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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 精霊祈念祭、三日目。

 日が落ち始める頃になると、祭は終わりに向かっていく。露店で賑わっていた街も少しずつ片づけられ、静けさを取り戻していった。


 日没前。ノーティカは巫女装束を纏い、精霊殿の控えの間で待機していた。その隣にはシリウスも座っている。


「今日の装束は、これまでとはまた違った物なのですね」

「はい。初日は祈りの舞のための装束。二日目は巡礼用の装束。今日は、巫女としての常服を着ています」


 初日の布をたっぷりと使った豪奢な舞衣装とも、二日目のシンプルながら質の良さを感じさせるドレスとも違う。

 この日ノーティカが身に纏っていたのは、綿で織り上げられた簡素なワンピースだ。スカートの裾に紺の糸で刺繍されているのは、精霊への祈りの言葉を表した古代文字である。

 頭には、宝石などが嵌められていないシンプルなサークレットが飾られていた。


「いつものドレスも素敵ですが、祭の期間中はいつもと違う雰囲気のノーティカが見られて新鮮ですね」

「まあ……あなたはどちらのわたくしが好みでしょうか?」

「もちろん、どちらのあなたも。ですが太陽の下で民と笑い合う姿が一番自然で、一番輝いて見えますよ」

「本当に? 畑を耕して、土まみれになっている姿でも?」

「ええ。土まみれの顔も可愛らしいと思います」

「もう、シリウスったら……」


 ソファに隣り合って座りながら、二人は甘い睦言を交わし合う。

 同じ部屋に控えているジェレミーやノーティカ付きの侍女達は、出来るだけ存在感を消すように努めていた。「主の邪魔をしないように」とお互いに目配せしながら、何気ない顔で佇んでいる。


「……間もなく日没ですね」


 シリウスは窓の外に視線を向ける。日が傾き始め、空の色が青と橙のグラデーションを描いていた。


「……ええ」


 ノーティカは固い表情で小さく頷く。そんな彼女を安心させるように、シリウスは膝の上に置かれた手にそっと触れた。


「大丈夫です。私が守りますから」

「シリウス……」

「巫女姫様、間もなく終祭の儀のお時間です」


 ……来た。

 聞き覚えのある声に、シリウスとノーティカは揃って顔を上げる。

 二人は警戒の色を滲ませながら目の前に立つ男の様子を伺う。――しかし。


「本年の精霊祈念祭は非常に素晴らしいものでした。本日の終祭の儀でも、きっと有終の美を飾られる事でしょう」


 そこには、晴れやかに笑うニラスが居た。

 昨日の狂気を微塵も漂わせない、人の良さそうな聖職者の顔だ。

 それに異様なまでの落ち着きがあった。その声色には、怒りや憎しみといった感情が一切含まれていない。不自然なほどに。

 ノーティカはゆっくりと息を吐き、そのまますっと立ち上がった。


「では、わたくしは儀式の間へ向かいます」

「巫女姫様、途中までお供します」


 そう言って帯同しようとするニラスをノーティカは手で押し止め、首を横に振った。


「いいえ、見送りは結構よ。ニラス大精霊司」


 ニラスの眉がわずかにピクリと動く。


「わたくしが儀式を執り行っている間、シリウス殿下がお一人になってしまうわ。あなたがお相手をしてさしあげて」

「ですが……」

「シリウス殿下は王族に関わる賓客です。精霊殿で最も位の高いニラス大精霊司が接遇するのが当然でしょう」


 ノーティカは毅然とした態度でぴしゃりと言い放つ。


「忙しいところ申し訳ないが、私もニラス殿と是非話をしたいと思っていたんだ。付き合ってもらえないだろうか」


 ノーティカの言葉に乗るように、シリウスも口を開いた。敢えて「申し訳ない」と下手に出る事で、否を言わせないように仕向けている。


「殿下が私と……ですか」

「ああ。この際だ、互いに胸襟を開いて話したいのだが」

「……承知いたしました。それでは巫女姫様、聖なる儀式が無事執り行われますよう、お祈り申し上げます」


 ニラスはゆっくりと頭を下げた。ノーティカは小さく頷き、一人で儀式の間へと向かって行った。

 その間にもシリウスは密かにジェレミーに視線を送る。彼も心得たとばかりに小さく頷いた。彼には、昨晩のうちにこの計画を伝えてある。




 昨晩。夜の帳が降りる頃、シリウスとノーティカはジェレミーを呼び出して作戦会議を行っていた。


「シリウス殿下がニラスを引き付けるのですか……!?」


 ジェレミーが驚いたような声を上げる。


「ああ。終祭の儀を執り行う間、彼がノーティカの元に向かわないようにしたい」

「ですが……それでは殿下の御身が危険です。いっそあの者を捕らえてしまった方がよろしいのでは?」

「残念だけどそれは無理ね……。確かにニラス大精霊司は危うい言動を繰り返しているわ。それに対して苦言を呈する事は出来るけれど、捕縛できる程の罪は犯していない」

「王族を害する可能性があるとしても、ですか?」

「現時点ではあくまで『可能性』に過ぎないからな。あまりやり過ぎては、逆に不当な強権行使だと訴えられかねない。私たちに出来る事は警戒する事だけだよ」


 ジェレミーは腑に落ちないようで、どこか憮然とした表情をしている。主を貶されたため、彼もまたニラスに対し強い憎しみを抱いているようだ。


「ノーティカには、私と彼が二人きりになるよう仕向けてほしいのですが」

「分かりました。そのように誘導します」

「ジェレミーは私の方に付いてくれ。ただし、ニラスを刺激しない程度の距離を保ってほしい」

「承知いたしました……ですが、どうか無茶はなさらず」

「ああ」


 三人は顔を見合わせて頷いた。明日の終祭の儀、それを無事に乗り切る事を目標として。


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