第20話「面会」
眠れないということはよくある。
白石は楽しい日の前日の夜はよく眠れなくなった。
まるで遠足が待ちきれなくて眠れない小学生のようだ。
だが、理由が楽しみだというといの眠れなさにはイライラはしない。
イライラする時はストレスによる眠れなさだ。
学校での単独発表の日の前の日、クラスメイトからの視線が気持ち悪く学校に行きたくないと思った日。
そういう時は決まって眠れない。
寝て全てを忘れ自分だけの世界に行きたいのに行かせてはくれないのだ。
その時ほどイライラが募り、上顎と下顎の歯を噛み合わせ、噛み砕いてしまいそうになる。
昨日の夜はというと、楽しみで寝れなかったパターンだった。
今日の授業が終わればすぐに、面会に行こうと思う。
全く寝れなかった訳では無いが、2時間眠れたらいい方だ。
そのため、ギリギリまで寝ていたくて、朝食は食べずに学校へと向かう。
電車から覗かせた渋谷の街は一見、平和そうに見えるが昨日まで殺人鬼がウロついていたのだ。
そんなことは知らずに、ゾロゾロと歩く人々。
想像の世界とはいえ、現実に基づき小説の中の渋谷で白石も人を大量に殺していた。
そんな世界を頭に抱えている人間だとは周りの人間は知る由はない。
ましてや、一緒の電車に乗っていることなど。
昨日は小説を書かなかった。
ネットの民は仮面の男、つまり「彼」の正体を待ち望んでいる。
白石は予定していた仮面の中身がしっくりこなくなっていた。
だから小説を書くのを一時中断したのだ。
渋谷で乗り換えする時、また街が見えた。
あれだけの人の数の中にはどれだけの危険が潜んでいるのだろうか?
本当に平和だと言えるのだろうか?
それは絶対にないなと思った。
とんでもない頭の自分が今この瞬間、この街にいるのだから。
学校に着く。
今日は珍しく友達が小説を読んできたらしく、続きが楽しみだと話してきた。
「いや〜ちょっと我慢できなくて読んじゃったよね。
感想とか応援コメント見たけど、続きめっちゃたのしみにされてたぞ。
昨日は更新されてなかったけど。」
「ちょっと、考えてることがあってさ。
最後は納得の行く形にしたいから。」
「まぁ、作品のラストはどうやっても賛否両論別れるからそんなに気にしなくてもいいんちゃう?
完璧になんて無理なんだし。」
言ってしまえばその通りだった。
どんなラストにしようが、何かは言われる。
自分の作品がとやかく言われるのは嫌なくせに人の作品にはケチをつけてくるやつもいる。
小説を書いていて「彼」の気持ちを描いていたから今分かることがあった。
面会をしたあとのこと。
その後、自分はどうなるのだろうか?
小野の前で気分をあげることができたのは、面会という一大イベントがあるから。
それを終えたあとは…?
また悩みを抱えて生きていくのだろうか。
そんなのはごめんだったが、今のとこ、そういう未来が見える気がした。
自分がなぜ小説の中で「人を殺す」のか、その理由がわかったと思ったら次の悩みが生まれる。
終始思っていることだが、自分は殺人の現場を見ていて、その場面を小説に書き起こしている。
自分が恐れているのは、もうそれが見れないということ。
あまりにも狂気的だ。
自身の作品のために人殺しを見たい?
スクリーン越しで感じるよりも実際の場面を見る方が何倍も刺激になると感じていたのだ。
分かっている。
白石は分かっている。
自分がおかしくなっていることは。
しかし、歯止めが聞かなくなり、何かの拍子で頭のネジが完全に外れてしまう、そう思っていた。
何が凄いのか、白石は葬式で見る遺体が苦手だって話だ。
目の前で身内の老衰したあとの死を目撃するのはとても目を瞑りたくなるという点。
それなのに見ず知らずの人間が人間の手によって殺される場面は目を見開き、眼球に焼きつける。
楽しみのようなものだった。
それがなくなる…恐ろしいことのように感じたのだ。
もう自分の作品は評価されないのではないか。
読者が離れていってしまうことが怖かった。
とりあえずは、今日の面会で何かが変わるのを期待するしかなかった。
楽しみと同時に、その後を冷静に考えたせいで恐ろしくなる。
時が進んで欲しくないと思う時ほど、時間が過ぎるのは早く感じるものだ。
その日の授業はすぐに終わりを告げ、面会に行く時間になった。
拘置所には昨日のうちに連絡をしてあり、面会が可能となっている。
拘置所へいき、手続きを済ませ呼ばれるのを待った。
「白石文也さん。」と呼ばれ、指定された部屋へと入る。
部屋にはガラスの区切りがあり、映画などでしか見た事のない景色に少しワクワクを感じていた。
しばらくすると、奥の扉から1人の男が警官とともに入ってくる。
警官はパソコンの前に座り、会話をパソコンに打ち込むのだ。
面会時間は20分程度。
そこまで時間はない。
「こんにちは、君は誰かな?」
は?と声が出そうになった。
喉の辺り、下の根元まで上がってきたその声を噛み殺し、目で驚きを表す。
なぜ、自分のことを知らないのだ?
会ったことがあるし、名前だってお互いに言い合いをした覚えがあった。
白石が面会に行った男は大川重信だったのだ。
自分のネット小説のフォロワーであり、リア凸までした人なのに、なぜ自分のことを知らないと言ったのか分からない。
何か意図があるのかと思い、彼の思惑に乗ることにした。
「こんにちは、自分はネットで小説を書いていて。
それで、お話を伺うために来ました。白石です。」
「大川です。話ってなんですか?
小説のネタにするためなんでしょうけど。」
「あなたはなんで、渋谷で人を殺したんですか?」
「渋谷だけじゃないよ。
東京内ではあるけど、渋谷以外でも人殺しはしてる。
それは認めてるし、否定する気もない。
渋谷で殺人を多くしたのは奇妙なことがあったから。」
「奇妙なこと。」
椅子に座っている大川が上半身をグッと自分の方に近ずけてきた。
「ネット小説、まさに君が書いてるやつ。
そこで、僕の事件と類似した描写を見つけてさ。
たまたまだよ?狙ってできた訳じゃない。
渋谷で人を殺すのは2回ぐらいにする予定だった。
でも、2回目に人を殺した時、ネット小説で盛り上がりを見せた小説を見つけた。
その描写が自分の殺人とそっくりで、3回目も渋谷で人を殺してみた。
そうすると続きが完全に一致してさ。
これは確信だと感じたんだよ。
で、その作者にアポを取って実際に会ってみたわけ。」
完全に自分のことだった。
心臓の鼓動が鳴り止まない。
あの時、リア凸していたのが、まさか自分が探していた殺人鬼本人だったなんて、未だに信じ難い事実だった。
「そしたらびっくり。
そいつのことを俺は見たことがあったんだよ。
2回目の殺人をした時、後ろから視線を感じて振り返った時に見えた顔と全く同じで。
なんか、運命感じたよね。」
あの時、大川は白石のことを見ていたのだ。
「あとを追ったけど見つからなくて。
かなり焦ったよ。
でも、通報されることもなく、僕の情報も出回ることはなかった。
だから僕はそいつのことを世に話すことはしないし、そいつが誰なのかを暴露する気もない。」
大川の意図が分かった。
あろうことか、自分のことを守ろうとしてくれているのだ。
そうだ、楽しみが故に忘れていたこと。
話されてしまえば、警察になぜ通報しなかったと責められてしまうのは白石自身。
そうならないように殺人鬼であろう人間が自分の身を案じてくれているのだ。
「その人に会って、何がしたかったんですか?」
「確かめたかったんだよ。
そいつは僕の殺人をどう考えてるのかってことを。
結果、そいつは「人殺し」に関してその根本的な理由に行き着いてないってことに気がついてね。
だから、こう言ってやったよ。
『なんで人を殺すんですか?』って。」
今の自分なら答えられる。そう思った。
だけど、今ここで答えることはできない。
「で、その人はなんて言ったんですか?」
「何も言わなかった。
狙い通りすぎて笑いそうになったよ。
そいつは自分がしていることが定着化してきて、その理由を考えることを忘れてたんだ。
だから答えられなかった。
全ての事柄には理由があるんだよ。
それに気がついた時、もうその事柄に対して何も思わないというのは無理なんだ。」
嬉しそうに話す大川に対して白石は馬鹿にされているような気分になるのと同時に、彼の言葉に納得してしまう。
自分がやっていないにしろ、その事柄の意味、理由を問われた時、それについて深く、深淵にまで掘り下げようとしている自分がいたこと。
自分はなぜ、人殺しを見た時、興奮を覚えたのか?
理由は明確、小説を書くためだ。
どんなに狂気的だと言われてもいい、実際に見て書くからリアリティが生まれる。
そのためだったら、人殺しぐらい見れる…そんな暴論に走っていたのだ。
だが、その時は人殺しの理由なんて動機だと思っていた。
復讐、快楽、自分なりの芸術、出世のための行為などが人殺しの理由だと思っていたはずが、それぞれに共通点があり、それが頭のどこかで引っかかり白石を悩ませていたのだ。
「そいつと会った時、カバンにUSBメモリを入れたんだ。
見たのかは分かんないな。
小説にもその描写はなかったし、まだカバンの中かな。」
実際は見ていたが、小説には使わなかっただけ。
そして白石は気になることを直接大川に聞いた。
「あなたが人を殺す理由はなんなんですか?」
大川の瞼が開き、黒い眼球が、目の茶色い部分を全て飲み込みそうな勢いで開くのを感じた。
恐ろしい目だ。
だが、それは殺意とは違う目、口元は嫌にニヤついていて、眼球が恐ろしく見えるのに、目が笑っているように見える不思議な光景。
1枚の透明な壁を挟んでいるにしてもこれだけの恐怖を人に与えられるものなのだと、半分関心した。
そして、白石はその返答を待ったが、返事は返っては来なかった。
ただニヤけた恐ろしい面で見られ続けただけ。
面会時間が終わってしまい、最後の2分ぐらいは無言の時間が続いたと思う。
警官が何度かこちらを見ていたはず。
大川の理由を聞くことはできなかったが、最後、扉から出る際に、白石にウィンクをした。
何を伝えたかったのかは、分からない。
だが、白石はなんとなく
「君と同じだよ。」と、そう言われた気がしたのだ。
自分の理由と同じ…




