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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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「此度の負傷とは別の、おびただしい数の古傷が確認された……とな」

「な……っ!?」


 皆、驚きに言葉を失った。

 アストラ王国の一団は目を大きく見開き、顔を青褪めさせている。まさに青天の霹靂のようで、「まさか」「そのような事が……」と、皆が口々に呟いている。

 唯一、ベラトリックスだけは大きな反応を見せなかった。

 一瞬だけ視線を逸らしたが、すぐにファーレン王に向き直る。


「……それは、事故の跡でしょう。シリウスは幼い頃、事故に遭いました。その頃の傷がまだ癒えていないのです」


 ベラトリックスは動揺する様子など微塵も見せない。

 ただ事実のみを語っているかのように、淡々と言葉を紡いだ。


「ほう……事故、か。それはどのような事故だろうか」

「シリウス本人の尊厳に関わる事柄です。この場で軽々しく語るべきではありません」


 勢いよく扉を閉めるように、ベラトリックスはぴしゃりと言い放った。

 それ以上の深掘りは許さないといった様子だ。


「だが、ベラトリックス王太女殿下。それについては少々疑問がある。古傷は背中や太もも……服に隠れるような部分だけ、狙ったように傷がついていたと聞いている」

「……それは……」


 僅かに声が揺らいだ。

 それは、ベラトリックスがこの場で初めて見せた動揺だった。


「果たして、単なる事故でそのような傷が残るだろうか」

「いえ……本人の名誉のため伏せておりましたが……」


 ベラトリックスはほんの少し躊躇うような様子で口を開いた。

 そして訥々と語り出す。


「シリウスは昔、不埒者に拐かされた事があるのです。身体中に残る跡は、その犯人によって傷つけられたものです」

「ほう? 警備体制がしっかりしているはずのアストラ王国に住まわれていたというのに、不埒者に拐かされたと?」

「……ッ!」


 しまった、と。

 その目が語っていた。

 ファーレン王はその隙を見逃さない。畳みかけるようにして言葉を重ねた。


「こちらの保護義務について色々と思うところあるようだが……アストラ王国こそ、自国の王子を適切に保護出来ていたのだろうか」

「それは……」


 ベラトリックスの声に焦りの色が滲む。


「『全ての凶行を完全に防げぬ事をもって国家の失態と断ずるならば、この世に完全な統治など存在せぬ』……私が言いたいのは、こういう事なのだよ」

「くっ……」


 ベラトリックスは奥歯をグッと噛みしめる。怒りに震える手を必死で押さえながら、なんとか反論の筋を探す。


「……随分と、悪趣味な真似をなさるのですね」


 ふぅ、とベラトリックスは小さく息を吐いた。

 先ほどまで屈辱に歪みかけていた顔が、瞬時に変わる。それはまるで倫理に(もと)る行いを目にした時のような、露骨な侮蔑の表情だ。


「他国の王子の身体を検分し、公の場で辱めるなど……それがビガ国の礼儀なのですか?」


 眉を下げ、悲痛な面持ちを浮かべながらベラトリックスは反論する。

 議論の方向性を、倫理という土俵に持ち込もうという算段だ。

 だがそれも老獪な国王には通用しない。


「いや」


 国王の視線が、向かい合うベラトリックスから横に並ぶシリウスの方へ移された。


「これはシリウス殿が自ら望んだ事なのだよ」

「な……っ!?」


 ベラトリックスは勢いよくシリウスの方に目を向けた。

 その視線は鋭く射抜くようなものだった。

 シリウスは思わず肩をびくりと跳ねさせる。


 けれど、もう逃げないと誓った。

 これはシリウスにとって、過去を清算する為の戦いだ。

 その為なら己の傷まみれの身体すらも武器にしてみせる。そう決めたのだ。


 シリウスは静かに立ち上がる。そして宣言するように、はっきりと言葉を発した。


「此度の件、私が襲撃に遭った事により、二国間に摩擦が起こり得るのではないかと心を痛めております。ビガ国の対応は極めて適切でした」


 皆の視線がシリウスに集まる。困惑、同情、そして苛烈な憎悪の目。

 シリウスは臆した様子を見せぬよう、努めて胸を張った。


「先立って申し上げた通り、此度の負傷も御用医の治療により既に完治しております」


 そこで言葉を切り、すぅ、と大きく息を吸った。

 

(……さあ、ここからは私の戦場だ)


 シリウスは心を決める。そして一際声を張り、高らかに告げた。


「……それを証明する為であれば、この身体を検めていただいても構いません」

「なんですって……!?」


 声を上げたのはベラトリックスだった。

 思いのほか甲高く響き渡った声に、ベラトリックス自身もまずいと思ったらしい。取り繕うように慌てて口を閉じた。


「……そのような事をせずともよろしいのでは……」


 困惑したような声で、アストラ王国の誰かが呟いた。シリウスを慮っての事かもしれない。

 けれどシリウスは首を横に振る。


「私が望むのは公正な判断です。その為には、この身こそが揺るがない証拠となるでしょう」

「ビガ国としても同じ意見だ。では御用医をこちらへ」


 ファーレン王が顎をしゃくると、側近が御用医の老人を連れて入室して来た。

 老医師は深々と一礼する。


「シリウス殿下を拝診いたしました、医師のラグーナと申します。これよりシリウス様のお身体を検分させて頂きますが……」


 ラグーナ医師は口髭を撫で、言葉を選ぶように告げた。


「……淑女の御前で肌を晒す訳にはいきますまい。よって、別室にて検分を行いたいと思います」


 アストラ王国の面々が俄かにざわめく。突如として妙な方向へ動き出した事態に、皆が順応出来ていないようだった。


「つきましては、アストラ王国側からどなたか立ち会いをお願いしたく存じます。そうですね……ではそちらの法務官の御仁」

「は……私でしょうか」


 突如として白羽の矢を立てられた男性は、驚きに目を見開いた。

 ベラトリックスの二つ隣の席に座していたのは、アストラ王国の法務官だ。

 議事を書き留めていたペンを止め、胡乱な目で老医師を見遣った。

 医師は視線を受け止め、ゆっくりと首肯する。


「ええ。公正なご判断のためにも、どうかご協力を」


 法務官は訝しむような表情を見せたが、「承知いたしました」と受諾した。


「それからもうお一方ほど。そうですね……そちらの赤髪の騎士の方、ご協力いただけますか?」


 今度は、壁際に控えていた近衛騎士が名指しされた。


「私が……?」


 赤髪の年若い騎士は、眉間に皺を寄せた。彼もまた訝るように、老医師に視線を投げかける。


「異論はございません。ですが、何ゆえ私がそのようなお役目に選ばれたのでしょう」

「巨人ばかりに囲まれては、そちらの法務官殿も萎縮してしまうでしょう。万が一それで公正なご判断が出来ないとなれば、両国にとって不都合というもの」


 老医師の説明に、騎士は「ふむ」と納得したように頷いた。


「騎士殿は法務官殿の護衛役として同席していただけますかな?」

「そのような話であれば、承知致しました。僭越ながら、そのお役目謹んでお受けいたします」


 騎士は右手を胸元に当て、折り目正しく礼の姿勢を取った。

 医師に指名された二人は、シリウスと共に別室へと移動する。


 国儀の間は波乱に騒めいていた。

 誰もが困惑を滲ませる中で、ベラトリックスだけは、去り行くシリウスの背中を苛烈な視線で睨みつけていた。


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