第11話「フォロワー」
窓から差し込む朝日で白石は目が覚めた。
ちょうど自分のところにだけカーテンから差し込んできた光があったらしく、眩しくて夢から覚めてしまったのだ。
隣を見ると小野はまだ寝ている。
2人とも裸の状態で、昨日の夜がどれだけ激しかったのかを物語っていた。
昨日は快楽に任せて動物にでもなったかのような気分になっていたっけと、振り返る。
途中で休憩を挟み、2人で小説の話題で盛り上がった記憶がある。
それぞれが自分の小説を進める時間も作ったくらいにだ。
お互いに自分の価値観、客観的な意見を述べ合い、いいものを作ろうとしていた。
そして、体力が回復すれば2人はまた獣のように盛る。
若い男女はそれが堪らないほど幸せで、他のことなど一切考えられなくなるのだ。。
隣で寝ている彼女の顔を見て、再び横になる。
寝顔が可愛く思えて頭をそっと撫でた。
触ってもまだ起きる様子はない。
自分のものになってくれたと錯覚を起こすと、今後のことが心配になる。
浮気のこと、喧嘩のこと、自分をずっと好きでいてくれるのかなど、様々な感情が押し寄せてくるのだ。
誰にも触れて欲しくない…
自分のものだけにしたい…
欲求が喉の奥から飛び出して言葉に出てしまいそうになる。
そんなことをしてしまえば、世間で言う「束縛」という形になっしまうのだろう。
年下と恋に落ちるなんて想像力もしていなかった。
高校の時から小野のことが好きだったのだろうか?
小野も自分のことが気になっていたのだろうか?
自分の気持ちを振り返ると、好きではあったが、恋人に対する好きではなかった気がする。
後輩として慕ってくれる可愛いやつという認識だったと思う。
もしも、高校の時から小野が自分を過ぎだったなら申し訳ないなと感じた。
今好きになった…という訳では無いと心の中で思っていたため、どこかしらでは好きだったのだと思う。
それに気が付かなかっただけだと。
しばらくすると小野が目を覚ました。
手を頭の上に乗せたままにしていた白石は手を離そうとしたが、小野がその腕を掴んだ。
そして、また頭の所へと戻してくれた。
再び撫で始める白石。
それが嬉しくて微笑む小野。
こんなにも幸せな朝を迎えたのは、実家にいる頃にクリスマスの朝を迎えた時以来だろう。
それ以降は思考が大人になってしまっているらしく、朝は憂鬱という他なかった。
「おはよ。」
「おはようございます、先輩。」
「敬語使わなくていいよ。そのうち名前で呼んで。」
「何とか頑張ります。
慣れるまでは先輩って呼びます。」
服を着て、体を伸ばす。
「朝ごはん作りますね。
ちょっとだけ待っててください。」
その言葉に甘えて、白石はベットの上に座り、朝ごはんができるのを待った。
スマホを取りだして、少しいじる。
小説の感想が沢山来ていた。
ほとんどは、殺人描写に対する感想などが多く、嬉しい気持ちになる。
その中に少し気になるものを発見した。
『小説の方、拝見させていただきました。
すごく殺人描写が素敵ですね。
自分も小説を書いているんです。
よければ、会って話しませんか?』
フォロワーの方だった。
その内容を見て返信しようと思ったが、Xの方で同じアカウント名からフォローが来ていて、既にDMの方にメールがきているらしい。
開こうとしたが、その瞬間に朝ごはんが運ばれてきて後回しとなった。
「いただきます。」と同時に食べ始める。
作ってくれたのは食パンの上に目玉焼きが乗ったもの。
コーヒーも入れてくれて優雅な朝食といえそうだ。
「そういえばさ、小野はいつからだったの?」
「いつからってどういうことですか?」
「いや、いつから好きになってくれたのかなって。」
「それ、答えないとダメですか?」
小野は頬を赤らめながら答えた。
「そりゃ、気になるからね。」
「高校の時から好きでしたよ。
言う勇気がなくて、連絡先すら聞けなかったんですけどね。」
小野は笑いながら言った。
口に少し含まれたパンが溢れそうになり、慌てて口を閉じる。
「先輩はどうなんですか?」
「自分も高校の時から気になってたよ。」
軽く嘘をついた。
ここであやふやな答えを出せば、彼女を悲しませることになってしまう気がしたのだ。
結果、今好きなら、同じだと思った。
優しい嘘、と言うやつだ。
世の中、そうやってできているものだと思う。
お世辞、ゴマすり、おべっかなど、相手を喜ばせる嘘を人は5万と使っている。
地獄で嘘をついたという罪があるのなら、ほとんどの人間が地獄行きに終わるはず。
朝食を食べ終わったあとは、2人でくっついて過ごした。
小野が、午後に予定があるということで、お昼過ぎぐらいに解散することになったのだ。
歩き出した少し先で小野が振り向き、とある質問をしてきた。
「先輩、私たち、カップル…ですよね?」
「今更、何聞いてんの?
そうだよ。昨日のあれ、ほぼ告白みたいなもんだったし。」
小野はニコッと笑って歩き出した。
まだ白石が見える距離から手を振る。
彼女の笑顔は太陽のようで、影の中にいた白石のことを照らしてくれているかのようだ。
家に帰る途中で、メッセージが来ていることを思い出し、スマホを開いた。
『自分、東京住みなんですけど、会えるんですか?』
白石は小説を語り合える仲が欲しかったのだ。
だから、会いたいという申し出に対しても、不信感を抱かなかった。
返信はその後、すぐに来た。
『僕も東京住みなので、大丈夫ですよ。
渋谷の辺りなんかでどうですか?
難しければ、他の場所でもいいですよ。』
『いえ、渋谷で大丈夫です。』
そして、集合時間を決め、その時間に集合場所に出向いた。
辺りが暗くなった頃だ。
集合場所で待っていると1人の男が話しかけてきた。
「あの…すいません。
もしかして、あなたが?」
「あ、はいそうです。
今日はよろしくお願いします。」
連絡もなしに、自分に話しかけてきたことに少し不信感を抱く。
普通こういうのは「着いたよ」とメールをしたりして、オドオドしながらお互いを確認するのが普通。
リア凸に慣れていた白石は不審に感じた。
すぐに話しかけることができるのは何回も会ってからだからだ。
「あの、なんで自分だと?」
「いえ、分からないのでここら辺にいる人に話しかけようと思ってて、たまたま当たりましたけど。」
なるほど、と思った。
かなりの勇気が必要ではあるが、それなら納得がいく。
自分には到底できないことだと感心する。
見た目は普通で身長は170ちょいぐらい。
髪の毛の内側が青くメッシュが入っていた。
髪の毛はマッシュよりも少し長く、顔は童顔だと白石は感じた。
「立ち話もなんですから、どこか行きましょうか。」
相手の提案で、カフェに行くことになった。
椅子に座り、相手を見る。
人の良さそうな感じ、というのが第一印象に強く出ていた。
白石のことを見る目も優しいの一言だ。
「白石文也って言います、そちらのお名前は?」
「大川重信と言います。
すいませんね、急に会って話してみたいなんて。」
「いえいえ、自分も小説を語り合う仲間が欲しかったので。」
初めて会う者同士、たどたどしい会話の仕方だった。
しかし、小説の話が始まれば、そうでもなくなる。
「大川さんは小説を書かれているんですか?」
「いえ、僕は読む専ですね。
色んな作品に目を通すのが好きで。
特に、そうですね、サスペンスだったり、ミステリーを読むのが好きです。」
「自分もその類が好きですね。」
「小説を読んでいるので知ってますよ。
白石さんの殺人描写には惹かれるものがあります。
特に最初の頃と今を比べると別人が書いているかのようでした。
僕も殺人描写が好きで、読んでいて想像が膨らむんです。」
彼との話は有意義なものだ。
動物の専門学校に通っているため、周りに同じことをしている人はいない。
言わないだけなのかもしれないが、自分の知る限り、そんな趣味を持っている人間はいなかった。
話したところで、学校の奴らは嘲笑い、興味を示すことはない。
唯一、先生は生徒を知るための一環として興味を持ってはくれるが「読んでおくね」という言葉はほとんど信用出来なかった。
会話の中で自然と笑いだったり、共感できる部分が出てくる。
もう既に友達だと白石は思えた。
「ねぇ、白石さん。」
「なんですか?」
「白石さんはなんで人を殺すんですか?」
「え?」
「小説の中の話ですよ。」
彼は笑いながら言った。
けれど、その目は笑っているようには見えない。
彼の第一印象は「いい人そう。」だ。
それを真っ向から否定できるような恐ろしい目。
座っているはずなのに、後退りをしたくて堪らなくなった経験は最初で最後だろう。
「なんで…」
考えても答えに辿り着けることはなかった。
ただ小説を書きたいという欲のままに書いているとしか言いようがない。
自分が思い描いていたストーリーの中で殺しが必要だった…それだけなのだ。
「変なこと聞きましたね。
難しい質問だと自分でも思ってます。
でも、すごいと思うんですよ。
小説とはいえ、見たこともやったこともない人殺しを書けるって。
それは自分が実行しないからできること、それは犯罪にならないからできること。
犯罪になるとしたら、殺しを書く人なんて出てこないでしょうね。」
話終えると、大川の目は最初の目に戻っていた。
あの目は気のせいだったのだと、自分に言い聞かせる。
「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきますね。」
その場から逃げるように白石はトイレへと入った。
感じたことのない恐怖を目の当たりにした白石は便器の中に吐きそうになっていた。
何が恐ろしいって、今はその恐ろしさを全く感じられないこと。
深呼吸を10回ぐらい繰り返し、ようやく落ち着く。
少しの覚悟をしながら元の席へと戻る。
話を続けたが、やはり、小説の話は楽しかったし、あの恐怖は自分が感じたことのないものだっただけだと考えを改めることができた。
その後、解散をしたが、白石の心はあの質問に囚われてしまっていた。
なぜ、そんな質問をされたのか…
小説を書く以外の理由がそこにはあるのではないかと考えるようになっていたのだ。
気がつくとあの路地裏についていた。
そこにはもちろん何もない。
あの忘れられない光景が頭の中で再生されるだけ。
見えもしない殺人鬼がそこにいるようで、ずっと見入ってしまう。
迷いながらも小説を書きたいという欲に任せて家に帰ってから書こうと心に決めたのだった。




