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「だからこそ私は、王女殿下の婚約について慎重にお考え頂きたい。そう願っているのです」
ラメール侯爵はそこで言葉を結ぶ。
一瞬、室内が静まり返った。
やがて貴族達は、俄かにざわつき出した。
「私はラメール侯爵に全面的に賛同いたします」
「やはり王配がシリウス殿下では不安な部分が……」
「ならば他の王配候補は……」
「いやしかし……」
各々の思惑が交差する。
ざわめく室内に、一人の紳士の声が響いた。
「ですが……シリウス殿下は、精霊様の特別な祝福を受けられているのでは?」
そう言い放ったのは、精霊祈念祭の儀式に参加していた者であった。
彼の言葉に、その場は更に騒然とし始めた。
「私も祈念祭で拝見しました……黄金色の光がシリウス殿下を包み込む様子を」
「本当に? 見間違えなどではなく?」
「精霊様がお認めになったのか……それではまた話は別だ」
噂でどよめく室内に、突然、怜悧な声が響き渡った。
「精霊の祝福とは、一体何なのでしょう」
紳士達は一斉に声のした方向へ視線を向けた。
扉の前には、二人の小さき民族が並び立っていた。
一人はハットを被った紳士。もう一人はフード付きのマントを目深に纏った者だ。
紳士は被っていたハットを取り、深々と頭を下げた。
「お話し中の所、大変恐れ入ります。アストラ王国外務大臣のディズリーと申します」
唐突な闖入者に、その場は水を打ったように静まりかえった。
だが、皆が気に留めたのはディズリーの存在ではない。マントを被った人物の方だ。
「……女性の声……?」
初めに聞こえた怜悧な声。それは、明らかに女性の声であった。
ここは女人禁制の紳士クラブだ。当然、入り込む女性など居ないはず。
そしてマントの人物が目深に被ったフードを取り去った瞬間、人々は言葉を失った。
「紳士の皆さま方のお邪魔をしてしまい、大変恐縮ですわ。ですがどうしても皆様にお話ししたい事があり、ラメール侯爵のお許しを得て、特別に入店させて頂きました」
緩やかなウェーブを描く黒髪が、ふわりとたなびいた。
赤い唇が弧を描く。それは完璧な淑女の笑みであった。
「アストラ王国王太女、ベラトリックスと申します。ノーティカ王女殿下の婚約者、シリウスの異母姉にあたる者です」
ベラトリックスは膝を折り、優雅に礼の姿勢を取った。
集まった貴族達は、皆唖然としていた。
居るはずのない女性が、しかも小さき民族の者がこの場に居る。その上その人物は、アストラ王国の王太女と名乗っている。
更には目の前に居る人物がこれまで噂をしていたシリウスの異母姉であると知り、あからさまに気まずい表情を浮かべた。
「お集まりの皆様を驚かせてしまったようで申し訳ない。実は先般、ベラトリックス王太女殿下のお考えをお伺いする機会があったのです」
ラメール侯爵が、その場を取りなすように口を開いた。
「そこでベラトリックス殿下が我々と同じ目的を抱いている事を知りました」
侯爵に視線を向けられたベラトリックスは、目を細めて小さく頷いた。
「実のところ、私共アストラ王国としても、此度の婚約については再考を望んでおります」
「アストラ王国側も……?」
誰かが無意識のようにぽつりと呟いた。
「はい。皆様と同じく、私もビガ国王家の継承問題を憂慮しております」
ベラトリックスの言葉に、皆がハッと息を呑んだ。
「このまま異母弟がノーティカ殿下と婚姻を結んだとして、万が一、子が望めなかった時……皆様の仰る通り、王家は揺れる事でしょう」
それは正につい先程まで貴族達が議論していたのと同じ内容だった。
「そしてもしそうなった場合、異母弟は大層つらい思いをする事でしょう」
言いながら、ベラトリックスはそっと目を伏せた。
憂いを帯びたその顔は、まるで美術館の彫像のように美しかった。
「王家の血を繋げる事が出来ないとなったら、シリウスはどんなに肩身の狭い思いをする事か……」
ベラトリックスは胸元を押さえ、声を震わせながらそう言った。
その悲痛な様子に、貴族達は同情するような視線を向けた。
「政治的な理由がまったく無いとは申しません。ですが異母姉として、異母弟を悲劇の下に晒したくないというのが本音です」
「異母姉としてシリウス殿下を想うベラトリックス殿下のお気持ちに、私は大変心を打たれました」
ラメール侯爵はベラトリックスを後押しするようにそう告げる。
場は、完全にベラトリックスに寄り添う空気になっていた。
「理由は違えど、我々は同じ目的を持っております」
「ええ、そうですわ。シリウスとノーティカ殿下の婚約に異議を申し立てるという目的を……ね?」
ベラトリックスの瞳が、妖しく光った。
「シリウスは昔から優しい子でした。自らを犠牲にしてでも誰かに尽くそうとしてしまうのです」
ベラトリックスのその言葉に、隣に立つディズリーが僅かに冷めた視線を送った。
「ですからきっと、自分から婚約を辞退するとは言い出せないのです」
「幼い頃から共にお過ごしになられたベラトリックス殿下が仰るのですから、間違いないでしょう」
ラメール侯爵は穏やかな声でそう告げる。
「ええ。だからこそ、誰かが止めてあげなければいけないのですわ……」
悲壮な表情で訴えかけるベラトリックスに、貴族達は皆大きく頷いた。
「そのような事情があるのなら、やはり婚約をご再考いただかねば」
「ご家族としても思うところがあるでしょう……」
「シリウス殿下も、アストラ王国にお戻りになった方が幸せかもしれないな」
賛同の声は徐々に大きくなっていく。
ベラトリックスは彼らの同情を更に煽るように、悲壮感に溢れる声で言った。
「ええ。その為に、皆様のお力をお借りしたいのです」
「勿論です。我々に出来る事であればご助力いたします」
「では……まず初めに、皆様にお伺いしたい事がございます」
ベラトリックスの目が、三日月のように細められた。
「『精霊の祝福』……果たしてそれは、真実なのでしょうか?」




