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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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「……という事で、明日は日没の一時間前に精霊殿にいらしてください」

「分かったわ」


 ノーティカとニラスは精霊殿の一室で、明日行われる『終祭の儀』の打ち合わせを行っていた。

 ノーティカは目の前に座る男の顔をちらりと見遣る。傍目にはいつも通り変わらない、にこやかな聖職者の顔をしている。

 けれど先程のシリウスへの態度は、あからさまに険があった。ノーティカの胸に少しずつ不信感が募っていく。


「巫女姫様も重々ご承知とは存じますが……」

「何かしら?」

「終祭の儀は精霊様と巫女姫様だけのひと時。我々精霊司すらも近づく事の出来ない、最も神聖な儀式です」


 終祭の儀は、精霊祈念祭の最終日に行われる儀式だ。

 日没より巫女が儀式の間に入り、精霊石の前で祈りを捧げ、精霊から御言葉を賜るのだ。終祭の儀が行われている間、巫女以外の人間の立ち入りは禁じられている。


「もちろん、分かっているわ」


 ノーティカが巫女になってから十年ほど経つ。祈念祭は毎年行われているので、儀式もとうに慣れたものだ。

 それゆえに今更何を言っているのかと、ニラスの言葉を訝しんだ。


 不意に、向かいに座るニラスの手が伸ばされる。その手はノーティカの長い髪に触れた。


「……っ!」


 突然の出来事に、ノーティカの身体は硬直した。節くれだった長い指が薄茶色の毛先を掬い取る。先ほどのシリウスと同じように。

 ノーティカの背筋に悪寒が走る。何かがおかしいと、頭の中に警鐘が鳴り響いた。

 指先に絡む髪を愛おしそうに見つめながら、ニラスは口を開く。


「最も神聖な儀式の為に、巫女姫様は殊更身を清めなければなりません。どうか御身に汚れなど寄せ付けぬよう」


 『汚れ』――その言葉は、明確にシリウスに向けられていた。


「口を慎みなさい、ニラス大精霊司……!」


 ノーティカは勢いよく立ち上がり、声を張り上げた。その声は強い怒気をはらんでいる。

 眉間に深い皺を寄せ、高い位置からニラスを睨みつけた。


「その発言はわたくしの婚約者に対する無礼と受け取ります」

「いいえ、私は精霊様の御心をお伝えしたのみ」

「精霊様の御心……?」


 精霊の言葉を受け取る事が出来るのは、精霊の巫女の素質がある者だけだ。ニラスには素質など無いはず。


「はい、あの者はあなたに相応しくないと」

「なんですって? 精霊様がそのような事を言う訳がないでしょう」

「ですがあの者が傍に居ては、巫女姫様の神聖さが損なわれてしまいます。そのような事は精霊様もお望みになりません」

「シリウス様は精霊様の祝福を受けた。精霊様はあの方をお認めになったのよ。ニラス大精霊司、あなたはその意志を疑うというの?」

「精霊様のご判断がすべて正しいとは思いません」

「な……何を言って……」


 ニラスの言葉は、すべてが支離滅裂だ。

 精霊の御心だとありもしない事を言いながら、その一方で精霊の判断が誤っていると言う。そしてその不条理さに気付いてすらいない。

 己の信じたいものだけを信じている。それはもはや信仰ではない。狂信だ。

 もう何を言っても無駄だ。彼にはノーティカの言葉は届かない。精霊の言葉も届かない。彼は己の中にある『精霊様の御言葉』だけを信じている。

 ノーティカはふらつきそうになるのを必死で堪えながら、踵を返した。


「とにかく……話はもう終わりよ」


 そうして足早に部屋を出て行く。一刻も早く、この場から逃げ去りたかった。

 ニラスはノーティカを引き留めなかった。ただ、去り行く背中をじっとりとした視線で見つめているだけだった。

 そして一人残された部屋で、ぽつりと独りごちる。


「巫女姫様に精霊様の御忠言が届かぬなど……なんと嘆かわしい」


 ニラスは目元を押さえ、はぁ、と大きなため息をついた。

 ふと、視線を傍らのテーブルに落とす。そこには加護の巡礼で使用した精霊花が残されていた。

 汚れの無い、美しい純白の花。ニラスはその一輪を手に取った。


「巫女姫様は何よりも尊く、神聖で、そして汚れなき存在……この純白の精霊花のように」


 ニラスは可憐な花を目の前に掲げ、恍惚とした表情で見つめる。まるでそれが、ノーティカそのものであるかのように。


「……だからこそ」


 けれど、その瞳は一瞬にして憎悪に満ちた。

 花を持つ手に力が籠る。ぐしゃりと音を立てるように、純白の精霊花は握り潰された。


「巫女姫様を汚す者は、排除しなければならない」


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