第7話「不安」
昨日とは別の意味で不安な朝を白石は迎えた。
小説を書いていて思ったのだ。
殺人描写を上手く書くことができたのは、実際にそれを目撃したから。
それは紛れもない事実だった。
では、新たな殺人描写を描くことは自分にできるのだろうか?
昨日の小野との会話の時にも思っていた不安だ。
今自分の作品には絶賛の声が多数上がっていることは確かで、続きが望まれているのも事実。
それを考える度に頭を悩ませ、頭痛が起きそうになる。
趣味なのだから、そんなに深く考えなくても良いと思うかもしれないが、ファンがついて望まれているとなると、やる気が出ない方がおかしい。
故に不安も大きくなる。
期待はずれの作品を出してしまえば、読んでいた読者は回れ右して帰ってしまう。
それでもへこたれずに書くしかないのだ。
そこで書くのを辞めてしまえば、何も得ることはできない。
書かなければ上手くなることもないだろう。
不安を抱えながらも朝の準備をする。
スマホを見ると小野からメールが来ていた。
『おはようございます。
先輩も学校頑張ってください!』
小野らしいメールだ。
彼女の声が耳に聞こえるような気がした。
少し元気を貰い、不安な気持ちが和らいだ気がして、玄関を出て外に出る時がちょっと楽になる。
朝の日差しが白石を照らす。
駅まで歩く間も照らされているせいで体が少し暖かい。
眩しくて影の方へと移動したくなる。
自分が犯罪を犯したわけではないのに、後ろめたさを太陽が照らしているようだった。
渋谷で電車に乗り、学校を目指す。
この場所は、良くも悪くも自分のインスピレーションになる場所だと感じている。
殺人を見た事は墓まで持っていく方が良いのではないかと、思っていた。
でなければ、世間からは悪いレッテルを貼られるに違いない。
プライバシーなんてものがあるが、そんなものは大体筒抜けになってしまうのがオチ。
ネットで顔や学校を晒されて、死ぬまで愚痴を言われるのだ。
そんなことになるのは絶対に裂けたい。
もう一度あんな場面に出会ってしまったら、自分は何を思うのだろうか…
もう1回見ることができれば、あの時、自分が何を思って死体を見て、帰って小説を書いたのかが分かるかもかしれないと思っていた。
だが、今だけは昨日の小野との出会いにふけっていたかった。
そのためか、渋谷にいる警察官も、通りかかる人も、殺人現場を目撃した場所もなるべく見ないようにしている。
それでも、殺人現場には目を向けてしまう。
もしかしたら、今日の夜、また会えるかもしれない。
そう考えていたからだ。
頭の中の割合でいえば、殺人現場と小野は五分五分ぐらいの興味だと言えるだろう。
小野との出会いを考えたくても、昨日のことが頭を必ずよぎる。
学校の最寄り駅に着いた時、かなりホッとした。
学校に到着。
もちろん、教室にはまだ数人しか人はいない。
それも、普段あんまり話さない連中ばかり。
やはり、スマホを見て過ごすに限る。
小説のアプリの方はまたもや絶賛の嵐。
『殺人描写がリアルでやばい!』
『ちょっと気持ち悪くなりかけましたが、続き楽しみにしてます。』
絶賛されることは嬉しいが、不安も募る。
そして、白石はまだ殺人描写に満足いっていなかった。
もっと何か、人の心をえぐるような描写を書きたくてたまらなかったのだ。
そして1日が終わる。
友達と話した記憶もあるが、何を話していたかを覚えていない。
授業の内容だって、ノートには何か書いてあるが、頭には入ってこないのだ。
まだノートに書いているあたりはマシだと言える。
授業が全て終わり、帰る時間になる。
そしてまた、1人で帰ることを選び、渋谷駅で辺りをブラブラと歩くのだ。
すっかり日は暮れて、ビルが無くとも影ができる世界へと変わっている。
用事はないがただ、街を歩いていた。
人混みに紛れながら、あの殺人鬼を無意識のうちに探していたのだ。見つかるはずもないのに。
人々はお互いがぶつかり合ったり、押されたりしてもそれを受け入れている。
慣れているのだ。
田舎者であるならこの状況は地獄に思えるだろう。
しかし、生まれつき都市に住んでいるのなら、2、3年で慣れてしまうのだ。慣れとは恐ろしい。
人を殺している殺人鬼も、数をこなすうちに、慣れていったに違いないと思った。
どんなに嫌なことでも慣れてしまえば何も感じなくなる。
お互いがなんであろうと誰も気にしない。
それが殺人鬼であっても。
今日も収穫は何もなしかと、ため息をついて、昨日の本屋にでも行こうかと思ったその時、遠くで悲鳴が上がった。
白石は早歩きでその方向へと向かう。
その途中で、人の間をすり抜けてくる人物に押され、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか?」と声をかけられ、軽く返事をしながら立ち上がる。
自分を押した人物はチラッとこちらを見た気がしたが、顔はよく見えなかった。
しかし、見たことがあるような気がした。
立ち上がり、悲鳴が聞こえた方向へ進んでみる。
その途中で次は警官に押された。
今回は倒れはしなかったが、かなり強い力で押される。
余程、切羽詰まった状況らしい。
ほとんど人と人の間を全力疾走しているように思えた。
警官が向かった方向はさっきの男が向かった場所。
もしかして、さっきの彼は…
白石は事件の現場に着いた。
正確には警官たちに行く手を阻まれて、ほとんど見えなかったが。
白石はスマホを取りだし、路地裏の方をズームした。
確実に見れるという訳ではなかったが、ある程度は何があるのかを見ることができた。
そこには血まみれの死体が転がっているのが分かる。
だがそれはこの前のとは異なる死に様をしたものだった。
この前のよりもおぞましい…
体のありとあらゆる部位が切断され、バラバラにされている。
あんなことをされていたのに、人々は気が付かなかったのか?
警察たちは気が付かなかったのか?
それだけ巧妙にやったということなのだろう。
その場所も人通りが多いとはいえない。
通りかかった人が気づかないのは周りに興味がないからだろう。
本当に偶然目撃した人が悲鳴をあげたのだ。
バラバラにされた死体の断面がスマホ越しに取ることができた。
酷いもので、綺麗とは言い難い断面だ。
無理やり、切られたかのような感じ、断面の周りはノコギリの刃のような跡が残っていた。
本当にノコギリを使ったか、無理やり切断したかのどちらかだろう。
口元には布が噛ませてあり、声を封じられていたことも分かる。
それでは声が路地裏に響かないのも納得。
おそらくはそれ以外のこともされていて、徹底的に見つからない工夫がされていたはずだ。
断面には骨が露出している部分があり、露出したところは無理やり引っ張られているかのようだった。
その場にいる人たちは野次馬となり、その場所へ行こうとするもの、何が起きているのか探ろうとするものなど様々だ。
もちろん、白石のようにスマホを向ける人もいた。
手に負えない事態に発展したように見える。
警察も大変だろう。
これだけ警官を配置したのに、大失態だ。
そして、マスコミ対応や、流れ込む人々を止めなくてはならない。
もう何も見せてはくれないような状態になってからようやく、白石は家に帰った。
やることはもちろん決まっている。
小説を書くのだ。




