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ベラトリックスの鋭い眼光が、ノーティカを貫いた。
「……え……?」
ノーティカは唖然としている。
その顔色は血の気が引いたように真っ青であった。
大きな瞳が揺れる。唇も色を失い、僅かに震えていた。
「姉上……!?」
堪らず、シリウスは声を上げていた。
ベラトリックスはほんの一瞬だけ口元を歪めたが、すぐに元の表情に戻った。
「シリウスの未来が幸せなものになるか、それとも不幸なものか――全ては貴女の選択次第ですわね」
「わ、わたくしの……選択が……」
ノーティカは俯き、小さく呟いた。
暑い時期でもないのに、こめかみから流れて来た汗が顎を伝う。それとは逆に、指先はひどく冷えていた。
呼吸は浅くなり、心臓が痛いほどに鼓動を打った。
ノーティカの脳内で、昨晩のベラトリックスの言葉がこだまする。
『貴女の一言があれば、あの子を不幸から遠ざける事が出来るのです』
「いや……っ!」
ノーティカは耐え切れず、両手で顔を覆った。
「姉上! 何を仰っているのですか!」
シリウスは困惑した。
ノーティカはひどく動揺している。顔色は悪く、今にも倒れてしまいそうに見えた。
「わたくしが……シリウスを不幸にしてしまう……?」
「ノーティカ! 大丈夫ですか? ノーティカ……!」
ノーティカの肩がかたかたと震えている。
シリウスが呼びかけるが、その声は彼女に届いていないようだった。
――おかしい。何かがおかしい。
シリウスはベラトリックスに目を向けた。
ベラトリックスは愉悦を湛えた、ひどく醜悪な表情を浮かべていた。
シリウスの肌が一瞬で粟立つ。
この顔には見覚えがある。そう、幼い頃から幾度なく見て来た顔。
それは、シリウスを甚振っている時とまったく同じ表情だった。
今この場において、ベラトリックスの標的はシリウスではない――ノーティカであった。
シリウスの身体が怒りで震える。
ベラトリックスにとって、最早これは政治戦ではなかった。
ノーティカを追い詰め、甚振り、絶望させるための処刑場だ。
「姉上……ッ!」
シリウスが怒りに満ちた声を上げた、その瞬間。
「ゴホン!」
場違いなほど大きな咳払いが、室内に響いた。
「……失礼。シリウス殿、少し落ち着きたまえ」
「……陛下……」
ファーレン王は、シリウスを宥めるようにそう言った。
シリウスの煮え滾った心が、僅かに落ち着く。
「ベラトリックス殿下よ。そうは言うがな、現にシリウス殿はこの国の者として認められておるのだよ」
「……と、申しますと? 誰に認められているのでしょうか」
「精霊だ」
ファーレン王の言葉に、室内がしんと静まりかえった。
そう、シリウスは精霊に認められている。それどころか、今まで誰も見た事のないような特別な祝福まで受けた。
精霊信仰の篤いビガ国において、その事実こそがシリウスの立場を確固たるものにしたのだ。
「彼は精霊祈念祭の儀式の折、この国を守護する精霊より特別な祝福を受けている」
「……祝福……ですか」
ベラトリックスは首を傾げた。
その表情には困惑というよりも、どこか懐疑の色が浮かんでいた。
『精霊』――その言葉を聞いた途端、ノーティカはハッと顔を上げた。
「そ……そうです! シリウスは精霊様から認められております」
『異郷より来たりし、小さき御子』
『耐え難き辛苦をその身に刻み、それでもなお歩みを止めぬ御子よ――我が祝福を授けよう』
『どうかこれからもこの国を愛し、慈しみ続けるよう。さすれば永きに渡る繁栄を約束しよう』
あの時、精霊は巫女であるノーティカにそう語っていた。
あの時精霊の祝福を受けたからこそ、それまで異民族の王配に難色を示していた貴族達もシリウスを認め始めたのだ。
「――その『精霊の祝福』とは、一体何なのでしょうか?」




