリックス殿下……貴女は、我が国の精霊信仰を侮辱しようというのですか?」
怒りに震える声で、ノーティカは尋ねた。
精霊に守護された国の王女として、そして精霊の巫女として。自国の信仰を侮られた事を、許す訳にはいかなかった。
「いいえ、侮辱などしておりませんわ。ですが……」
ベラトリックスは悪びれもせず言いながら、目線を他所へ投げかけた。
「ラメール侯爵は、精霊の祝福についてどうお考えですか?」
視線の先に居たのはラメール侯爵だ。
話を向けられた侯爵は、顎に手を添えながら僅かに考え込むような様子を見せた。そしてゆっくりと口を開く。
「そうですね。浅学で大変恐縮なのですが……実のところ、私も精霊の祝福というものが如何なるものなのか、深く理解をしていないのです」
ラメール侯爵は苦笑交じりで答えた。
「率直に申し上げますと、その祝福が王家の継承問題への不安を払拭する程のものなのかどうか……私には分かりかねます」
「あら、ラメール侯爵もそのようにお考えなのですね」
「そんな……!」
ノーティカは愕然とした。
精霊信仰が馴染み深くないベラトリックスが、精霊の祝福を懐疑的に思うのは理解出来る。
けれど、精霊の恩恵を大いに預かってきたこの国の者が、まさかそのように思っているなんて。
「信仰というものは人それぞれですものね。目に見えないものを信じるのも信じないのも、その者次第ですわ」
「いやはや、その通りでございます。私の周囲の者も現実主義の者が多いのでね――皆、その祝福とやらに疑問を抱いております」
ラメール侯爵の言葉には、大いに含みがあった。
シリウスはその意味を察し、ぎゅっと歯を食いしばった。
侯爵の周囲の者が皆、彼に賛同している――つまり、既に根回しは済んでいるのだ。
そして侯爵とベラトリックスとのやりとりから察するに、彼らはここまで全て織り込み済みという事だ。
精霊の祝福など信じるに値しないと、はなから決め込んでいたのだ。
「『精霊様がシリウスをお認めになった』――ノーティカ王女殿下はそう仰いましたが……」
ベラトリックスは、あえて大袈裟に肩をすくめて見せながら尋ねる。
「それは本当に、精霊様の言葉なのですか? ノーティカ様のお考えではなく?」
「ほ、本当です……! わたくしがこの耳で、精霊様の言葉を聞いたのです……」
「それを証明する事は?」
「それは……」
ノーティカは言葉に詰まった。
「ノーティカ王女殿下は、精霊の巫女という立場にあると伺いましたわ。つまり精霊殿に深く通じる立場だと認識しております」
ベラトリックスの言葉が、じわりじわりとノーティカを責め立てる。
ノーティカの額に汗が滲む。動揺に歪むノーティカの顔を、ベラトリックスは愉悦を湛えた目で見つめた。
「奇しくも此度のシリウス襲撃事件――犯人は精霊殿の司祭と聞いております」
まさか、と。シリウスは口の中で小さく呟いた。
その先にどんな言葉が続くのか、シリウスには分かってしまった。
シリウスは咄嗟に声を上げる。
「姉上! やめ……っ」
「そのような重罪人を擁する精霊殿を、どうして信ずる事ができましょうか」
それが、とどめだった。
国儀の間に静寂が訪れる。
誰もが言葉を失い、ただ、目を瞠る事しか出来なかった。
「そして、そのような精霊殿の巫女である貴女も信用に値するのか……疑わしいものですわね。貴女が聞いたと言い張る『精霊様の御言葉』も、都合よく解釈されたものではないと言い切れますの?」
ベラトリックスは尚も切り込む。
ノーティカは血の気の引いた顔で、はくはくと口を開いていた。
若草色の瞳からゆっくりと光が消えていく。
「姉上! 私の婚約者を侮辱するのはお止めください!」
「貴方は黙っていなさい、シリウス。これは侮辱ではありません。真実と証明出来ないものを疑わしく思うのは当然の事でしょう?」
ベラトリックスは鋭い目でシリウスを睨みつける。だが口元は醜く歪んだ笑みの形をしていた。
シリウスを厳しく叱責する時は、いつもこのような顔をしていた。
以前までのシリウスなら、その目に怯え、震え、何も言う事が出来なかった。
――だが、今は違う。
シリウスの心に渦巻くのは、炎のように燃え滾る怒りだ。
一方的に虐げられるだけだった、か弱いシリウスはもう居ない。
目の前が真っ赤になるほどの怒りを湛えながら、シリウスはゆっくりと立ち上がった。
「……いいえ」
シリウスは一歩、前へと踏み出す。
「姉上……貴女はただ、誰かを傷つけたいだけなのでしょう?」
表情の消えたシリウスを、皆が呆然と見つめた。
「幼い私の頬を打ち」
それは、決して許されぬ所業。
「身体に鞭を打ち」
王家の威光でも覆い隠せぬ罪。
「挙句の果てに毒まで仕込んだ」
シリウスの口から、初めて公に語られた真実。
「いつだって貴女は、誰かを虐げて支配する事に喜びを覚えていた」
そのあまりにも悪辣で倫理に悖る行為に、誰もが言葉を失い、顔を歪めた。
「今度はノーティカまで壊そうと言うのなら……」
シリウスは真っ直ぐにベラトリックスを見据えた。
もう、その目に恐怖はない。
あるのは、愛しい存在を貶められた赫怒の念だけだ。
「私は、貴女を許さない」




