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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 精霊像の真下にある隠し階段を降りて行くと、そこは小部屋になっていた。隠し部屋であるにも関わらず埃ひとつない、こまめに手入れされているのが分かる整然とした空間だった。


「ここは……?」


 シリウスは息を切らしながらもニラスに尋ねる。


「歴史のある祭具や貴重な文献、そういった物を収蔵しておく倉庫です。価値のある物ですから、物盗りに狙われないよう隠してあるのですよ」


 ニラスは掴んでいたシリウスの腕を離した。支えを失った身体はその場にへたり込む。なんとか立ち上がろうとしたが、震える足では叶わなかった。シリウスは己の不甲斐なさに思わず歯噛みしてしまう。


「あなたに見て頂きたい物があります」


 シリウスの様子など気にも留めないように、ニラスは書架に近づき一冊の本を手に取った。随分と古めかしい本で、表紙はところどころ劣化して剥げていた。


「経典……?」

「『巨霊の理』の教えを記した真の経典です。さあ御覧なさい、これこそが精霊様の正しい御言葉なのです」


 床に座り込むシリウスに、ニラスは経典を開いて突きつけてきた。渡されたそれを言われるがままに手に取り、視線を落とした。

 一枚、二枚とページを捲り、黙々と経典を読み進めていく。そしてそのうちに――シリウスは絶句した。

 ページが黄変するほど古めかしい経典には、『巨霊の理』の成り立ちや精霊がもたらした奇跡、精霊司として心に刻んでおくべき教義や戒律などが記されていた。

 しかし、ところどころ取り消し線が引かれ、新しく書き換えられている。神経質なほどにまっすぐ、長さの揃った二重線。

 書き換えられた内容は、巫女の神聖さや清廉さを異常なまでに讃えるものだった。本来信仰の対象である精霊よりも巫女の存在を最重要視するような教えが、本来の教義に上書きされている。

 誰がこれを記したのかなんて、考えるまでもない。


「これこそが正しい教え。精霊様の正しい御意思なのです」


 ニラスは聖職者として人々に教えを説くように、穏やかな声でそう言った。


「これが……書き換えられた教えが、『正しい』と?」


 声が震えそうになるのをなんとか押さえながら、シリウスは尋ねる。


「誰にでも誤りはあるものです。それは人も精霊様も同じ」


 二ラスは両手を広げ、上を仰ぎ見る。まるで天からの啓示をその身に受けるかのように。


「だから私は、誤りを正しただけです」


 経典の改竄――聖職者としてあるまじき行いだ。教えを己の都合の良いように解釈し、書き換える。そしてそれを少しもおかしい事だと思わない。

 シリウスは狂った経典に再び視線を落とす。

 曰く。精霊の巫女は全ての者に等しく愛を注ぐ何よりも平等な存在である。精霊の巫女こそがこの世の正しき秩序である。正しく秩序的な存在は、欲望を持たず、弱さを見せず、汚れなどなく、欠ける事もなく、常に唯一無二の尊き存在であらねばならない。


「……はっ」


 鼻で笑うように息を漏らし、経典を閉じる。


「何が正しさだ」


 その言葉は、自然と口をついて出てきた。

 ニラスの動きがぴたりと止まり、不穏な目つきでシリウスを見下ろす。けれどシリウスは止まらなかった。


「自分にとって都合の良い事を、正しいと嘯いているだけだろう」


 身体中の血液がふつふつと沸き立つ。胸の奥が燃えるように熱い。

 ああ、これは――怒りだ。

 それを自覚した瞬間、シリウスは立ち上がった。先ほどまで足が竦んでいたはずなのに、今は胸の中から沸き上がる怒りが恐怖を上回っている。反吐が出るとはこういう事なのか、とシリウスは頭の片隅で冷静に思った。

 許せなかった。ニラスの信じる『巫女姫様』は、ノーティカが彼女らしくある事を否定するものだった。


「貴様の信じるものは、ただの偶像だ」


 シリウスは吐き捨てるように言った。


「この国の王女として立つ彼女は気高くて美しく、そして国の事を第一に考え、民と同じ目線で笑い合う優しい人だ。……けれど、時に失敗をする事もある。弱さを見せ、不安に泣く事もある」


 シリウスは、ノーティカの隣でいつも彼女の表情を見ていた。

 春の日差しのように温かく微笑み、愉快な事があれば大きな口を開けて笑い、失敗してしまった時は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。理不尽な出来事が降りかかれば怒りを見せ、気落ちした時は皆に隠れてひっそりと涙を零している。

 そんな彼女の涙も弱さも欠点も含めて、シリウスは愛おしいと思っていた。


「貴様の歪んだ正しさで、彼女を曲げようとするな!」


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