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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 ノーティカはどこか遠くを見つめながら、昔の事を思い返していた。


「……それから彼は十年余りで、精霊司見習いから大精霊司まで昇りつめました。もちろん、彼がとても優秀だったからこそ成せた事でしょう」

「ええ……ですが、それ以上に……」


 シリウスはそこで口を止めた。その後の言葉は続けなかったが、二人は同じように考えていた。

 妄信、狂信。それがニラスの行動原理なのだろうと。

 あの昏い目の奥には、ノーティカへの歪んだ信仰が見え隠れしていた。あの目を思い出すだけでノーティカの全身に怖気が走る。気を強く持たなければ、足が震えてしまいそうだった。


「ノーティカ様、あの人は危険です。彼との接触は避けましょう。」

「はい……そうしたいのですが……」


 ノーティカは精霊の巫女。ニラスは大精霊司。まして今は精霊祈念祭の最中だ。どうしても接触は避けられない。


「そういえば、明日は『終祭の儀』というものが行われると言っていましたが」

「……はい。祈念祭の最終日、儀式の間で巫女と精霊が語り合う儀式です。儀式の最中は、巫女以外の者の立ち入りが禁じられています」

「巫女だけ? 護衛や侍女が侍る事は?」

「なりません。日没から約一時間。儀式が終わるまでは、儀式の間に近寄る事すら許されません」

「それは……心配ですね」


 シリウスは口元に手を当て、渋い顔をした。

 巫女以外は誰も入れない場所。それは、その場で何かが起きても助けに入る者がいないという事だ。


「儀式の間は精霊司でも入る事は許されていません。まさか大精霊司ともあろう者が、神聖な儀式の間に立ち入るなど……」


 「無い」とは言い切れなかった。彼の行き過ぎた狂信を目の当たりにして、その可能性を否定しきれなくなってしまったからだ。

 今のニラスならば、定めを破る事にも躊躇いを見せないだろう。


「……どうすればいいのかしら……」


 ノーティカの声は憔悴の色を滲ませていた。膝の上に乗せた手が、小さく震える。


 ――守りたい。

 自然と、シリウスはそう思った。

 シリウスより一回りも二回りも大きな身体が、今はどこか弱々しく見える。守らなければと思ってしまうほどに。

 

「ノーティカ様……終祭の儀が行われている間、私がニラス殿の足止めをします」

「……そんな……」


 ノーティカはわななく唇から小さな声を漏らした。


「彼をあなたの元へは向かわせません。ですから、どうか安心してください」

「いけません……! それではシリウス様の御身に危険が……」

「大丈夫です。儀式中の短い時間だけですし、こちらも充分に用心しておきますから」

「でも……」


 ノーティカの目が不安げに揺れる。

 シリウスは堪らない気持ちになりながら、ノーティカの震える手にそっと触れた。


「私では頼りないかもしれません……ですが、どうか愛しい人を守る栄誉を私にくださいませんか」

「え……?」


 呆気に取られたような顔をしたノーティカの手を掬い上げる。シリウスの愛する、少し日に焼けた大きな手。

 その手の甲に――先ほど髪にしたのと同じように――シリウスは唇を寄せた。

 ちゅ、と短い音が響く。


「愛しいあなたを、どうか守らせてください」

「……シリウス様……!」


 ノーティカの頬が赤く染まる。シリウスの名を呼ぶ声は、歓喜に震えていた。

 愛しいと、シリウスが言葉にしたのは初めてだった。その言葉だけでノーティカの胸の奥が熱くなる。


「……ずるいわ」


 ノーティカの伏した目から、ぽろぽろととめどなく涙が零れ落ちる。時折ひくっとしゃくり上げるような声まで聞こえてきた。


「そんな風に言われてしまったら、安心してしまうではないですか……」


 怖かった。ノーティカの心には強い恐怖が渦巻いていた。

 精霊殿の閉ざされた一室で行われる儀式。誰も助けに来られない一時間。

 けれど精霊の巫女として、儀式から逃げる訳にはいかない。


「安心させたいのですよ」


 ふっと息を漏らすように笑う声、柔らかな表情、手に触れる熱。

 それらを近くに感じるだけで、ノーティカの心から不思議と恐怖が遠のいていく。


「シリウス」


 ノーティカの口から、自然と零れ落ちた。

 名を呼ばれたシリウスは少しだけ驚いたように目を見開き、やがて花がほころぶように微笑んだ。


「はい、ノーティカ」

「あなたがわたくしの伴侶で良かった……」

「私も、同じ気持ちです」


 夜は静かに更けていく。

 寄り添う二人を邪魔しないように。


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