第3話「帰り道での出会い」
授業が全て終わり、クラスメイトが次々に教室を出ていく。
フゥーと体を伸ばし学校で過ごす1日が終わったことを実感する。
あとは家に帰るだけ。
専門学生になって今は3年目。
3年目だが、変わったことは特にない。
ただこのまま一人暮らしの家に帰って家事をして眠りにつき明日を迎える。
それがなんだ…普通のことではないか。
なのに、どうしてこうも退屈なのだろう。
寝る前に小説を書いている時間は好きだが、自分の思い通りに描写を書くことができない苛立ちが募ってならない。
そんなことを考えていると、友達がドアの方から声をかけてきた。
「どうした?なんか用事でもあるの?」
「あ、ごめん。今行くわ。」
いつも一緒に帰る友達だ。
一緒に帰ると言っても、渋谷で別れる。
それまで会話をしたりするだけ。
会話といっても、学校のことや、ゲームの話をする程度で有意義な時間と言えるかは不安だった。
会話がない時はお互いに窓の外を眺め、景色にふけっていることが多い。
机の上にある筆箱を急いでカバンの中にしまい、学校を後にした。
最寄りの電車に乗り込む。
電車の混み具合は程々だった。
駅を跨ぐと津波レベルの人波が押し寄せる時もあるが、「都会の洗礼」なんて冗談をいい、慣れてしまっていたのだ。
サラリーマンがちらほら見えて、それぞれ会社のこと、女絡み、飲みの誘いなど、自分たちにとってはどうでもいい話に耳が勝手に傾く。
聞いてはいるが、興味は持たない、そんな感じだ。
「そういや、大丈夫かな。」
「何が?」
「ほら、朝も話したろ?
渋谷で殺人が起きたって。」
「そうだったね。怖いの?」
「そりゃちょっとは怖いだろ。
もしかしたら、自分が殺されてたかもなんて考えるとゾッとせん?」
「まぁたしかに。」
友達は確かに恐怖していた。
目を見れば分かる気がする。
白石はというと、そうは思っていない。
あんなに大勢の人間が集まる渋谷で殺されるなんて相当不幸としか言いようがない。
白石は自分が殺される、とは思っていなかった。
大半の人間がそう思っているだろう。
そして、いざ死が目の前に現れれば、「なぜ自分が?」と自身を憐れむことに必死になる。
そう考えると哀れなものだと感じた。
「殺されたのって、サラリーマンだっけ?
なんか、結構ブラックリストに入ってる人だとか何とかネットで晒されてたな。」
「そうなん?そこまで詳しくは知らないんだけど。」
「殺したやつのことどう思う?」
「どう思うって?」
「相手が、ブラックリストに載ってて、かなりの常習犯だということは確定してるわけじゃん?
それを殺した犯人って世間からどう評価されるのかなって。」
「さすがに、殺人はダメだろ。
まさか、白石はそいつのこと擁護しようなんて思ってんのか?」
「そういう訳じゃない。」
自分でもなぜ、こんな質問を投げかけたのか分からなかった。
興味本位なのか、それとも本当に自分は犯人のことをヒーローか何かだと勘違いしているのだろうか。
そうやって闇堕ちしていく話は映画でも現実でもよくある話。
人は周りからの声や評価で著しく姿を変えてしまう生き物。
ノミが飛べる高さを制限され、その高さまでしか飛べないと錯覚。
けれども、新入りの何も調教されていない普通のノミの姿を見ると、見違えたかのように高く飛べるという実験に似ている気がする。
怖くなる気がしてそれ以上は考えることはしなかった。
会話はなくなり、白石は窓の外を見る。
景色が後ろに流れ、それを見ていると無心になっている気がした。
小説のことを考えて悩んだりせず、ただ心地よい。
駅につけばその安らぎも終わってしまうのだが。
渋谷に着き、白石はそこで降り、まだ電車に乗って違う駅に行く友達を見送った。
あとは一人で歩いて帰るだけだ。
さすがわ渋谷のスクランブル交差点。
空は夜の闇に覆われているというのに、地面はまるで太陽があるかのように明るい。
太陽の色とは違うかもしれないが、数センチ前がよく見えるぐらいには明るいのだ。
人の賑わいも衰えを知らないようだ。
なぜ、こんなにも大勢が歩くスクランブル交差点で誰もぶつからないのか不思議でならない。
多少ぶつかっているのかもしれないが、転ぶ人はなかなかいないことにいつも関心してしまう。
家に向かって歩いて行くと、少しばかり人気が少ない場所に出た。
建物で光が遮られ、地上に暗闇が現れる。
そんな時、建物と建物の間の暗闇に人影があることに気がつく。
何か作業をしているように見えた。
気になったが、そのまま素通りしようとしたが、その人物の持っているものがキラリと光る。
光ったことでそれがどんな形をしているのか、ぼんやりと見えた。
包丁のように見えたのだ。
路地裏を除くようにして、壁越しに観察する。
暗がりでよく見えないが、その人物は包丁を何度も打ち付けているように見えた。
そしてその度に、鈍い声が微かに上がるのと同時に、水が飛び散る音が聞こえる。
白石は恐怖に怯え、その場所から動くことができなくなってしまった。
建物の影に身を隠し、1度見るのをやめる。
はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…
呼吸が荒くなり、心臓が鳴り響く。
その場に釘付けになっている白石だったが、次に体が動いた時、自身の行動に驚きを感じた。
なんと、もう一度、路地裏を覗こうとしたのだ。
そこにはまだ、その人物がいる。
次の瞬間、白石の方へ振り返った。
咄嗟に身を隠し、考えるよりも先に体をどうにか動かし、違う路地裏に身を隠す。
バレないようにその人物を観察をする。
何分の時が経っただろうか…白石には永遠とも言える時間がすぎた時、ようやくその人物はその場を去ってくれた。
警察に通報しよう。
スマホを取りだした時、足は勝手に歩いていた。
どこへ行くのだろう?
目的地へとはすぐにたどり着くことができた。
あの人物がいた路地裏だ。
こともあろうことか、その場に戻ってきてしまった。
次に何をするのか、もちろん通報…だと頭では思っていたのだが、白石はその場に取り残された死体へと歩み寄り、ライトをあてた。
滅多刺しにされ、内臓が露出している。
機能が停止した内臓は稼働している時よりも数段小さくなっているらしいが、そうは思えないほど、気色悪く目には写った。
血の水たまりが出来上がり、独特の匂いを放っている。
白石は血が靴につかないように慎重に死体を見た。
顔は恐怖が張り付いているかのような形相で死んでいる。
相当、恐怖を与えられて死んだと思われ、傷跡からはまだ血が溢れているが、波打っている様子は見えない。
それなのに、地面の血は白石の靴目掛けて段々と迫ってくるのだ。
これ以上ここにいるのはまずい…
そう思い、急いで路地裏を後にして、早歩きで家へと帰った。
玄関に入ると腰が抜けてその場に座り込んでしまう。
少しすると吐き気が襲いかかってきて、急いでトイレへと向かう。
便器のフタを開けて、吐こうとしたが、吐くことはなかった。
そのまま、かなり長い時間、放心状態だった。
正気を取り戻し、家事や風呂などを済ませて落ち着こうとしたが、頭の中にはあの時見た光景が頭から抜けない。
警察へ通報することなど、忘れていた。
そして、白石はスマホを開き
小説を書き始めたのだった。




