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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 検分を終え、シリウスらが国儀の間に戻って来た。

 騒めいていた室内が、途端にしんと静まりかえる。

 法務官のグウェンと騎士のアーノルド。二人の様子はあからさまに尋常ではなかった。

 揃って血の気の引いた顔色をしており、表情もひどく強張っている。彼らの面持ちを目にしたアストラ王国の面々に、緊張感が走る。


「検分の結果は如何だっただろうか」


 ファーレン王の重厚な声が響く。

 グウェンは、泰然と構えるファーレン王に恐る恐る視線を向けた。


「はい……検分の結果、今回の傷害事件においてシリウス殿下の御身に大事が無い事を確認いたしました。医師の所見を聞く限り、事件後の対応や処置方法についても、適切なものだったと認識いたしました」


 どこか硬い声で、グウェンは淡々と述べる。

 ベラトリックスはそんな彼を力強い目で見据えた。『裏切者』とでも言いたいのかもしれない。


「重ねて申し上げます」


 すぅ、と小さな呼吸を挟み、グウェンは言葉を続けた。


「シリウス殿下の御身にあらせられる古傷。そちらは、殿下がアストラ王国に居られた頃……おそらく、非常に幼い頃から反復的に打擲された跡だと推察されます」

「なっ……!?」


 アストラ王国、ビガ国ともに皆が騒めいた。視線が一斉にシリウスに集まる。

 シリウスはまっすぐに前を向き、堂々とした表情を見せていた。逃げも隠れもしないとでも言いたいように。


「私からも申し上げます」


 次いで、アーノルドが口を開いた。その場で一礼し、一歩前へ進み出る。


「殿下の背中の傷を拝見いたしました。私はその傷口の形状に見覚えがありました。……騎馬訓練等で、何度も目にした事があります」


 その声は徐々に重苦しさを増していく。

 眉を顰め、苦々しい表情を浮かべたままアーノルドは告げた。


「断言は出来ません。ですが私が推察する限り……おそらく、乗馬鞭で打たれたものかと存じます」


 一瞬、誰もが言葉を失った。

 その場がしんと静まりかえる。

 けれどすぐに、国儀の間は大きく騒めいた。


「そんな!?」

「鞭……だと……」

「有り得ない、王子にそのような無体を強いるなど」

「しかも幼い頃から……?」


 皆が驚きの声を上げる。アストラ王国とビガ国の誰もが、驚愕と困惑の表情を浮かべていた。

 そうしてやがて、一つの疑問に辿り着く。

 一体誰が、その傷を負わせたのか?

 一国の王子が、幼い頃から反復的に鞭による虐待を受けていた。

 そのような事が出来る人間など限られている。

 生まれた頃からアストラ王国の王城で育てられてきたシリウスに、手を出せるような人間など――。


「……随分と下劣な印象操作ですこと」


 突如、怜悧な声が空気を震わせた。

 視線が一挙にそちらへ集中する。声の主はもちろん、ベラトリックスだ。

 最早戦況はアストラ王国側の劣勢である。しかし彼女は怯まない。むしろ反撃の機会を得たとばかりに、口撃を開始する。


「確かに異母弟の身体には古傷があります。それは紛れもない事実ですわ」


 アストラ王国側の者は皆、固唾を呑んでベラトリックスの言葉を待った。


「けれどそのようなもの、誰が付けたかも分からない。いつ付けられたかも分からない。第一、乗馬鞭による傷というのも、あの騎士が憶測で言っているものでしょう」


 そう言って、ベラトリックスはアーノルドに冷ややかな視線を向ける。

 アーノルドは一瞬怯んだような表情を見せるが、負けじとベラトリックスを睨み返した。それは最早、仕えるべき主に向ける視線ではなかった。


「そのような不確かな情報をもって、アストラ王国を糾弾なさるのですか? それは我が国への侮辱と捉えます」


 ベラトリックスはビガ国側に、強い視線を投げかけた。

 その双眸には、燃えるような怒りを宿している。


「第一、シリウス本人は何も語っておりません。……そうよね? シリウス」


 そしてその視線は、シリウスへと留まる。

 シリウスは全身の皮膚が粟立つような感覚を覚えた。蛇に睨まれた蛙とは、このような気持ちなのだろう。

 このまま視線を逸らし、顔を伏せてしまいたい。――けれど、その時。


「……シリウス」


 隣から、案ずるように名前を呼ばれた。

 ノーティカ。愛しい人の声。その声を聞いただけで、ぐらりと大きく揺らいでいた心が不思議なほど凪いだ。

 シリウスは努めて怯むような様子を見せず、ただ目線をまっすぐに向け、ベラトリックスの言葉に何の反応も示さなかった。

 それは、シリウスの明確な反抗であった。


「なるほど。ではこちらも憶測だけで語るのは止そう」


 ファーレン王は椅子に預けていた巨体を前に傾け、ゆったりとした動きで手の甲に顎を乗せた。

 まったく怯む様子を見せないファーレン王の様子に、ベラトリックスは僅かに焦りの表情を見せた。


「ラグーナ、あれを持て」

「はっ」


 ファーレン王が顎をしゃくると、ラグーナは手元の書類を王に渡した。

 王ははっきりとした声で読み上げる。


「背部及び大腿部に多数の瘢痕あり。反復的打擲によるものと推察。この瘢痕は、幼少期より長期間に渡り形成されたものであると推察される」


 それは診断書であった。


「この診断書には王室医師の署名がある。そして私の玉璽も捺してある。……つまり、ビガ国王室が公式に認証した文書である」

「……っ」


 ベラトリックスは大きく目を瞠った。

 玉璽の捺された、国王が認証した公式文書。つまり国王がその名をかけて、事実だと認定したという事に他ならない。

 逆に言えばこれが事実と反していた場合、ビガ国の面子も権威も失墜してしまうという事だ。ファーレン王は、それほどの覚悟を持って事に臨んでいる。


「ビガ国の威信をかけて申そう。アストラ王国第一王子シリウス殿下は幼少期より暴行を受けていた。それは事実であると」

「そ……そのような事……」

「……だがしかし、勘違いしないでいただきたい。私は貴国を糾弾したい訳ではないのだ」


 ファーレン王はゆっくりと首を振る。

 劣勢を強いられたベラトリックスは、歯噛みが止まらない様子だ。


「ただ、一つだけ確認したい。ベラトリックス王太女殿下。先ほど殿下はビガ国に『賓客を保護する義務がある』と仰られたな」

「……それは……」

「では、改めて問おう。アストラ王国こそ、シリウス王子殿下を適切に保護出来ていたのだろうか」

「く……ッ」


 ベラトリックスの顔が怒りに赤く染まる。

 いくら彼女があの手この手でビガ国を陥れようとも、海千山千の老獪であるファーレン王は動じない。


「……失礼、発言の許可を」


 唐突に、アストラ王国側から声が上がった。

 ベラトリックスの隣席に座る、五十代程の紳士――アストラ王国の外務大臣であった。


「申してみよ」


 ファーレン王は鷹揚に頷く。


「長旅が続き、ベラトリックス王太女殿下は俄かにお身体を崩されたご様子。此度の件で随分と心を痛めておいででしたから。お身体に障ったのかもしれません」


 外務大臣は淡々と告げる。

 それが方便である事など、誰もが分かっていた。


「つきましては、本日の談判につきましては一旦中断とさせて頂きたく存じます」


 深々と一礼をする外務大臣に、ファーレン王は是と返した。


「……相分かった。どうか平癒に専念なされよ」

「恐れ入ります。お心遣いに深く感謝申し上げます」


 外務大臣の一言で、談判が終了する。

 室内の張り詰めた空気が一挙に緩んだ。

 シリウスもほっと小さく息を吐いた。

 隣の席でそれを見ていたノーティカは、シリウスにそっと耳打ちをする。


「……よく、頑張りましたね」


 ノーティカの言葉に、シリウスは晴れやかな笑みを見せた。


「ありがとうございます」


 国儀の間からアストラ王国の一団が次々と退室していく。

 侍女に付き添われながら部屋を出て行くベラトリックス。その足元はどこか覚束ない。

 けれど背筋をまっすぐに伸ばし、一度も振り返る事なくその場を後にした。

 その後ろ姿を、誰もが複雑な表情で見据えていた。


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