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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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「お務め、お疲れ様でした。ノーティカ様」


 加護の巡礼を終え、シリウスとノーティカは精霊殿に戻って来ていた。

 回廊を並んで歩きながら、今日の巡礼の様子を語り合う。


「ありがとうございます、シリウス様。見ていてくださいましたか?」

「もちろん! 街の人々、一人一人に向き合っているお姿をしっかり見届けていました……と言いたいところなのですが」


 シリウスはそこで言葉を区切り、気まずそうに頬を掻いた。


「実は途中から街の人に囲まれてしまって、祭列の様子が見えなかったのです」


 苦笑交じりのその言葉に、ノーティカはハッと目を見開いた。


「そうだわ。気付いたらシリウス様が見えなくなってしまって心配してましたの。大丈夫でしたか?」

「はい。実は出産間近の夫婦に頼まれ事をされまして。私が赤子に名前を授ける事になったのです。それで皆が祝福に湧いておりました」

「ええっ!? シリウス様が!?」


 まさかの展開に、ノーティカは驚きを露わにした。


「はい。僭越ながら」

「まあ……素敵なご縁があったのですね」


 ノーティカは、ふふっと柔らかく笑った。シリウスもつられるように目を細める。


「アストラ王国では、名は生まれて初めて与えられる祝福だと言われています。『こんな風に育ってほしい』『こんな人生を歩んでほしい』と願いを込めて付けられた名前は、その子にとって最初にして最大の祝福だと」

「祝福……」

「ですから、私がこの国で精霊様の祝福を受けられたように……これから生まれてくる子どもに名前と言う祝福を与えられた事を、私は誇りに思います」


 シリウスはノーティカをまっすぐ見上げ、穏やかに笑った。その表情は晴れがましく、そして心強さを感じさせた。ビガ国に来たばかりの頃とは見違えるようだった。

 自然と、ノーティカの心にこみあげてくるものがあった。

 ノーティカは咄嗟に顔を伏せ、口元に手を当てた。 


「えっ……の、ノーティカ様? 大丈夫でしょうか?」


 緑の瞳がたちまち潤む。シリウスは慌ててハンカチを取り出し、その目に浮かぶ雫を拭い去ろうとした――けれど悲しいかな、手を伸ばしてもノーティカの顔までは届かなかった。


「……恰好がつかなくて申し訳ありません。よろしければ、こちらのハンカチを」


 シリウスは恥ずかしそうに目を伏せながら、ノーティカの手のひらに白いハンカチを乗せた。


「ありがとうございます、シリウス様。ごめんなさい、突然泣き出したりなんかして……」

「いいえ。大丈夫ですか? お疲れでしょうか」

「違うのです」


 心配げに尋ねるシリウスの言葉に、ノーティカは首を横に振って答えた。


「あなたが……シリウス様がこの国の民に愛されているのが、自分の事のように嬉しくて」


 ノーティカは白いハンカチをきゅっと握りしめる。その手はかすかに震えていた。


「実を言うと、初めは不安でした……。異国の地で、あなたが孤独を感じてしまわないか。異なる文化に慣れず、心が疲弊してしまわないか。心無い言葉に傷ついてしまう事はないか」


 この国に訪れたばかりの頃を、シリウスは思い返す。

 あの時は食事ひとつ取っても不慣れな事ばかりだった。己の情けなさに恥じ入るばかりの日々だった。


「……けれど、それは杞憂でした。あなたはいつだってこの国に向き合い、民に寄り添ってくださいました。だからこそ、民もあなたを愛したのです」


 変わったのは、いつからだろうか。

 ノーティカと共に国中を視察し、この国に生きる人々と触れ合った時。彼らの暮らしを実際に目にした時。

 彼らの生きるこの国を少しでも豊かにしたい。ノーティカの描くこの国の未来を、自分も支えていきたい。そう強く思ったのだ。


「そして今、シリウス様は必要不可欠な存在になっています。この国にとっても……」


 新緑のような色の瞳が、シリウスの顔をまっすぐに捉える。その瞬間、シリウスは自らの胸が大きく高鳴るのを感じた。

 潤んだ瞳には、抑えきれない感情がはっきりと浮かんでいた。


「……わたくしにとっても」


 交差する視線が、互いに熱を帯びる。

 シリウスは右手で胸元をそっと押さえた。痛いくらいに鳴り響く胸の鼓動が、ノーティカにまで聞こえてしまわないか不安になったからだ。


「ノーティカ……様……」


 シリウスは向かい合うノーティカの髪にそっと触れた。初めて触れた彼女の髪は、見た目どおり柔らかくなめらかだった。

 そのひと房を掬い、そして引き寄せられるように口づけを落とす。


「シリウス様……」


 陶然とした声が、ノーティカの唇からふっと漏れた。

 ――その時だった。

 カツン、と。硬質な音が、回廊の奥から鳴り響いた。


「巫女姫様」

「……ニラス大精霊司」


 硬い靴音が徐々に近付いてくる。暗い回廊の奥から現れたのは、ニラスだった。

 その表情は不自然な程ににこやかだ。まるで笑顔の仮面を貼り付けているかのように。


「明日の終祭の儀について、ご相談したい事が。すぐに終わります」

「……では、シリウス様も一緒にいらしていただけますか? すぐに終わるのでしょう」


 ノーティカの声には、わずかに硬さがあった。


「ええ、お供しま……」

「いえ。終祭の儀は巫女姫様と精霊様だけで行われる神聖な儀式。他者の介在は不要です」


 途端に空気が張り詰める。それは明確な拒絶の言葉だった。


「……ニラス大精霊司。シリウス王子殿下に対し、いささか礼を失しているのでは?」

「これは失礼いたしました。ですが、私は儀式の定めをお伝えしたまで。何卒ご容赦を」


 ニラスは表情を変えぬままわずかに頭を下げた。形ばかりの謝罪の言葉に、ノーティカの形の良い眉が顰められる。その表情からは強い苛立ちが滲み出ていた。

 シリウスも歯噛みしそうになる気持ちをなんとか押さえながら、小さく息を吐く。


「ノーティカ様、良いのです。私は先に王城へ戻ります」

「シリウス様……申し訳ございませ……」


 謝罪の言葉を口にしようとするノーティカを押し止める。


「謝らないでください。城で待っています。続きは、また後で」

「……ええ。終わったら、すぐに戻ります」


 王城へと戻るシリウスの背中を、ノーティカは名残惜しそうに見つめる。

 そしてニラスもまた、暗い眼差しをその後ろ姿に送っていた。


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