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巨人の国へ婿入りした不遇の王子は、大きな姫君と愛を育む  作者: 犬柳


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 街道沿いには多くの人が詰めかけていた。

 街道の中央をノーティカの率いる祭列が歩み、立ち並ぶ人々に精霊花を渡していく。精霊の加護を民に分け与えるという名目で行われる行事だ。

 シリウスは人波から少し離れたところで巡礼を見学する事になっていた。

 

「はい、どうぞ。お嬢さんにも精霊様のご加護を」

「わぁ……! ひめさま、ありがとうございます!」


 ノーティカは精霊の仮装をした小さな女の子の前にしゃがみこみ、籠から取り出した精霊花を手渡す。

 女の子は目を輝かせ、ぺこりと頭を下げた。一輪の花を大事そうに握りしめる少女の様子を見て、ノーティカはふわりと顔を綻ばせた。


「ノーティカ様、お綺麗だねえ」

「まるで本物の精霊様みたいだ」

「ママ、あたしも姫様からお花貰いたい!」

「はいはい、順番に並ぶのよ。王女様は必ずみんなにお花をくださるからね」


 人々の歓声が絶え間なく響いている。ノーティカは皆に愛される王女だ。街道に立ち並ぶ民の様子を見ているだけで、そう実感出来た。

 シリウスは目を細めながら、祭列の先頭を歩くノーティカを遠巻きに見つめる。白い巡礼装を纏った彼女は、汚れのない精霊花のように美しい。

 民の輪の中で微笑む彼女を見るだけで、シリウスの心の中にじんわりとした熱が溶け込んでいくように感じた。


 祭列は精霊の巫女であるノーティカを先頭に、精霊司たちが後を続くような形で進んでいた。ノーティカのすぐ後ろに立っているのは大精霊司であるニラスだ。


「皆様に精霊様のご加護を」


 ニラスはノーティカと同様に、籠の中の精霊花を一人ずつに渡していく。

 彼は立ち並ぶ人々の中から、杖をついた老人にふと目を止めた。

 老人に視線を合わせるように屈みながら、ニラスはにこやかに微笑む。


「フォンテさんにも精霊様のご加護を」

「ああ、どうもありがとうございます。大精霊司様」

「お身体はどうですか?脚を悪くされていましたが……」

「もう爺さんだからねえ。あちこちガタが来てますよ。でも大精霊司様に加護を祈っていただけたから、元気が出ましたよ」

「ええ、精霊様のご加護を受けたのです。きっと良くなりますよ」


 柔和な笑みを浮かべたニラスは、傍から見れば穏やかな聖職者の青年にしか見えなかった。

 

「こうして見れば善き人のようなのだが……どうも私への態度だけ険があるようだ」

「大方、殿下とノーティカ王女殿下の睦まじさに嫉妬しているのでしょう。なんて厚かましい……」


 シリウスが苦笑混じりに呟くと、傍に控えていたジェレミーが忌々しそうにそう言った。


「気持ちは分かるが、あまり敵を作るような事を言うものではないよ。ジェレミー」

「……申し訳ございません」

「それに……あれは嫉妬とは違うように思える」


 彼は初対面の時から、シリウスに対して敵意を向けていた。値踏みするような眼差しに、露骨にこちらを見下した言動。先ほどだって、シリウスとノーティカの間にあからさまに割って入って来た。

 嫉妬ならばまだ分かりやすい。けれどニラスのそれは、もう少し複雑なものを湛えているように見えた。


(さて、どうしたものか……。私だけに悪意が向くのならばまだ良い。ノーティカ様に迷惑がかからないと良いのだが……)


 シリウスは祭列を遠目に眺めながら、腕を組んで考え込む。

 すると突然、頭上から声が降って来た。


「失礼いたします、殿下。この者が殿下にお話ししたい事があると」


 後ろを振り返る。声の主は、シリウスの護衛を務めている者だった。

 そして彼の背後には、ビガ族の若い女性が立っていた。年のころはシリウスと同じくらいで、どこかで見覚えのある顔立ちをしていた。


「何だろうか?」


 発言を許された女性は、シリウスに向かって深々と頭を下げた。


「あの、私の父はペイリーという街でギルドの組合長をしております。以前、父がシリウス殿下に大変お世話になったと聞き、直接お礼を申し上げたくて……」

「ギルドの組合長……? ああ、あの漁師ギルドの!」


 女性の言葉を聞き、合点が行った。よくよく見れば、シリウスが輸出の話を持ち掛けた漁師ギルドの組合長に面差しが似ていたのだ。


「はい! 殿下のお力で、魚の干物がペイリーの街の名産になりました。輸出はもちろんですが、『ペイリーの干物を一度食べてみたい』と言って観光に来てくれる人が増えたんです」

「そうか、それは良かった。しかし私は外から口を出しただけだ。実際にそこまで成し遂げてくれたのは、ペイリーの人々の力だよ」

「いいえ。彼らが動いたのは、殿下のお言葉があったからこそです。殿下に心動かされたからこそ、頑固者の父が新しい事を始めようと決心できたのです」


 女性は「本当にありがとうございます」と告げ、再びぺこりと頭を下げた。

 嬉しいと、シリウスは素直にそう思った。胸の中にあるコップが満たされるような感覚だ。

 ふと、昨日の儀式の事を思い出す。精霊の祝福を受け、光の粒が降り注いだ時の事を。

 精霊がシリウスをビガ国の者として認めたように、この国の民もまた、シリウスの事を受け入れ始めているのだと。


「おや、何の騒ぎだ?」

「ペイリーの魚の干物の話だろう? 俺も食べてみたが、ありゃあ美味いねえ! え、あれを殿下が作られたんですかい?」


 いつの間にか、周囲に人が集まってきていた。大柄なビガ族の民に取り囲まれ、シリウスは視線を上に向けながら戸惑ってしまう。


「いや……私は口を出しただけで……」

「ログ村に住んでるうちの親戚も言ってましたよ。王女殿下とシリウス殿下が作物の収穫を手伝ってくださったって」

「この細腕で? 王子様、よく頑張りなさったなあ」

「こらあんた! 殿下に失礼でしょう!」


 明け透けな彼らの言葉に、シリウスは堪らず口を開けて笑い出してしまう。その言葉には悪意が無い。むしろその素直さには好感が持てた。


「あははっ……いや、構わないよ。むしろこの細腕でも皆の力になれると証明出来たのなら、誇らしい事だ」


 シリウスは見せつけるようにして腕を持ち上げた。ビガ族の大きくて屈強な身体に比べれば、ちっぽけで貧相なものだ。

 けれど、こんな腕でも出来る事がある。シリウスは少しずつ自分を認められるようになってきた。


「あの、殿下。恐れながらお願いしたい事があるのです」


 人の輪の中から、一組の男女が進み出てきた。

 純朴そうな男性と、大きなお腹を抱えた女性だ。男性は労るように女性の背中を支えていた。


「うちの家内が来月出産予定なのです」

「そうか! それはめでたい事だ」


 慶事の知らせに、シリウスはパッと目を輝かせた。目の前の夫婦も少し照れくさそうに顔を綻ばせている。


「それでお願いというのは、この子に名を授けて頂きたいのです」

「え……? わ、私が名付けを!?」


 予想もしなかった『お願い』に、シリウスは大きく目を見開いた。周囲からも、おおっ、とどよめくような声が湧く。


「私で良いのだろうか……?」

「はい、是非! この子には、殿下のような……優しい子に育ってほしいのです」


 大きなお腹を撫でながら女性は言う。その瞳にはあたたかな母の愛情が籠っていた。


「そうか……ならば新しく産まれてくる命に、名前という祝福を授けよう」


 シリウスは男子の名前と女子の名前を一つずつ授けた。夫婦は喜びに目を輝かせ、深々と頭を下げた。


「シリウス殿下、ありがとうございます!」

「ああ。健やかな子が産まれるよう祈っている。奥方も、どうか身体には気をつけて」

「はい!」


 いつの間にか、シリウスの周囲は大きな人だかりが出来ていた。

 祝福の言葉がそこかしこから飛び交い、拍手が鳴り響く。その場はあたたかな空気で包まれていた。



 

 加護の巡礼も終盤にさしかかる頃。シリウスを囲むように出来た人だかりを、ノーティカは遠目に見ていた。


「シリウス様……あんなに取り囲まれて大丈夫かしら」


 四方をビガ族の巨体に囲まれていて、シリウスの姿は見えない。明るい歓声や拍手が聞こえてくるので、何か不穏な事が起こっている訳ではなさそうだが。


「あちらにも護衛の者は居られるでしょう。気に留める程の事でもないかと」


 不意にノーティカの背後から、温度を感じさせない平坦な声が飛んでくる。ニラスだった。


「ニラス大精霊司……」


 ノーティカは振り返り、ニラスの顔を見遣る。彼の目はどこか冷ややかに見えた。ノーティカの肌が、ざわりと粟立つ。

 けれどノーティカと視線が合うと、ほんの一瞬で表情が変わる。にっこりと目を細め、いかにも人が良さそうな笑みを浮かべた。


「さあ巫女姫様、あちらへ参りましょう。巡礼を待っている人々はまだ居られますよ」

「ええ……そうね」


 ノーティカは言葉を飲み込み、笑顔を貼り付けた。そしてまた祭列の先頭を進んで行く。心の底に湧き上がるざわつきを、無理矢理抑え込むように。


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