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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 裁定の場には六名の人物が集められた。

 事件の当事者であるシリウス、ノーティカ、ジェレミー。事件の調査と裁定を担う裁定官。精霊殿の大精霊司代理。王家に関わる問題のため、国王のファーレンも同席している。

 裁定の場に漂う空気はひどく重苦しい。

 当然だ。ただの傷害事件ではない。聖職者による他国王族の襲撃事件――それは国家間の火種になりかねない問題だった。


 裁定官は、ニラスに関わるあらゆる事柄を詳細に尋ねる。シリウスとジェラミーは己の身に起こった事実のみを淡々と答えていった。

 ノーティカは幼少期からのニラスの様子について尋ねられた。初めて出会った時の事、精霊殿での様子、最年少で大精霊司になった時の事――。


「ノーティカ殿下のお話を伺って、納得いたしました」


 ひとしきり話を聞いた裁定官は、記録用紙に視線を落としながら静かに言った。


「ニラス元大精霊司の聴取には、奇妙な点が多かったのです」

「奇妙な点とは?」

「通常であれば、重罪を犯した者は己の罪を軽く見せようとするものです。言い逃れをしたり、感情的になったり、あるいは恐怖に取り乱したり……ですが、彼にはそういった様子が一切見受けられなかったのです」


 裁定官は淡々と続ける。


「まるで当然の義務を果たした者のように、自らの行いを語っていたのです」

「そう……なのね」


 ノーティカは視線を落とし、ぽつりと呟いた。

 「それと」と、裁定官は話を続ける。


「シリウス殿下について問うても、『あれは巫女姫様を曇らせる穢れだった』としか答えない」

「……っ」

「人を害したという認識が、決定的に欠落しているように感じました」

「あいつ……まだそのような妄言を……」


 ジェレミーが歯噛みしながら言う。


(ああ、やはり。彼は捕らえられたとしても、己の罪を罪だと思わないのか……)


 シリウスの胸の中にやりきれない感情が渦巻いた。せめて己の罪を悔いていてほしかったと、どうしても思ってしまう。

 裁定官は傍らで僅かに息を吐いた。


「……正直に申し上げましょう。私は長く裁定官を務めておりますが、あれほど自らを疑わぬ罪人を見るのは初めてです」

「……彼は幼い頃、『正しさ』を求めるがゆえに苦しんでいたわ。そして、自らの『正しさ』だけを信じる事でその苦しみから解放された……」

「大精霊司でありながら、精霊ではなく己の理想を信仰していたと言う事か」


 それまで黙していたファーレン王が、低い声で呟いた。途端にその場の空気が張り詰める。

 末席に座っている大精霊司代理の男は、哀れなほど青褪めた顔をしている。

 無理もない。『巨霊の理』の頂であり、模範的な聖職者として皆に慕われてきたニラスがあのような凶行に走ったのだ。いまだに信じられないような気持ちでいるのだろう。


「裁定官よ。罪人ニラスにはどのような罪科が妥当だと思う」

「はい。アストラ王国第一王子シリウス殿下への傷害および殺害未遂。従者ジェレミーへの暴行傷害。さらに、ビガ国第一王女ノーティカ殿下への精神的威迫」


 裁定官は記録用紙に視線を落としながら、淡々と罪状を読み上げて行く。


「加えて、大精霊司という立場を利用した祭儀権限の濫用。経典改竄による教義冒涜」


 列挙された罪状の数々を耳にして、シリウスの背筋に冷たいものが走った。

 隣に座るノーティカの方から、息を呑むような音が聞こえた。


「総じて王家と『巨霊の理』双方への重大な背信行為に当たります。……いずれも、極めて重大な罪です」


 重々しい声が、静まりかえった室内に響き渡る。


「特に他国王族への加害は、国家間紛争の火種となり得る。よって本件は、個人犯罪としてではなく、王国秩序への反逆として裁定されます」

「これは最早、一聖職者としての暴走では済まされぬ。国家反逆という大罪に当たる行為だ。……して、裁定官。罪科の程は?」


 ファーレン王が続きを促す。その声はどこか威圧を感じさせるものだった。裁定官はわずかに息を吐きながら、量刑を口にした。


「……極刑。あるいは、終身刑が妥当かと」


 極刑。

 伝えられた量刑の重さに、場が静まりかえった。

 胸元をぎゅっと押さえ、苦しそうな顔をするノーティカ。どこか複雑そうな、険しい顔を見せるジェレミー。

 シリウスは――ただ、呆然としていた。

 大きく目を瞠り、顔を青褪めさせ、わずかに震えている。

 罪の重さを考えれば、これほど重大な罰を受けるのも当然の事だ。当然の事なのに、すぐには割り切れなかった。自らに関わった者が、命をもってその罪を償う。その事実がシリウスの心に深くのしかかる。


「シリウス……」


 拳を小刻みに震わせるシリウスを見て、ノーティカが気遣うように声をかけてくる。「大丈夫です」と答えたいのに、上手く呼吸が出来なかった。

 最後に見たニラスの姿が頭を過ぎる。妄執に囚われた、哀れで痛々しい姿が。


「……情に流される訳にはいかぬ」


 ファーレン王が重苦しく呟く。それは、シリウスへ向けられた言葉だった。


「これは二国に関わる重大な事件だ。禍根を残さぬためには、それ相応の誠意を見せねばならない。それに……貴殿の父上にも申し訳が立たぬからな」


 最後の言葉を告げた時のファーレン王の目は、一国の主というよりは、子を持つ父親の目をしていた。

 シリウスは父の顔を思い返す。幼い頃は、優しく頭を撫でてくれた。けれど国王としての執務に忙しく、息子を顧みる事は稀だった。最後に会った時、病に伏せる姿がひどく小さく見えた。

 ――父は、憐れんでくれるだろうか。


「……承知いたしました」


 目を閉じ、ゆっくりと呼吸をしながらシリウスは小さく首肯した。


「精霊殿としても、異論は無いか?」


 突然話を向けられた大精霊司代理は、青褪めた顔を更に青くしながら、深々と頭を下げた。


「私共『巨霊の理』は、ニラス元大精霊司の罪科に異論はございません。全てを認め、受け入れます」

「……左様か。貴殿らも不憫であったな。此度の事件、元大精霊司単独の暴走という事は我らも承知している」

「はい……誠に……」

「だが事実がどうあれ、人々が『巨霊の理』に向ける眼差しが厳しいものとなるのは免れないだろう。どうかこれまで以上に健全な組織となるよう、変革を望みたい」

「はい……! 心に刻んでまいります……!」


 大精霊司代理は頭を下げたまま、涙交じりの声で答えた。


 

 こうして事件は幕を閉じた。多くの人の心に、深い傷と消えない(おり)を残したまま――。


 そしてこの事件は、また別の大きな事件を引き起こす事となる。





 アストラ王国、王城。

 ベラトリックスは執務室で政務をこなしつつ、側近からの報告を受けていた。


「ベラトリックス殿下。外交大使より啓達が参りました」

「なんだ? 申し伝えよ」

「ビガ国へ入輿(じゅよ)されたシリウス王子殿下が、襲撃に遭ったと」

「はっ。遂にくたばったか」


 ベラトリックスは頬杖をつきながら、口元を笑みの形に歪める。ひどく嗜虐的で、底意地の悪さが滲み出た顔だった。

 側近は一瞬動きを止めるが、すぐに「いいえ」と言葉を続けた。


「負傷されたご様子ですが、命に別状はなかったとの事です」

「なんだ、つまらんな」


 そう言いながら、ベラトリックスは不快そうに鼻を鳴らした。


 幼い頃から憎悪の対象だった異母弟。彼が遠く離れた離島国家に輿入れしてから、すでに一年近く経っていた。

 既にベラトリックスは立太子し、次期女王として玉座に座る事が決定している。

 病に伏した国王の代わりに政務をこなし、立場も盤石なものとなっている。邪魔者だった異母弟も今は海の向こうだ。

 もうベラトリックスを阻む障害は何も無い。――だが、どこかそれにつまらなさを覚えていたのも事実だ。


「……そうだ」


 ふと何かを思いついたベラトリックスは、スッと目を細める。それはまるで獲物を狙う蛇のような目つきだった。


「ビガ国へ書簡を。第一王子たる我が異母弟が不埒者に害されたとあれば、我が国も黙ってはいられない」


 ベラトリックスは脳内で様々な計算を巡らす。

 自国の王族が輿入れ先の国で襲撃を受けた。警備体制に不備があったに違いない。

 それに実のところ、彼らはまだ正式な婚姻は結んでいない。あくまで婚約段階だ。シリウスの籍はいまだアストラ王国にある。ビガ国は、他国からの賓客を保護する義務を怠っていたと言えるだろう。

 突ける所はいくらでもある。求めるべきは賠償、そして政治的優位性の確保。勝ち目はこちらにある。

 ああ、まだいくらでもあの異母弟で遊べそうだ――ベラトリックスは高笑いしながら、側近に命じる。


「ああそうだ、『愛する異母弟を傷つけられ、家族として非常に心を痛めている』とでも付け加えておけ」


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