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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 ――談判当日。国儀の間にて。

 長いボードルームテーブルに、両国家の要職の者が並び座る。

 一方にはビガ国側、もう一方にはアストラ王国側と、向かい合わせに並んでいる。

 アストラ王国側の中央に座るのは、王太女であるベラトリックス。

 昨日の華やかなドレスとは打って変わって、シックなネイビーのデイドレスを纏っている。

 ドレスの袖口や襟にはアストラ王国のカラーである金のラインが入っている。そして裾にはドレスの生地と似た色合いの艶のある糸で、アストラ王国の国章が刺繍されていた。

 これは重要な国内行事や外交の際に着用される、極めてフォーマルな装いだ。


 一方ビガ国側の中央に座るのは、国王であるファーレン。

 頑強な巨体を椅子に預けた姿は、まるで大きな岩のようにどっしりとしている。泰山北斗と表すに相応しい様子であった。

 こちらも極めてフォーマルな場でしか着用されない、豪奢なマントを肩に掛けている。銀の刺繍が全面に施され、動く度に繊細な輝きを放っていた。

 どちらの国も、隙を見せぬ堂々たる風采でこの場に臨んでいる。


 最初に口火を切ったのは、ベラトリックスだった。


「まず、此度のアストラ王国第一王子襲撃事件について、今一度委細をご説明いただけますか」


 その声音はあくまで穏やかだった。だがその実、一切の逃げを許さぬ鋭さを孕んでいる。

 途端に室内の空気が張り詰めた。

 相対するファーレン王は、微動だにしない。

 王は巨大な身体を座に預けたままゆっくりと口を開いた。


「此度の件、まずは我が国にてこのような事件が発生した事、ビガ国王として遺憾に思っている」


 その重々しい声に、誰もが耳を傾けた。王はなおも言葉を続ける。


「事件が起きたのは、精霊祈念祭の最終日の事だ。犯人は精霊殿所属の聖職者ニラス。以前より思想的偏向が見られていた人物であり、独断で凶行に及んだ」


 アストラ王国側の面々は皆、神妙な面持ちで王の話を聞き留める。一言半句も聞き漏らさないといった様子だ。

 法務官が議事を書き留めるペンの音だけが、忙しなく響く。


「ニラスは儀式の後、突如異様な言動を見せた。シリウス殿はその危険性を即座に察知し、ノーティカをその場から遠ざけようと行動された」


 ファーレン王はそこで言葉を切り、僅かに息を吐いた。


「その最中、ニラスはシリウス殿へ襲い掛かり、首を絞めるなどの暴行に及んだのだ」


 ファーレン王がそこまで言うと、向かいからハッと息を呑むような声が聞こえた。

 声の主は、ベラトリックスだった。

 「信じられない」とでも言いたげに目を見開き、悲痛な表情を見せた。それはまるで暴行を加えられた異母弟に同情し、憐れむような顔であった。

 ファーレン王はそちらを僅かに一瞥したが、表情を変えぬまま言葉を続けた。


「だが幸いにも、護衛騎士が即時制圧に成功。犯人ニラスはその場で拘束された。結果としてノーティカに被害が及ぶ事はなかった」


 王の言葉を受け、ノーティカは首肯する。


「シリウス殿下の勇気ある行動により、わたくしは助けられました」


 ノーティカは胸元に手を当て、凛とした声で言った。


「その後、王室、精霊殿ならびに裁定官による審問を経て、犯人には極刑判決が下されている」


 極刑。それを耳にした瞬間、シリウスが僅かに身じろいだ。


「……既に刑も執行された後だ」


 更に続いた言葉に、シリウスは耳を疑った。背筋に冷たいものが走る。

 シリウスの与り知らぬところで、既にニラスの刑が執行されていたなんて。

 おそらく敢えて知らされなかったのだろう。

 ニラスの最後の姿が、俄かに頭を過ぎる。その死を憐れむべきか否か、シリウスはよく分からなかった。

 ただ目を閉じ、神の御許に返ったその命に心の中で祈りを捧げた。


「シリウス殿は負傷こそされたものの、幸い命に別状は無かった。御用医の診察を受け、現在は日常生活に支障ない程度まで回復している」


 ファーレン王はシリウスに視線を向ける。

 シリウスは弾かれたように顔を上げた。

 シリウスの態度や言動で、ビガ国側に悪印象を付けてはいけない。表情にも細心の注意を払いながら、シリウスは口を開いた。


「この通り、無事に回復いたしました」


 かすかな笑みを浮かべ、シリウスははっきりとした口調で答える。

 ファーレン王もそれを受け、鷹揚に頷く。


「少なくとも我が国は、シリウス殿の勇気と献身に深く感謝している」

「……事情については理解いたしました」


 一連の話を受け止め、ベラトリックスは静かに頷いた。

 そして目を細め、口角を僅かに上げた。それは一国の王太女としての、完璧な笑みだった。


「シリウスがノーティカ王女殿下を守ろうと行動した事、姉として誇らしく思います」


 アストラ王国側の面々も、ベラトリックスの言葉に深く頷く。

 ビガ国側は何も語らない。ただ、息を潜めて次の言葉を待つ。


「ですが」


 ベラトリックスの声が、わずかに低くなる。


「だからこそ、疑問に思うのです。何故、他国の第一王子が自ら王女を庇わねばならぬ状況に陥ったのでしょう? 警護は十分だったのでしょうか」


 ――来た。

 遂に攻撃を仕掛けてきた。

 彼女は昔から、正論じみた言葉を重ねて他者を追い詰める事が得意だった。シリウスにも身に覚えがある。

 だが此度の相手はビガ国の国王ファーレンだ。長年一国の主の立場にある者は、まだ年若い他国の王太女からの攻撃に、まったく動じる様子を見せなかった。


「確かに事件が発生した以上、我が国にも責任の一端がある事は否定できまい」


 ファーレン王はそこで言葉を切る。

 優勢を確信したのか、ベラトリックスの顔が一瞬だけ歪んだ笑みを形作った。

 

「だが此度の件は、外敵による侵略でも、組織的反乱でもない。長年精霊殿に仕えていた聖職者が、突発的に凶行へ及んだ事件だ」


 その言葉に淀みは無い。まるで用意された脚本を読むかの如く、王の口からは事実が滑らかに紡がれる。


「なるほど……では、危険思想を抱えた人物を、儀式の場に立ち入らせていたという事でしょうか」


 ベラトリックスは攻撃の手を緩めない。

 まるで獲物を狙う猛獣のように、その目がぎらりと光った。


「犯人は、儀式の執行を許される立場にあった者。ゆえに一定の行動権限を有していたのだ」

「そのような人物を宗教儀式に関わらせるという事自体、貴国の管理体制に疑問を抱かざるを得ませんね」


 ベラトリックスはため息を吐いた。

 「まるでお話にならない」とでも言うように、その表情には少しの呆れが見て取れた。

 だがファーレン王は決して揺るがない。むしろ余裕を見せるかのように、殊更ゆっくりと首を横に振った。


「もし全ての凶行を完全に防げぬ事をもって国家の失態と断ずるならば、この世に完全な統治など存在せぬだろう。それはどの国でも言える事であろうな」

「それは論点のすり替えです」


 すかさずベラトリックスは打ち返す。

 互いに一歩も引かぬまま、場の空気は更に緊張感を増していく。


「それに此度襲撃に遭ったのは我が国の第一王子。幸いにして怪我だけで済みましたが、一歩間違えば命の危機となっていました。まさか、死ななければ問題ないとでも仰るのですか?」

「それについては、我が国の護衛騎士は即応し、犯人をその場で制圧している。その結果、被害拡大は防がれている」

「それで賓客保護の責務を果たしたとお考えですか ? シリウスは今もアストラ王国に籍を置いている身。我が国からの賓客を安全に保護する義務が、貴国にはあったはずです」

「我が国として可能な限りの対応は尽くしたつもりだ」


 正に丁々発止の議論だ。談判の場は徐々に熱を増していく。

 だがそこでふと、ファーレン王は何か思いついたような様子を見せた。


「しかし、保護責任か……確かに賓客を預かる以上、我が国には相応の責務がある」

「ええ、そうでしょう」

「だからこそ、少々気になる事があってな」


 声音がかすかに低くなる。

 先程までとは違う空気を感じ取り、アストラ王国側の面々が俄かに表情を引き締めた。

 突如として変わった空気に、ベラトリックスも警戒するような表情を見せた。


「シリウス殿の治療を担当した医師より、ある報告を受けている」


 ファーレン王の眉間に皺が寄り、表情が険を帯びる。

 ただでさえ厳めしい顔が更に剣呑さを増し、その場は緊張感に包まれた。


「此度の負傷とは別の、おびただしい数の古傷が確認された……とな」


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