第16話「裏アカウント」
彼は喪失感の中、必死に考えていた。
なぜ自分は人を殺していたのかを。
最初は楽しかったから。
見ず知らずの人間の優位に立ち、必死に命を取らないでくれと縋ってくる。
その光景があまりにも滑稽で、情けなくて、愚かで、本当に見ていて気持ちよかったのだ。
しかし、マンネリ化というものは起きる。
恋と同じ、最初は相手にドキドキワクワクしても、そこから何も発展がなければ虚無になる。
相手が浮気していなくたって、何もなければそこに満足感というものは生まれない。
結果別れに繋がってしまうのだ。
マンネリ化を恐れ、同じやり方ではなく、色んな方法で人を痛めつけ、最後には殺した。
どれも満足度は高かったし、心は満たされる。
彼の中で「人殺し」とは生きるための行動の一部と化していたのだ。
人が呼吸をしないと生きられないように、彼も人殺しをしていないと生きてはいけない、そんな不自由な体になってしまっている。
法律がなければ、不自由など、どこにもないかもしれない。
同種は殺してはいけなくとも、同種以外なら殺してもよいという人間のエゴに操られた社会のせいだ。
人間の命は尊い…それは同種だからである。
自身を重ねるから尊く見える。
尊くない命などこの世に存在しないはずなのに、自分以外の生物はどうでもいいと考えるそれが人間。
環境を守ると言ったはずが、年々悪化するのはそのせいだ。
それで、自分たち以外の命も尊いなんて言えたもんじゃない。
人を殺した後にやってくるようになった虚無と出会い、その虚無の意味を考え続けた結果、自分がなぜ人を殺すのか分からなくなってしまった。
一時的にできた理由もあっさりと失ってしまい、戦意喪失。
そんな時に彼の心に刺激を与えたのはネットの声だった。
自身を賞賛する声。
その時から自分の殺人は自分以外の何かになるのではないかと感じ始める。
すぐに行動に移し、Xでとあるアカウントを作った。
いわゆる裏アカウント。
鍵垢で認証を取った人しかフォローすることの出来ないアカウント。
プロフィールには映像を作る仕事をしていると嘘の情報を書く。
今流行りのAIを駆使して閲覧注意の画像や映像を作っていると書いたのだ。
作ったはいいものの、まだ何も投稿していない。
今日は投稿用の獲物を渋谷に探しに来たのだ。
警察は今でも渋谷の街中を見張っている。
その中でどうやって人を殺すのか。
人目につかない場所はいくらでもある。
この広い渋谷全体を見ることなど不可能。
閉鎖なんてしてしまえば、民間人からの批判はものすごいことになるだろう。
警察にできることといえば、見張るぐらいのこと。
初心に帰り、最初に殺した時と同じ殺し方を試すことにした。
警察がいない薄暗い路地裏で人が来るのを待つ。
そういう場所には大抵、外でおっぱじめようとする輩が寄り付く。
警察がいる今ですら、そういう奴は耐えない。
「ねぇ〜こんなところに来て何するの?」
「ほら、ここなら人も全然来ないから。」
男と女が現れる。
男の方は鼻息を荒くして、下心を隠そうともしていない。
ズボンのチャックに手をかけ、ジッパーを下へと下げる。
絵に書いたようなおっさんだ。
彼はそのまま、そこで女が男のブツにかぶりつき、始まるものだと思った。
その場はそうもいかないらしい。
「ちょっとこんなとこで!?
警察だっているのよ!何考えてんの!」
「大丈夫だよ。こんなところに警察なんかこないし。こっちの方が興奮するだろ?」
女が男の頬を思いっきりビンタする。
「最低。私とやるんだったら、ホテルぐらい連れていけっての!」
女は颯爽とその場から退散。
取り残された男は、下げたジッパーを上げながら、暴言を吐き捨てる。
「チッ…なんだよ。お高く止まりやがって。
とんだクソ女に時間使っちまったよ。」
怒りからか、背後から近ずいて来る仮面を被った彼には全く気がつかない。
気がついた時にはもう遅かった。
男が振り向いた時には彼が包丁を男の腹部に思いっきり刺していたのだ。
漫画のように音は出ずとも刺した方には鈍い音が包丁から伝わってくる。
手元に伝わってくる「刺した」という感覚を快感に感じたのは最近では珍しい。
叫び声をあげそうになる男の口を抑え、口の中から舌を引っ張り出す。
そして、そのまま舌を切り落としてしまった。
吐血とは比べ物にならない血が口から溢れ出してくる。
マーライオンとまではいかないが、ぐちゃっとしたような音とともに流れる血のあとは彼の興奮をさらに加速させた。
男をその場に押し倒し、腕、足を滅多刺しにしていく。
男は痛みに悶えるが、舌を切られて声がほとんど出ない。
路地裏に響くのは彼が男を刺し、切った時の鈍い音だけ。
彼はすかさずスマホを取りだし、その瞬間をカメラに撮る。
そして、腹の部分を切り開き、内臓を外の世界へと解放してあげた。
まだ生きている内臓は男が動く度に暴れ、まるで膨張しているように見える。
それが普通のサイズだというのに、とても大きく感じるのだ。
それも束の間、男が絶命すると同時に、内臓は機能を停止し、縮んでいく。
残り時間がわずかだと感じ、彼は最後、既に星になった男の顔面をぐちゃぐちゃに滅多刺しにした。
そして、また写真を撮る。
顔が割れないようにするためだった。
しかし、こんな写真を乗せてどのくらいでBANされるだろうか?
されても新しくアカウントを作り続けるだけだが。
彼はその場を離れ、仮面を外し、社会に溶け込む。
周りの人間たちと変わらない、同じ人間のように歩く。
皆スマホの画面に釘付けだ。
今は彼もそうだった。
ついさっき撮った写真をアップする。
そして、フォローリクエストをしている物好きたちを一斉に通す。
反響はすごいもので、数分で絶賛の嵐が起きる。
見ている人たちはそれが画像の技術によって作り出されたものだと信じてやまない。
本当の人間の死体だとは誰も思わないのだ。
気になるのは、これが本物の死体だと皆が気がついた時だ。
その時、この絶賛は蔑みの言葉に変わるのだろうか?
いいや、ネットの奴らがそれに気がつくことはない。
気づかれたとて、自分が誰なのかを知ることはないのだ。
彼は謎の高揚感に包まれながら、ネット廃人のようにスマホを操作するのだった。




