第2話「夜の渋谷」
ビルの光が街全体を照らしている。
そこを人々が歩くことで沢山の影がウヨウヨと動いていた。
この場所には人の数だけ感情が蠢いている。
平和な感情を抱き、夕飯のことを考えているもの。
パチンコで負けてイライラを抱えているもの。
カップルで周りの目など気にせずにイチャついているもの。
人混みが多い分、「殺してやりたい」と思う人も少なからずいるものだ。
それを実行に移そうと考えるものは、ひと握りなものだろう。
人は生涯のうち16から36回の頻度で殺人鬼とすれ違っていると言われている。
それが誰なのかは知りもせず、知るときは皮肉にも殺されるとき。
それぞれが法律や殺したあとのことを考え、心の潜む悪魔を抑え込む。
だから、ある程度は平和な街が生まれる。
だが、今夜は何かが違うらしい。
人混みの中に紛れて、凶悪なものが蠢いている。
その事実に人は気づくことはできない。
その凶悪なものが何かをするまでは。
男だ。
凶悪なものは男の姿をしている。
彼は仮面を被り、顔を隠す。フードも被り、完全に正体を隠す。
路地裏の影に身を潜ませる。
人々は彼のことなど気にしない。
暗がりで顔が見えない相手のことなど、気に止める方が珍しいのだ。
仮面を被っているという事実に気がつけば、興味本位で見るだろう。
歩いていて姿が確認できた時に少し驚いていく程度。
彼は獲物を探しているのだ。
そして、その獲物は彼の目の前に現れる。
酔ったサラリーマンが、1人の女性にしつこく絡みながら彼の前を通りかかった。
「ちょっとやめてください!」
「いいじゃんか、後悔はさせないから、付き合ってよ、今夜だけ。」
「そういうの本当にいいですから。警察呼びますよ!」
女性の腕を掴み、振りほどかれてもしつこく追いかけている。
警察を呼ぶと脅されてもサラリーマンは引こうとはしない。
彼との距離5メートル。
彼は何も言わず、暗がりに身を潜めている。
音も出さずに、ただ置物のように動かない。
ただ、仮面から覗かせるその目だけは獲物から目を離すことはなかった。
じっくりと観察をして、自分の方向へと歩いてくるのをじっと待つ。
ついに、女性がサラリーマンの手から逃れ、彼の方向にサラリーマンが大きく寄ろけた。
女性は走り出し、彼の前を横切る。
立ち上がったサラリーマンは何も言わずに、千鳥足で女が走ってきた方向に歩き出す。
そして、彼の目の前にまで来る。
その瞬間に彼は持っていた包丁を取りだし、サラリーマンの腹を思いっきり刺した。
腹部の辺りを複数回刺した後、刃を動かし、腹を抉る。
鈍い音と苦しそうな声が響き、サラリーマンがその場にうずくまる。
血が流れだす。
彼は全力で走り、誰もいない場所まで走った。
高揚感に包まれ、満足している。
体のありとあらゆる細胞が喜んでいるかのよう。
人を殺したというのに、興奮と脳汁が止まらない。
彼は興奮を抑えながら、仮面を外し、再び現代社会の中へと戻っていく。
人を殺したなんて誰にも分からない。
ましてや殺人鬼とすれ違っているなんて。




