第5話「鼓動」
白石は電車に乗り、学校へと向かっていた。
渋谷駅で電車に乗る。
渋谷駅には警察の人が大勢いた。
スマホを取りだし、ニュースを確認してみる。
昨日、白石が見た殺人が報道され、渋谷駅には警察が配置されているらしい。
昨日と同じ路地裏の近くを通るのだが、人だかりが多かった。
警察も、人を近ずけさせないように必死に見える。
ご苦労なことだと他人事を心の中で呟いた。
映画などを見ていると、大抵こういう事件は警察が責められると決まっている。
それをさせない為にも奮闘していると考えると苦労しているのだと分かるのだ。
昨日、現場を目撃した自分なら手伝うことができるのだが、どうもそうしようとしない。
どうしてそうしないのかは分からないが。
何故だろう、あの時のことが忘れられない。
警察に通報するべきだが、そうしなかった。
その理由は分からないし、考えたくもない。
電車に乗り、学校の最寄り駅に着く。
人々は、どこかで殺人が起きていることなど、知らずに、当たり前のように歩いている。
ニュースで見たであろう学生が渋谷のことを話しているのがちらほら聞こえる程度。
やはり知名度の高い街で人が殺されると情報が回るのは早いと感じる。
すぐさま世間の話題がそれに持ち切りになるのだ。
そして解決したあと、ドキュメンタリーでその事件が再現されたVTRで解説されるのである。
学校に着き、教室の席につく。
まだ、そんなにクラスメイトは来ていない。
白石はいつも早めに教室に入る、別に珍しい景色でもなかった。
そして、スマホで小説を書くのが日課だったのだが、今日は時計を見つめたままボーッとしている。
針が動くのを見ていたが、時間が遅くは感じなかった。
教室に誰かが入ってきたのにも気がつかない。
気がつけば、教室は賑やかになっていた。
みんな雑談をしたり、スマホをいじって時間を過ごしている。
「お、今日は小説書いてないんだな。」
後ろから友達に話しかけられた。
ちょっとびっくりしながら友達の方に顔を向ける。
いつもと変わらないテンションで話しかけてくる友達が、今だけは気持ちを察して欲しいと白石が願ってもそういかないのは知っている。
「昨日、書いたからね。
まだ読んでないんだろ?」
「完結するか、かなり話数がいったら一気に読みたいんだよ。」
「今は、ちょっと考え事してた。」
テンションが低いのを大袈裟に見せつけると、さすがの友達でも、その場を離れてくれた。
この胸の鼓動は何なのだろうか…
そのことしか考えられなくなっていた。
授業は一限から五限まであるというのに、どれも頭に入ってこない。
先生や生徒が話す内容は耳から入って、反対側の耳から通り抜ける。
テスト前のことだけをメモっておけば大抵どうにかなると白石は思っていた。
それができるのは一夜漬けでテストの点数が取れるからであり、100点を取れない理由でもある。
五限が終わる。
友達から帰ろうと言われたが、学校に用事があると言って断った。
もちろん、用事などない。
スマホを開き、今日初めてネット小説のアプリを見る。
すると、そこには意外なことが書かれていた。
白石が昨日書いた小説の話数が絶賛されていたのだ。
特に、殺人の描写がリアルだと言われており、前よりも格段に人気になっていることは確かだった。
喜びと同時に不安と恐怖が体を蝕んだ。
褒められたことは素直に嬉しいのだが、それ以上に今後もそういうふうに書けるかという不安、それとあの殺人の場面を見てしまったから書けたという恐怖があった。
考えるのは家に帰ってからにしようと思い、学校を出た。
電車に乗っても、周りの音は白石の耳には入ってこない。
いつもなら、周りの人間たちの話が嫌という程、頭に残るはずなのに。
今日は虚無のまま景色だけが過ぎていく。
渋谷駅に着いた。
電車を降り、改札を通った瞬間から鼓動が高まっているのを感じる。
昨日のような場面にまた出会えるのではないかと思っている自分に白石は気が付かなかった。
だが、そんな都合よくそんな場面に出会えるわけもなく、無意識のうちにため息をついてしまった。
あまりに不謹慎ではある。
殺しが起きるの瞬間を待っているなんて。
何もなしに帰っても、執筆は進まない。
だから、買うつもりはないが、書店に寄ることにした。
殺人の現場と同じぐらい、書店というのは鼓動が高まる場所だ。もちろん別の意味でだが。
それぞれ、名のある作家が書いた作品が置かれている。
全員が違う世界観で、違うストーリーを描いているのだ。
本を手に取り、表紙、題名、あらすじを確認してみる。
惹かれるものから、なんだこれ?となるものまで様々。
普段は映画からインスピレーションを受ける白石だが、読書を全くしないという訳ではない。
読んで、書き方を学ぶ時だってあるのだ。
問題なのは学生ゆえに、お金の心配があるという点。
それでも見るだけならタダだし、お金がある時に買う本を見定めるために来ていたのだ。
「あの、もしかして、先輩…ですか?」
本を見ていると不意に声をかけられた。
そこにはボブの髪に少しふっくらとした頬、自分よりも頭一個分ぐらい小さい女性が立っている。
「覚えてませんか?
高校の時に、部活が一緒だった、小野です。」
白石は思い出した。
高校時代、美術部に所属していた白石の後輩の小野由菜。
美術部時代、後輩の中でも特に仲が良かった後輩。
高校時代、辺りが暗くなり、学校が閉まるギリギリまで作品を描き続けたりしていた。
「おお、久しぶり。
なんで、ここにいるの?お出かけ?」
白石の地元は茨城だった。
小野も同じ高校に通っていたのだ。
小野が東京になぜいるのか、気になったとしても、出かけるとしたら書店に来るだろうか?
思えば馬鹿な質問だった。
「いえ、私、この辺に住んでるんです。
専門学校がこっちだったもので。
それで、たまたま先輩を見かけて。
変わってなかったので、すぐに分かりました。」
「そっか、なんの学校行ってるの?」
「小説とか、作品を作る方の学校です。」
「へぇ〜、俺もそっち系に行けば良かったかなとか思ってるよ。今になって。」
「先輩はなんの専門学校に?」
「動物。」
「先輩って動物好きだったんですね。」
少しびっりしたような表情で言われる。
「なんだよ、そんなふうに見えなかったの?」
「絵を描いてるときの先輩は作品にだけ集中してるタイプでしたからね。
作品一筋に見えましたよ。」
「そんなことないって。」
仲がいい後輩だったものの、連絡先の1つも交換しなかったなと今になって思う。
美術部自体がそれぞれでやってる感じだったので、グループなんてものもなく、自由だったのだ。
コンクールが近ずけば全員で気合いを入れることもあったが。
「先輩、時間があれば、カフェでも行きませんか?それか、ご飯でも。」
誘いを断る理由もなく、彼女を見て懐かしい気持ちになり、ご飯を食べに行くことになった。
席につき、小野の方を見る。
変わらないと言われたが、小野も変わらないなと思っている。
笑顔が素敵で、誰からも好かれるような性格。
ムードメーカーでたくさんの人から好かれる人材。
狙っているというやつも少なくはなかったと思う。
それ以外にも、
時々、出しゃばってしまう性格なのに、意外と照れ屋なところ。
こう考えると、白石は小野のことを同級生以上に知っていたのではないかと思う。
恋愛にこそ発展しなかったが、いい関係であったことに変わりはない。
「先輩、今になって私の学校みたいなところにきたいっていうのは、どうしてです?」
「趣味で小説を書いててさ、それが楽しくてね。」
「え!書いてるんですか?よかったら私にも読ませてください。」
目をキラキラさせて距離を縮めてくる。
そういう所も高校の時と変わっていないと感じた。
「いいけど、まだ途中だよ?」
白石は自分のスマホを取りだし、アプリの中の自分の小説を小野に見せる。
じっくりと文を読んでくれた。
その時間は2人とも静かだったが、白石の鼓動だけは緊張しているかのようにバクバクしていた。
「先輩らしい小説ですね。
すごく、先が気になります。」
「そう?よければ、アカウントあげようか?」
「いいんですか!?もらいます!
あ、それよりも先に連絡先交換しましょう。
部活やってた時代に交換しなかったのが不思議です。」
「本当にね、はい、これ僕のアカウント。」
連絡先を交換して、小説のアカウントも小野に教えた。
「さっきの、僕らしいってどういうこと?」
「なんていうんでしょう…何というかダークな世界観というか、高校の時から先輩からはそんな感じがして。
それがすごく好きで。私の好みにあってるって感じなんですよね。
でも、殺人描写の伸びがすごいです。
最初と比べて、別人が書いてるかのようになってます。」
「…ありがとう。」
素直に喜べなかった。
殺人の現場を見ることで得られた力なんて言えるわけがなかったのだ。
「殺人の様子を書ける人って凄いですよね。
見たこともないのに、あんな残酷な描写を想像だけで描けるんですから。」
「それは分かる。
僕も最近まで、迷走してたからね。」
「え!!じゃあ、何か書くための秘訣が見つかったとか?」
飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。
もう少しで口が滑ってしまうところだ。
「色んな作品を読んでインスピレーションを貰ったんだよ。」
「それだけで書けるのもすごいです。
でも、変な感じがしますよね。
殺人描写を褒められるのって。
人が殺されて、それを見ると人たちは喜んで絶賛するんですから。」
「まぁ、たしかに…」
料理が運ばれ、2人は会話を止め食事をした。
食事中も小野から視線を感じる。
何度もこちらを見ていた。
食べ終わり、解散することになる。
「先輩、またご飯とか誘ってもいいですか?」
「いいよ。」
「やった。小説更新されたら読みますね!」
手を振り、家へと帰る。
今日も思いがけぬ出来事のおかげで、小説を書く気分になれた。




