表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/51

23

 重い瞼をこじ開ける。少しずつ視界に光が入り込んできた。最初に目に飛び込んできたのは、見慣れたベッドの天蓋だった。


「……ん……」


 嗄れた声が漏れ出る。やけに喉が痛んで、上手く発声が出来なかった。


「……シリウス?」


 ぽつりと、声が降って来る。声のした方に視線を向ければ、そこには目を大きく見開いたノーティカが居た。


「ノーティカ……」


 掠れた声で名を呼ぶ。途端にノーティカの大きく見開かれた目からぽろりと雫が零れ落ちた。


「シリウス! シリウス、良かった……!」

「ノ……ノーティカ!?」


 不意にあたたかな物がシリウスの身体を包み込む。一瞬遅れて、それがノーティカの大きな身体だと認識し、シリウスはひどく動揺した。

 ベッドに横たわるシリウスに、ノーティカが覆い被さるようにして抱き着いてきた。

 ずっしりと存在感のある身体の感触を感じてしまい、思わず全身を硬直させてしまった。

 いくら婚約者とはいえ、この距離感はよろしくない。

 シリウスはノーティカの身体を引き剥がそうと肩に手を触れる。そして、気が付いた。その肩が小さく震えている事に。

 シリウスの胸元に顔をうずめたノーティカは、小さくしゃくり上げていた。衣服の胸元が涙でじわじわと濡れそぼる。

 シリウスは宥めるように、ノーティカの肩をそっと撫でた。


「心配をかけてしまい、申し訳ありません」

「本当です……もう、このような無茶はなさらないでください」


 シリウスの胸元から顔を上げたノーティカは、すんと小さく鼻をすすりながら言った。

 手はシリウスの寝衣を強く握ったままだ。まるでもう二度と離すまいとするように。

 泣きはらした彼女の目を見ながら、シリウスは胸の奥にじわりと熱が灯るのを感じた。

 自分の身を心から案じてくれている人が居る。こんなにも取り乱して泣いてしまうほどに。

 その事実が、シリウスの弱り切った心に深く沁み入った。



 ノーティカは、これまであった事をシリウスに話して聞かせた。

 あの事件から三日。シリウスはその間ずっと意識を失っていた。

 壁に打ち付けられた背中は大きな痣になっていたが、幸い骨折などにはならなかったようだ。医師の見立てでは後遺症も残らないだろうとの事だった。

 寝具に触れている背中は今もズキズキと熱を持っているが、日が立てば痛みも治まるだろう。シリウスはほっと息を吐いた。


「そうだ、ジェレミーは……! ジェレミーは無事ですか?」


 圧倒的な力で拳を振るわれ、シリウスの目の前で倒れ込んだジェレミー。最後に見た彼の姿は、息も絶え絶えの様子だった。


「安心してください。ジェレミーも無事でした。彼はひどい怪我を負いながらも、あなたの危機をわたくし達に知らせてくれました。本当に……本当に素晴らしい忠臣です」


 そう言ってノーティカは、背後に控えていた使用人に声をかけた。それからすぐに、使用人に身体を支えられたジェレミーが部屋に入って来る。


「殿下! お目覚めになられたのですね」

「ジェレミー! ああ……無事でよかった……」


 ジェレミーはゆっくりとした足取りでシリウスの寝台に寄って来た。平気そうな顔を見せてはいるが、大きな怪我を負っているのは明白だった。


「怪我は? 歩いても大丈夫なのか?」

「実は奴に腹を殴られた時に、あばらをやられてしまったようで……不覚でした」

「お、折れたのか……!? 重傷ではないか!」


 シリウスの顔がサッと青ざめる。ジェレミーは首を横に振り、スッと目を細めた。


「大事ありません、すぐ治ります。こう見えて丈夫ですので」


 そう言い切るジェレミーの姿は、従者としてこれ以上ないほど頼もしく見えた。

 けれどその顔はすぐに曇ってしまう。ジェレミーは僅かに俯き、唇をぎゅっと噛んだ。


「……申し訳ございません。あの時、もっと冷静になるべきでした。殿下をお守りすべき私が易々と奴に倒されてしまうなど……不甲斐ない限りです」

「何を言う! 私こそもっと上手くやるべきだった。不用意に奴を刺激してしまったせいで、お前にまで怪我をさせてしまった……本当に申し訳ない」

「殿下、頭をお上げください!」


 謝罪の言葉を口にしながら頭を下げようとするシリウスを、ジェレミーが慌てて止める。


「彼と対峙したあの時……私も頭に血が上ってしまったんだ」


 『彼』――それが誰を指しているかは明白だった。

 ニラス。己の信じる『正しさ』に取りつかれた、歪んだ狂信者。彼の胡乱な言動の数々が、狂気に血走った目が、今もシリウスの頭に強くこびりついている。


 彼は自らの作り上げた『理想の巫女姫様』という偶像を語っていた。

 清らかで秩序的、欠けるところなどない、全てのものに平等な、神聖で尊い存在として崇め奉る。それはノーティカの意思や感情といった人間らしさを排除した、信仰という名の暴力だ。

 それが、どうしても許せなかった。


「彼はノーティカを人として見ていなかった。私にはそれが許せなかったんです」

「シリウス……」 


 その時。ズキンと頭に痛みが走った。


「……っ」


 先ほど意識を失っている中で見た記憶が、突然頭を掠めた。アストラ王国の王城に居た頃、異母姉に虐げられた記憶が。

 ベラトリックスはシリウスを人として扱っていなかった。シリウスは彼女にとって、手酷く扱っても構わない玩具のような存在だった。

 ニラスはノーティカを人として見ていなかった。ノーティカは彼にとって、自分の世界で身勝手に作り上げた神のような存在だった。

 発露の仕方が真逆とはいえ、人を人として扱わない事はどちらも等しく暴力だ。


(ああ、そうか……だから私はこんなにも、ニラスに怒りを覚えたのか)


 その答えは、シリウスの中にすとんと自然に降りて来た。

 ベラトリックスもニラスも、他者の尊厳を著しく軽視していたのだと。

 頭の中が、少しだけ晴れたような心地になった。

 

「ノーティカは大丈夫でしたか? 酷い事をされてはいませんか?」

「わたくしは大事ありません。シリウスが、彼をわたくしから遠ざけてくださったおかげです」


 ノーティカの様子に、シリウスはほっと胸を撫でおろす。


「ジェレミーも、本当にありがとう。あなたが身を挺してくれたおかげで、わたくしもシリウスも今こうしていられるのです」

「ノーティカ殿下……身に余る光栄です」


 丁寧に述べられた感謝の言葉に、ジェレミーは胸を打たれたような表情を見せた。グッと引き締められた口元は、多大な喜びを堪えている証だ。


「それで、ニラスは今……?」

「現在彼は拘留塔に居ます。沙汰が決まるまではそちらに拘禁されたままになります」

「そう……なのですね」


 事件を企てた者はすでに檻の中。となれば、ホッと一安心すべきところなのだろう。だというのに、シリウスの心の中はなぜか晴れなかった。

 

「もしもシリウスの体調に障りがなければ、明日、裁定官が事件の聞き取りを行いたいそうですが……」


 ノーティカは心配そうに眉を下げながら言った。

 聖職者が他国の王族を害したという大きな事件だ。国際問題にも発展しかねないため、犯人の沙汰を早々に定めたいという意向なのだろう。


「私は大丈夫です」


 そう答えた瞬間、シリウスの背中に鈍い痛みが走る。


「……っ」


 息が浅くなるのを悟られないよう、シリウスはそっとシーツを握り込んだ。まだ万全ではない。けれど、事件の早期解決を願うのは彼も同じである。多少無理をしてでも聴取に臨むべきだと心に決めた。

 明日、事件の関係者を集めて裁定の場を設けるという事で話が決まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ