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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 控えの間にて。

 シリウスは衝立の奥で、小さく息を吐いた。それは安堵の息だ。

 

(……よし、ここまでは作戦通りに進んでいる)


 左胸に手を当てれば、ドクドクと逸る鼓動を感じた。思っている以上に緊張していたらしい。


「殿下、失礼いたします」

「ああ、頼む」


 ジェレミーは一礼し、シリウスの服の釦を外し始めた。

 静かな空間に、衣擦れの音だけが響く。

 衝立の向こうには、法務官と赤髪の騎士が待機している。おそらく二人とも、神妙な面持ちで待っている事だろう。

 シリウスはそっと目を伏せる。


(ここからが勝負だ)


 シリウスは談判が始まる前に取り決めた事をひとつひとつ思い返した。




「この古傷を、虐待の証拠として提示したいのです」

「シリウス殿下……!? 何故そのような事を……」


 シリウスの言葉に、ラグーナ医師はひどく驚愕した顔を見せた。

 談判が始まる少し前。

 シリウス、ノーティカ、ファーレン王による作戦会議の場に、御用医のラグーナも招集されていた。

 シリウスは自らの狙いを打ち明ける。


「この傷は、姉上が私に施した蛮行の証。これが彼女を追い詰める武器となるならば、私は躊躇いなくこの身を晒したいと思う」

「……シリウス殿下のお考えに、異論はございません」


 医師は俯く。その顔色は良いとは言えなかった。

 痛ましいものを見るように複雑な表情を浮かべた医師は、ぽつりと呟いた。


「ですが……どうかご自身の御心も大事にしてくださいませ」

「……ラグーナ先生の心遣い、誠に痛み入ります。それでも私は、戦うべきだと思うのです」


 シリウスは自らの身体をそっと撫でた。この服の下には、今もなお数多の傷が残っている。

 これはシリウスにとって恐怖と恥辱の証。

 それらを乗り越えるためにこそ、この証を武器として戦うのだ。


「その為に、ラグーナ先生にも協力を願いたいのです」

「……承知いたしました。この老いぼれがお役に立てるのであれば、如何様にもお使いください」


 ラグーナは恭しく頭を垂れた。シリウスの瞳に安堵の色が浮かぶ。

 続く話はファーレン王が引き取った。


「ラグーナには、シリウス殿の検分役となってもらいたい」

「検分役ですか?」

「シリウス殿の古傷について、医師としての所見を述べてほしいのだ」

「なるほど、承知いたしました」


 ラグーナは深く首肯する。


「流石に公の場で肌を晒す事は私も望みません。ですので、検分は別室で行います。その際に、アストラ王国側から立会人を選出します」


 シリウスは人差し指と中指を立てて見せる。


「立会人は二人。法務官のグウェンと、赤髪の近衛騎士アーノルド。先生には、この二人を立会人として指名してもらいたいのです」

「……? 何故、そのお二方なのでしょう」


 ラグーナは首を傾げた。


「アストラ王国側も一枚岩ではないのです。あちらの一団の中にも、ベラトリックスと思想を違える者は存在している」


 彼女は王の代わりに政務を行っているとは言え、いまだ王太女の身分だ。重要な人事権を彼女が有している訳ではない。

 ゆえに国の中枢に居るのは、父である国王の臣下が中心だ。


「まず、法務官のグウェン。彼は父の忠臣です。現在は父の代理であるベラトリックスの下についていますが、立場上、彼女に阿るような方ではありません。法と倫理の元に平等な、立派な法務官であると認識しています」


 理由はそれだけでは無かった。


「そして彼には私と同じ年頃のご子息が居る」


 シリウスはアストラ王国の王城に居た頃を思い返す。

 グウェン法務官は物静かで気難しそうに見える男だが、意外にも随分と子煩悩だったらしい。

 幼い頃、彼が小さな男の子を連れて登城するのを何度も見かけた。

 グウェンの息子とシリウスは特別親しかった訳ではないが、王城で顔を合わせた際、何度か話しかけた事がある。

 グウェンからは「息子にお声がけを頂き、有難く存じます」と恭しく礼を言われた事もあった。


「自分の息子と同じ年頃の青年が、幼い頃に虐待を受け、痛ましい傷を負っていた。……その事実を知れば、おそらくシリウス殿の境遇に深く同情するであろうな」


 ファーレン王は厳めしい顔を更に顰めながら言った。ファーレン王もまた、同じ年頃の子を持つ父親だ。その気持ちが深く理解出来るのであろう。


「ええ……彼であれば、私の境遇を無視は出来ないでしょう」


 シリウスはそっと目を伏せながらそう言った。


「そして赤髪の近衛騎士、アーノルド。彼は非常に優秀な騎士です。王国騎士が競い合う競技会で、何度も優勝した経験を持つほどに」


 アストラ王国に居た頃、シリウスは騎士団の御前試合を観戦した事が何度かあった。

 己よりも遥かに体格の良い騎士を、華麗な剣さばきで倒していった彼の姿を今もよく覚えている。


「それゆえに異母姉も彼を重用した。優秀な近衛騎士を傍に付ける事で、自身にも箔がつきますから」


 ベラトリックス付きの近衛騎士については、彼女が人事権を持っている。

 騎士団の中でアーノルドが頭角を現し始めた頃、ベラトリックスは即座に彼を近衛騎士に任命した。


「同時に彼は、非常に高潔な騎士だと聞いています。悪しきを許さず、弱きを助け、忠誠と礼節を重んじる。正に騎士道精神の体現者と言えるでしょう」

「なるほど。そのような騎士道精神の持ち主が、シリウス殿の古傷だらけの身体を見たら……如何様に思うであろうか」

「ええ。そしてこの傷を与えたのは誰なのか……優秀な彼ならば、その答えには自ずと辿り着くでしょうね」


 シリウスは淡々と言葉を紡いだ。その冷静な表情は、まるで奸計に長けた強者のようにも見える。

 その顔を横目で見ていたノーティカは、思わず身震いしそうになった。


「私はこの傷だらけの身体を武器として戦うつもりです。ですが、これだけでアストラ王国に勝利する事は難しいと思います」


 シリウスは首を横に振る。

 ベラトリックスの事だ。シリウスがいくら虐待被害を訴えたとしても、上手く言いくるめて有耶無耶にしかねない。


「まずはあちらに大きな波を立てたい。ベラトリックスの足場が揺らぐ程の、大きな波を」


 シリウスが狙うべくは、臣下達に疑心や不和の種を植え付ける事。


「これは、その為の武器なのです」


 そしてその波はいつか、彼女を飲み込んでいくだろう。


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