第14話「喪失感」
渋谷のラーメン屋で1人ラーメンを食べる黒川。
普段のように飯が喉をスルスルと入ってはいかない。
相棒にはあんなこと言っておいて自分が食べられなくなるなんて思わなかった。
急な連絡だった。
相棒である早乙女が犯人に刺され、救急搬送。
時間が経ちすぎていたためか、命は助からず、病院についてから数十分で死亡が確認されてしまった。
連絡があってからすぐに病院に急行。
「走ってはダメです」という注意を聞かずに、早乙女がいる部屋まで全力疾走した。
その時にはもう既に遅かったのだが。
刺されてしまったことに対してもかなりのショックを受けた黒川だったが、病院の中で相棒の無事を祈っていた時ほど心が落ち着かなかったことはない。
心のどこかで安堵してしまっていたのだ。
「助かる」と。
けれども、現実は上手くいかないらしい。
看護師から伝えられたのは相棒がたった今、亡くなったという話。
黒川は涙を噛み殺し、病院の外に出てタバコを吸う。
ライターを持つ手が震えて上手く火をつけることができずに時間がかかる。
一吸いがいつもなら心地よいものだが、この時は体に悪影響があると感じられるものだと初めて知った感覚。
黒川はショックと喪失感に苛まれた。
「あの時、俺が捕まえていれば…」何度もそう思っている。
拳を振るいたいのを必死に答えるが、神経が繋がっているかのように足が地面を強く蹴る。
不甲斐ない先輩を許してくれと願う。
それ以上に辛いのは早乙女の家族だ。
早乙女は結婚していて、来年から小学校に通う息子もいた。
妻は病院の中を走り、息子は母親に引っ張られているのを見て、さらに申し訳なくなる。
子どもに見つめられた時、目を逸らしてしまった。
なぜ、早乙女と別行動をとったのか…
道が2つに別れ、それぞれで異常がないかを確認するためだった。
それだけだったのに、こんな結末になるなんて誰が想像できただろう。
警察の同僚にも、慰めの言葉をかけられた。
『お前は何も悪くない。』
『早乙女のためにできるのは、犯人を捕まえることだ。』
犯人を捕まえたいという思いは変わってはいない。
だが、それ以外の慰めは黒川に届くことはなかった。
どこまでも自分を責め続けると身を滅ぼすと助言も受けたが自分を責めずにはいられなかったのだ。
そんなだからラーメンを食べるスピードが遅くなり、残してしまおうかと思うほどだ。
漂ってくるスープのいい香りも、黒川の鼻を刺激することはない。
食べたとて、舌が味わうのを拒否しているかのようだ。
体力をつける、生きるため、それだけの為に食べている感覚。
美味しいという感覚を忘れてしまってしまうほど、精神をすり減らしていた。
結局、完食はしたものの、胃の中がいつもよりもズッシリと重く感じる。
歩くのがおぼつかなくなり、大食いでもしたのかというレベルだ。
それでも、警備を怠る訳にはいかず、注意をしていたのだが、やはりいつもよりは散漫になってしまっていた。
タバコで心を落ち着かせようとしても、火をつけた光が自身の心を映し出すようで、その度に早乙女が浮かぶ。
口から吐き出される煙でそれを覆い隠そうとする。
それでも仕事は仕事。
しっかりとしないと早乙女に合わせる顔がない。
路地裏の近くを歩いていると、服を引っ張られ、路地裏へと引き込まれた。
首に腕を回され、拘束される。
振りほどこうとするが、ものすごい力で抵抗が無駄かのように思えた。
「大人しくろ、殺しはしない。
ただ、質問に答えればいい。」
「なん…だと?誰なんだお前は?」
「お前たち警察に撃たれたものだ。」
彼の声は籠っていた。
耳元で話しかけられているのに、薄い壁を1枚挟んでいるかのような聞こえ方をするのが不思議だったが、すぐに仮面のせいであることに気がつく。
つまり、警察が撃った、仮面をしている人物。
それは紛れもない殺人事件の犯人だった。
「俺を撃った警察は今どこにいる?」
「どこって…」
首を拘束していた腕がさらに強く絞まる。
「どこかの病院にいるんだろ?
俺か負わせた傷は軽傷じゃすまない。
どこにいるのかって聞いてんだよ。」
「早乙女なら…死んだ。」
「なに…?」
「死んだんだ!お前に負わされた傷のせいで!」
首を掴んでいた腕が急に緩まり、解けた。
ゲホッゲホッっと咳をしながら、黒川は犯人の方を向く。
監視カメラに映っていたあの仮面を被った男がそこには立っている。
だが、様子がおかしい。
息が荒くなり、何かを悟っているかのような…
そして、そのまま走り出し、逃げてしまった。
黒川はあとを追ったがすぐに巻かれてしまう。
煙のようにその場から消えてしまった。
なぜ、早乙女のことを聞いてきたのか。
死んだという情報を聞いた時、なぜあんなにも動揺したのか、黒川は分からなかった。
黒川は近くにいる警察官たちに情報を伝えたが、そんな仮面をしたやつ、持っていそうなやつを発見することはできずに終わる。
いつものように暗闇に戻った彼は、またもや理由を失ってしまう。
そして、それが一時的な理由だったことに気がつく。
もし、生きていたとして、自分の復讐が完了してしまえば、遅かれ早かれ、こんな気持ちになっていたのだろう。
快楽、復讐、人殺しに共通する理由は一体なんなのだろうか?
その答えが見つからず、夜の闇の中で彼は悶えるのだった。
水が失われた喉の乾きを何かで癒したいと願うように。




