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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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「……いいえ」


 その言葉に、一瞬時が止まった。

 「まだ勝負は付いていない」とでも言いたげなディズリーの表情に、ファーレン王もまた薄笑いを浮かべて応戦する。


「我が国にまだ何か不服がおありか?」

「畏れながら。不服というよりも、疑義を呈したく存じます。国王陛下」

「ほう、疑義。それは」


 ファーレン王はそこで言葉を切り、視線をずらした。


「そこに座しておるラメール侯爵にも関わりがある事か?」


 全員の視線が、一斉にそちらへ向けられた。

 テーブルの一番端。そこには、アストラ王国陣営でただ一人のビガ族――ラメール侯爵が座していた。

 シリウスもこの部屋に集まった時から気には留めていた。何故アストラ王国側の末席に、ビガ族が座っているのだろうかと。

 行き先がまったく見えない状況に、シリウスは胸騒ぎを覚えた。


「ご挨拶が遅くなり、大変申し訳ございません。陛下」


 ラメール侯爵は優雅に立ち上がり、ファーレン王に向かって礼の姿勢を取った。


「よい、楽にせよ」

「失礼いたします」


 ラメール侯爵はゆっくりと頭を上げた。

 その顔は笑みの形を取っているが、腹の底は読めない。正に貴族らしいといった表情だった。


「陛下の仰る通り、此度は皆様に申し上げたい事があり、席を連ねさせていただきました。末席を汚す事をどうかお許しください」

「先般、偶然ではございますがラメール侯爵のお話を伺う機会がございました。そこで侯爵のお考えに深く共鳴いたしまして、本日この場にもご参加いただいた次第でございます」


 ラメール侯爵の追い風となるかのように、ディズリーも言葉を続けた。


「……偶然、か」


 ファーレン王は独りごちるように呟く。


「そなたらの申す疑義とは如何様な事であろうか」

「……それは」


 ディズリーが視線をずらす。その先に居たのは――シリウスであった。


「ノーティカ王女殿下とシリウス王子殿下の婚約につきまして、その妥当性を今一度問いたく存じます」

「なっ……!?」


 シリウスは思わず声を上げてしまう。

 隣に座るノーティカからも、ハッと息を呑む音が聞こえた。

 ディズリーの話を引き取るように、ラメール侯爵も言葉を続けた。


「我々が望むべきは、国家の未来、安定、永続です。そのような観点から、お二人の婚約を再考いただくべきではないかと――」


 ――やられた。

 シリウスは顔を俯かせ、唇を噛んだ。

 アストラ王国側は勝負を諦めたのではない。ただ、勝利条件を変更しただけなのだ。

 彼らの新たな目的は、シリウスとノーティカの婚約を撤回する事。

 まして、ビガ国の侯爵家まで巻き込んでいる。このようなやり口は老練なディズリーの仕業だろうと、シリウスは心の片隅で思った。


「何故二人の婚姻が妥当ではないと? シリウス殿が王配に相応しくないと申すか」

「いえ、シリウス殿下のお人柄や功績の素晴らしさは重々承知しております。私が憂慮しているのは、王家の血の継承という問題でございます」

「それの何が問題であろうか。これまでもビガ族の女王が他民族の王配を迎えた前例はある」

「現在、直系王族はノーティカ様しか居られません。直系の血統を次代へ繋ぐ事を絶対とするのであれば、お相手が異民族では不安が残りましょう」

「それはビガ族であろうと異民族であろうと同じ事。ビガ族の王配を迎えたとて、その者が必ずしも子孫を残す能力があるとは限らぬ」

「ビガ族同士が子を成せなかった場合は、その者個人の問題と見なされるでしょう。ですがお相手が異民族となれば、世間は『やはり小さき民族では子を成せないのだろう』と見なす事でしょう」

「……それは至極差別的な視点であるな」

「ええ、実に嘆かわしい事です。勿論私としても、差別を肯定する訳ではございません。ですが民も貴族も、常に正しい倫理観で振る舞う者ばかりではないのも事実」


 現実という名の鋭い刃が、シリウスの心の奥を貫いていく。

 膝の上に置いた拳が小刻みに震える。怒りとも悲しみともつかない、ただただ大きな衝撃が頭の中をぐるぐると渦巻いていた。

 ラメール侯爵の言葉は尚も続く。


「そのような見方をする者が少なからず居るのであれば、異民族の王配を認めた王家への信用も揺らいでしまうというもの」

「……」


 ファーレン王は無言のまま、小さく嘆息した。

 侯爵は再び深々と頭を垂れる。


「過ぎた物言いとは重々承知しております。ですが私としても、王家の事を――何よりビガ国の未来を思って申し上げております。何卒ご寛恕の程を」


 国家運営におけるリスクを排する為に、異民族との婚姻は避けるべきだという。

 彼の言い分は貴族として決して間違っていない。だからこそ厄介だ。


「……成程。そなたの言い分は理解した。そしてアストラ王国も、卿の考えに賛同したと申されたか」


 ファーレン王はディズリーに水を向けた。

 ディズリーは深く頷きながら、「はい」と応えた。


「我々といたしましても、此度のご婚約は一旦白紙に戻すべきと考えております」

「どのような心積もりであろうか」

「無論、シリウス殿下の未来を慮っての事です」

「未来か……万が一この婚約を白紙に戻したとしたら、シリウス殿はアストラ王国に戻る事となろうな」


 シリウスの肩が大きく跳ねた。

 もし、そうなってしまったら――またあの地獄へ戻る事になるのだろうか。

 想像するだけで、背中の古傷がひどく疼くような感覚を覚えた。


「ええ、その通りにございます」


 ディズリーはさも当然とでも言うように答える。


「シリウス殿が祖国で凄惨な傷を負った事は既知の事実だ」


 ファーレン王の厳かな声が、更に低く響いた。


「そのような環境へ戻す事が、果たして彼の未来を慮る事となるのだろうか」

「その発言は我が国への愚弄に値します」


 突然、怜悧な声がその場を切り裂いた。

 アストラ王国側の中央に座したベラトリックスの声であった。

 ベラトリックスは不快感を露にするように、目を細めた。


「随分と一方的なお考えをなさるのですね。さも我が国が彼を虐げたかのような物言いをなさるとは……」


 ――どの口が言うか。

 シリウスは思わず唇を噛んだ。

 さも異母弟を心配するかのような口振りで、その実、ビガ国側の心証が悪くなるよう誘導している。ベラトリックスの得意な手口だ。


「ラメール侯爵のお話を聞く限り、他民族との婚姻に異を唱える貴族は少なからず居られるようです。そうなった時、肩身の狭い思いをするのはシリウスですわ」


 ベラトリックスは眉を下げ、切々と訴える。

 ビガ国側の面々は、白々しい嘘を語る彼女に憤りの目を向けていた。

 グウェン法務官も何かを堪えるように口元を固く引き結んでいる。騎士のアーノルドは、露骨に顔を顰めていた。

 どこか冷ややかな空気が漂う中、ベラトリックスは尚も言葉を続けた。


「本当に彼の事を想うのであれば、取り返しがつかなくなる前に手放すべきでしょう」


 そして、不意に視線を横へとずらす。


「……そうでしょう? ノーティカ王女殿下」


 ベラトリックスの鋭い眼光が、ノーティカを貫いた。


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