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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 晩餐会を終えた後、ベラトリックスは貴賓室に案内された。

 ここはビガ国外からの賓客の為の客室らしく、家具や寝具の作りが小さめだ。

 この国に到着してから規格外の大きさの物ばかりに触れていたので、少々疲れが出ていた。ちょうど良い高さのソファに掛けて、ようやくひと心地ついたような気がした。

 ベラトリックスは大きなため息を吐く。


「はぁ……何もかもが癪に障る国だ」


 きっちりと結わえた髪から、髪飾りを無造作に外す。後ろに控えていた侍女が慌てて髪飾りを受け取り、「御髪をお解きいたしますね」と櫛を取り出した。

 艶やかな黒い髪が丁寧に梳かされていく。この髪色は国王である父譲りのものだった。

 三人の妹達は皆、母譲りの栗色の髪をしていた。父によく似ているのはベラトリックスだけだった。

 幼い頃はそれが自慢であった。

 国王である父と、父によく似た自分。それこそがベラトリックスが次期女王に相応しい証であると思っていた。

 臣下も取り巻きも誰も彼もが、ベラトリックスこそが次代の女王に違いないと持て囃していた。


 ある日、突然全てが崩れ去った。


 それはベラトリックスが七つになる頃だった。

 父が公妾を迎える事を決めたのだ。

 婚約者を亡くした哀れな侯爵令嬢を、幼馴染である父が引き取るという名目で。

 父と母の間には、自分を含めて既に三人の娘が居た。更にその時お腹の中には、四人目の子も居たのだ。

 既に王の子を四人も設けているのだから、母は王妃としての役目を果たしたと言える。だから王が公妾を迎えたところで、王妃の立場が揺らぐ事はない。

 ――あくまで建前上は、そうだった。

 けれど母の心情を考えれば、到底納得できるものではなかった。当然だ。王の子を妊娠している最中、その王は別の女と番おうとしているのだ。

 母は公妾の存在を仕方なく認めたが、ひどく精神が不安定になった。一時は子が流れてしまうかもしれないと危ぶまれる程だった。


 ベラトリックスは父を軽蔑した。

 幼い頃は自慢だった父に似た黒髪も、目に入れたくないほど嫌いになった。

 ――更に、悲劇はそれだけではなかった。

 

 母が四人目の娘を無事に出産したしばらく後、公妾も子を産み落とした。

 それがまさかの男児だったのだ。

 母は再び泣き暮らす事となった。

 娘を産むたびに、男系相続派の臣下達は落胆の声を漏らした。

 『また姫か』『男子はまだか』と。

 ベラトリックスはその臣下達全員を縊り殺してやりたいと思っていた。

 だというのに、公妾はあまりにもあっさりと男を産んだ。

 しかも件の臣下達にそそのかされ、父はその男児に王位継承権を与えたのだ。正統な血を持たぬ、妾の子に。

 ベラトリックスにとって、これ以上に屈辱的な事はなかった。

 ただ男子に生まれたというだけで、ベラトリックスがこれまで積み上げてきた努力も何もかも奪われてしまう。

 そんな事、到底許せるはずなどない。


 この日からベラトリックスは父を軽蔑の対象ではなく、憎悪の対象として見るようになった。

 それは公妾とその息子――シリウスに対しても同じだった。



「……ベラトリックス殿下。このまま湯浴みもされますか?」


 侍女から声を掛けられ、ハッと意識が覚醒する。

 気づけば髪は綺麗に梳かされており、侍女は櫛を仕舞っているところだった。


「ああ、そうする」

「では湯殿の用意をしてまいります」


 侍女は静かに一礼し、バスルームへと向かって行った。

 ベラトリックスは小さく息を吐き、再び目を伏せた。

 久方ぶりに異母弟に再会したせいか、どうしても昔の事ばかりを思い返してしまう。


 シリウス。薄汚れた妾の子。誰からも祝福されない忌わしき子ども。

 彼は元々公妾と共に離宮で生活していた。

 けれど公妾はある日、王城を出る事になった。母の派閥の者に圧力をかけられ、心を病んでしまったそうだ。当然の報いだと思った。

 母親に置き去りにされたシリウスは、本宮に暮らしを移す事となった。

 それまで殆ど顔を合わせた事のない、憎き異母弟。それと住まいを共にする事になったのだ。

 本宮で顔を合わせれば、つい感情的な言葉を投げつけてしまう。その度に異母弟は悲しそうな顔をした。

 けれど彼はベラトリックスに向かって言い返してくる事はなかった。

 怒りの火種が、ベラトリックスの腹の中で日々燻ぶっていく。

 それが爆発したのは、とある春の日の事だった。


『……やはり、王太子に相応しいのはシリウス殿下では?』


 その言葉が耳に入ってきたのは、ベラトリックスが勉強の時間を終えて王城の廊下を歩いていた時の事だった。


『シリウス殿下は何をされても飲み込みが早いのです』

『頭の回転も速い。勉強を教えている教師も、非常にレベルの高い質問をされると言っていましたよ』


 それは、男系相続派の貴族達の言葉だった。

 ベラトリックスは教本を腕に抱えたまま、呆然と立ち尽くす。

 彼らはベラトリックスの存在に気付かぬまま、なおも言葉を続けた。


『離宮に居た頃はあまり学びに対して意欲的ではなかったと聞きますが……』

『お母上が居なくなり、ご自身の立場の危うさに気付かれたのでしょう』

『ああ、だから今になって王太子となるべく努めておられる訳か』

『こちらとしても、シリウス殿下に王太子になっていただく方が…………』


 声が遠ざかっていく。

 ベラトリックスの足元が大きく揺らいだ。

 気付けば腕に抱いていた教本が、ぐしゃりとしわくちゃになっていた。

 ベラトリックスはふらふらと歩みを進めた。

 ドレスの裾を捌きながら、進む足は徐々に速度を増していく。

 行かなくては。

 どこへ?

 憎くて憎くて堪らない異母弟のところに、早く行かなくては。

 あの薄汚い妾の子に、自分の立場というものを分からせなければ。



 その日、ベラトリックスは初めてシリウスに手を上げた。






 真夜中。シリウスは私室で一人、物思いに耽っていた。

 久方ぶりにベラトリックスに再会した。その顔を見るだけで、その声を聞くだけで、今でも傷が疼く。

 シリウスは自らの身体をそっと撫でた。寝着の下には、おびただしい数の古傷が隠れている。


 初めて手を上げられた時の事は、今でも鮮明に覚えている。

 それまでも感情的に罵声を浴びせられる事は多々あった。

 けれどその日は、いつも以上にベラトリックスが癇癪を起こしているようだった。


『どうしてお前のような者が王位継承権を持っているのだ……!』


 叫ぶようにして言った彼女の顔は、悲痛に歪んでいた。

 そして手に持っていた扇子でシリウスの頬をしたたかに打ったのだ。

 鋭い音がシリウスの鼓膜を震わせる。一瞬遅れて、燃えるような痛みが頬に走った。

 シリウスは訳も分からず叫び声を上げた。

 驚いた使用人達が慌てて傍に寄って来たが、異母姉の癇癪は止まる事がなかった。

 床に倒れ込んだシリウスを、何度も何度も打ち据えた。

 

 王位継承権を望んだのはシリウスではない。王になりたいなどと思った事はない。

 けれど、後々知ったのだ。

 母が居なくなった後、悲しみを紛らわすようにひたすら目の前の事に打ち込んでいた。

 それが周りからは、王太子となるために学びを欠かさない、勤勉で優秀な王子の姿に見えていたらしい。


 それに気付いてからは、シリウスは真面目に取り組む事を止めた。

 勤勉な王子の皮を脱ぎ捨て、怠惰な王子の仮面を被った。

 教師に意欲的に質問するのを止めた。

 答えられる問題も、分からぬふりをした。

 湧き上がる知的好奇心を全て押し隠し、凡庸で覇気のない姿を演じ続けた。

 シリウスを王太子に担ぎあげようとしていた男系相続派の臣下達は、ひどく失望していた。

 彼らがシリウスを持て囃す声は、日に日に小さくなっていった。

 こうしてシリウスは、自ら光を隠す術を覚えた。

 優秀な第一王女の影に隠れた凡庸な王子。それで良い。それで良いと、思い込んだ。


 それでベラトリックスからの虐待が全く無くなった訳ではない。

 けれど『ベラトリックスを次期女王に』という風向きになってからは、命に関わるような責めを受ける事はなくなった。

 代わりに無能さを謗られるようになったが、鞭で打たれたり毒を飲まされたりするよりは何倍もましだと思った。


 それで良い。それで良かったのだ。

 そう思い込まなければ、シリウスは壊れてしまいそうだった。


 シリウスは、ふと視線を窓へと向ける。窓の外から雨音が聞こえた。

 雨季の訪れたビガ国には、毎日のように雨が降っている。こんな日は古傷が更に疼く。

 白い肌に残る赤い傷跡。この身体には、皮膚が引き攣れて不格好に盛り上がった跡が無数に残っている。

 ひどく醜い傷だ。誰にも見せられないほどに。

 ――けれど……。


 シリウスは拳を固く握りしめた。

 目を伏せ、大きく息を吐く。

 そして心を決めたように顔を上げた。


 明日、シリウスは談判の場に望む。

 ひとつの武器を、その身に隠し持って。


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