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「……いかがでしょうか。ラメール侯爵にとっても、悪いお話ではないかと」
「成程、話は分かりました」
ラメール侯爵と呼ばれた巨人の紳士は、口髭を撫でながらゆっくり頷いた。
「ディズリー様の仰る通り、ノーティカ王女殿下の婚約には思うところがありましてね」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。やはり王女殿下をお支えするのであれば、幼少よりビガ国の文化や慣習を学ばれた方の方が望ましいでしょう。お家柄としても、ラメール侯爵のご令息をおいて相応しい方は他に居られません」
侯爵の向かいに座るディズリーは、彼の言葉に同調してみせる。
ラメール侯爵家は、歴史ある家柄と潤沢な資産を持ったビガ国の有力貴族である。
侯爵家には、今年で十八歳になる子息が居た。
ノーティカに近い年頃の高位貴族の男子という事で、一時は婚約者候補と目されていた。
ラメール侯爵自身も「ぜひ息子を王女殿下の婚約者に」と、ファーレン王に度々売り込みをかけていた。
ファーレン王からは、「ノーティカの婚約者については、本人の希望も含めてしっかりと見極めているところだ」と遠回しに断られていたのだが。
「我が息子を王女殿下の婚約者にと推していた事は事実です。……ですがそれ以上に、私は憂いているのですよ。この国の未来を」
ラメール侯爵は僅かに首を振る。
「ああ、失礼。もちろん私とてシリウス殿下が御立派な方だというのは存じております。民からの支持も厚いと聞いています」
「いえ、お気になさらず」
会話の相手がアストラ王国の外務大臣という事もあり、ラメール侯爵は持って回った言い方をしている。
「ですが、次代の王家を担う方として適しているか……それは別問題なのです」
その言葉に、ディズリーも大きく頷く。
「ラメール侯爵が案じられるのも当然の事です。国政の安定を考えるのであれば、国内の貴族から王配を選ばれるのが自然な事です」
「王配ともなれば、国内貴族との調整役も務めねばなりませんからね。シリウス殿下のように他国から来られた方では、苦労される事の方が多いでしょう。……それに、何よりも……」
ラメール侯爵はそこで言葉を切り、ディズリーに視線を寄越した。
ディズリーは心得ているとばかりに、続く言葉を引き取った。
「……継承問題、ですね?」
「ええ。それが一番の懸念事項です。無論、異民族との婚姻そのものを否定するつもりはございませんが……」
王族の継承問題。次代へ血を繋ぐ事は、どこの国でも王族の義務と考えられている。
当然ながらそれはビガ国でも同じだ。
「我々の目指す所は同じ。そう考えてもよろしいでしょうか」
「ええ、ラメール侯爵。我々アストラ王国としては、シリウス殿下が婚約を解消し、国へお戻りになる事を望んでおります」
「こちらとしては、国の未来のためにも婚約の再検討を望んでおります。そして、ビガ族の者が王配につく事が最善と考えております」
目的は違えど、求める結果は同じだ。利害を共にする者として、ディズリーはラメール侯爵に願い出た。
「……では、是非とも我々にご協力を賜りたく」
交渉は成立した。
アストラ王国側にビガ国の有力貴族が付いた。戦況が大きく変わる可能性が出てきたと、ディズリーはほくそ笑む。
ラメール侯爵は国家を憂いているがためにディズリーの話に乗って来た。あくまで私欲のためではなく、国の未来を思うがゆえの事だと。――そう信じている。
ラメール侯爵邸を出て、王城に戻る馬車の中。ディズリーは冷笑するように独りごちた。
「国の未来のために……か」
『正しい事をしている』と信じている人間の方が利用しやすいと、ディズリーは知っていた。
正しさという大義名分があれば、人間は罪悪感や後ろめたさを感じづらくなるものである。
「彼が国家を憂う気持ちは本物だろう。だが、その憂いの先に己の息子の姿を見ている事もまた事実」
ディズリーはラメール侯爵の正義感を煽るだけで良い。その公正無私の精神こそが、この国の貴族達に波紋を広げてくれる事だろう。
「精々ラメール侯爵にはビガ国を引っ搔き回していただこう。ベラトリックス殿下があの調子では、何の戦果も得られない負け戦となってしまうからな……」
ベラトリックスのしくじりで、ビガ国に賠償を求める事が難しくなってしまった。
これでは時間も労力もかけて遠く離れたビガ国までやって来た意味が無い。何の利も得られないまま、このままおめおめと負け帰る訳にはいかないのだ。
「シリウス殿下をアストラ王国へ戻す……それさえ果たせれば良い。後は王都の貴族共が勝手に食い潰してくれる」
シリウスに恨みがある訳ではない。だがディズリーは、国家の安定を第一に考えている。
その為ならば、シリウス一人が犠牲になるのも致し方ない事だとも。
「しかし、あの方も困ったものだ……これなら余程シリウス殿下の方が王太子に相応しい……」
そこまで口にしてから、ディズリーは小さく肩を竦めた。
「おっと、口が過ぎてしまったな」
――王太子に相応しい者と、王太子になれる者は別である。




