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夜が明け、二度目の談判の日がやって来た。
シリウスは大きく息を吐き出し、気合を入れるように手のひらで頬を軽く叩いた。
「……よし」
今日こそ異母姉との問題に決着をつける。
そう心に誓いながら、シリウスは一歩踏み出した。
「あっ」
国儀の間へ続く回廊を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
シリウスは軽い足取りで彼女の元へ近寄る。
「おはようございます。ノーティカ」
外交用の正装を纏った婚約者の姿は、今日も高貴な美しさを湛えていた。
けれどその立ち姿はどこか頼りなく見える。いつもはピンと伸ばしている背筋が丸まっており、顔も俯きがちだ。
シリウスが呼ぶ声にも気が付いていないようだった。
「ノーティカ?」
シリウスはノーティカの様子に首を傾げながら、再び声を掛けた。
前に回り込んで顔を覗き込むと、ノーティカはやっとシリウスの存在に気が付いたようであった。
「あ……シリウス」
ノーティカは一瞬ハッとした後、取り繕うように薄い笑みを浮かべた。
だがその顔色はひどく悪い。目元にも疲れが出ていた。
「大丈夫ですか? 顔色があまり良くないようですが……」
「……大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ございません」
ゆるりと首を振るノーティカだが、彼女の身に何かがあった事は明白だった。
そのまま歩き出そうとするノーティカの前に、シリウスは手を差し出した。
「ノーティカ、お手を」
いつものようにエスコートを申し出る。
だがノーティカは僅かに躊躇うような様子を見せた。
「……ノーティカ」
もう一度、呼びかける。
それはどこか懇願めいた響きを湛えていた。
ノーティカの指先が、おずおずとシリウスの手のひらに乗せられる。
いつもシリウスの心を満たしてくれる温かくて大きな手が、この時は驚くほど冷えていた。
まるで血が通っていないかのような指先。
その冷たさに一瞬驚いたが、シリウスは小さな手できゅっと指先を握った。
「大丈夫です」
シリウスはノーティカを真っすぐに見上げ、穏やかな声で告げた。
「私が傍に居ります」
それ以上の言葉は出てこなかった。
何があったのかは分からない。
ただ、今の彼女に必要なのは理屈ではないような気がした。
ノーティカの若草色の瞳が揺れる。
その目は僅かに潤んでいるように見えた。
やがてノーティカは無言で小さく頷き、そして視線を上げた。
二人は並び立ち、ゆっくりと歩みを進める。
回廊の先には、決戦の場である国儀の間の扉が見えていた。
三日前と同様、長テーブルにビガ国側とアストラ国側で向かい合って座していた。
誰もが緊張した面持ちでこの場に臨んでいた。
シリウスは向かいに座るグウェン法務官にちらりと視線を向ける。
彼は物静かな人物で、あまり感情が表に出るタイプではない。けれど口元が僅かに強張っているように見えた。
次いで、壁際に立つ騎士のアーノルドに視線を寄せる。
彼もまたシリウスの方を見ていたらしい。視線が交差した途端、アーノルドは周囲に悟られない程度に会釈をした。シリウスも小さく頷き返す。
立場は違えど、こちらに心を寄せてくれる者は少なからず居る。それだけで励まされるような心持ちになった。
「ベラトリックス王太女殿下。身体の調子はいかがだろうか」
「はい、ファーレン国王陛下。此度は私の不養生によりご迷惑をお掛けいたしました事、深くお詫び申し上げます」
ベラトリックスは目を伏せ、非礼を詫びた。
「いや、復調されたとあらば幸いだ。……それでは早速、談判の再開と参ろうか」
「失礼いたします。早速発言をお許し頂けますか」
アストラ王国側から、先んじて声が上がった。
ベラトリックスの隣に座るディズリーであった。
「外務大臣殿か。よかろう」
ファーレン王が鷹揚に頷くと、ディズリーは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。まず初めに申し上げます。此度の談判の議題である、シリウス殿下襲撃事件につきまして。我が国として改めて検討を重ねた結果……」
静まりかえった室内に、ディズリーの嘆息の音だけが響いた。
「事件時のビガ国の対応、負傷されたシリウス殿下の処置、それから犯人に課された刑罰。いずれに関しても適切な物だったと判断いたしました」
ディズリーの言葉に、その場が一気にざわめき出した。
ファーレン王の下瞼がぴくりと動く。
「ほう……つまり此度の事件、ビガ国に非は無かった。それがアストラ王国の見解という事で良いだろうか」
「はい、相違ございません」
「では談判はこれにて終了、という事でよろしいか?」
ファーレン王が問う。
ディズリーは、唇を僅かに上げて答えた。
「……いいえ」




