第9話「殺意」
目が覚める。
まだ朝の8時だったが、2度寝をするほど眠くはなかった。
こんなに目がパッチリ開く朝は珍しいもの。
今日は金曜日だが、授業はない。
そういう日に限って眠くないのは皮肉だと思えた。
何もすることもなく白石は1日をいつもなら終える。
けれども、今日の夜は予定が入っていた。
小野からご飯の誘いが来たのだ。
彼女は今日も学校なので、終わってからという形になる。
それまでは暇だ。
ネットで見たサンドイッチの作り方の動画を見ながら料理をする。
野菜を切っている時も、トースターで焼かれるパンを見ても心は何も感じない。
無心だった。
なぜだろう、昨日あの場面を見たというのに胸の高鳴りがない。
遠くから見るだけだったから?
もっと近くで見れば胸が高鳴ったのだろうか?
高鳴りがあることがおかしいと思うが、今の白石には殺しの場面というのが、胸の高鳴りに繋がるものだったのだ。
本人はそれにまだ完全に気がついている訳ではなかった。
サンドイッチができあがり、食べ始める。
YouTubeで動画でも見ながら、サンドイッチとコーヒーを嗜む。
充実した朝のように感じるが、心は充実していない気分だった。
もしも、あの場面を1回目の時のように真近で見られたのなら、心は充実していたかもしれない。
恐ろしいことを言っているが、白石にとっては本心だった。
それが無意識のうちに出始めていたのだ。
スマホを確認する。
小説のアプリはさらにファンが多くなっていて、見られている数もかなり増えていた。
ネットにはこんな自分の小説を楽しんでくれている人がいるんだなと、少し心が温まる。
朝食を食べ終わったあとは家事を済ませ、のんびりとしていた。
気がつけば、昼が過ぎていて辺りが暗くなり始めている。
動画を見たり、本を読んだりしているうちに時間が過ぎていってしまう。いつもの事だ。
退屈という感情ではなく、単純に何も感じないだけだった。
今の状態で小説を書いたら虚無な作品が生まれてしまうだろう。
無心でYouTubeのshort動画を見漁ったり、インスタの投稿を見漁るなど、思いつく限りの時間の無駄の仕方を行った。
それでも時間は長く感じる。
何とか乗り切ることに全振りしようと白石は思った。
そうしているうちに、もうじき、小野との約束の時間になる。
着替えたり、髪の毛をセットしたりと準備をした。
もういつでも外に出られる格好になったが、出発するにはまだ早い時間。
そんな時は必ずと言っていいほどスマホを見てしまう。
現代人の悪い癖だ。
少しの時間ぐらいスマホを手放せないものか。
ほぼ体の一部なのではないかと錯覚を起こすほどだ。
なんの用がある訳でもないが、インスタを開いてみんなのストーリーを確認する。
本当に意味などない。
だが、この時は見るのを後悔した。
クラスメイトの男たちがみんなで飲み会をしているストーリーが流れてきたのだ。
自分抜きで…
いや、自分以外も多少はいないが、そいつらはクラスでもはみ出し者の部類に入る。
白石もそうだった。
それが苦ではないと言えば嘘になる。
本当はみんなとワイワイやるのが好きだ。
でも、自分はそうもいかない。
別にクラスメイトに何かした訳じゃなかった。
ただ、異端者だからという理由だけだろう。
暗い人間は、偏見だけで避けられてしまうもの。
それを思うと、馬鹿らしいことだが、イラつきが抑えきれなくなるのだった。
冷蔵庫の前に立っていた白石は冷蔵庫の扉を強く殴る。
泣きたくなると、心の中で思っているのに、涙は出ない。
どこへ向けているのか分からない怒りが身体中をめぐり、発散されることなく体の中に留まり続ける。
とても気分が悪い。
これから、可愛い後輩に会うというのにコンディションは最悪という他なかった。
それでも時間は待ってはくれないもので、もうすぐで出発の時間になってしまう。
渋々、白石は靴を履き、玄関を出る。
夜になりかけていたため、太陽の光が惨めな自分を照らさなくて助かったと思った。
歩いて無心で渋谷に着く。
待ち合わせ場所で小野が現れるのを待つ。
人通りが多いことはいつもの事だが、歩いていない自分に対してもぶつかってくる奴が多い。
立っているだけなのに、肩がかなり強い勢いでぶつかり、向こうからぶつかってきたくせに、謝りもせずにこちらを睨んでくるのだ。
普段なら何も思わない、普段なら。
今日は心の中に殺意が芽生えてしまい、ぶつかってきたやつを追いかけようとしてしまった。
そのタイミングで小野が来なければ、自分は何をしていたか分からない。
「ごめんなさい先輩!ちょっと遅れちゃいました。」
「全然大丈夫だよ。」
何とか平常心を保ちながら答えた。
「…先輩?何かありました?」
「えぇ?何かあったって、何?」
「いつもの先輩とは違う顔をしてた気がして。」
悟られてしまった。
フワッとしている子だから自分の心境になんて気が付かないと思っていたのだが、油断していたかもしれないと白石は思った。
「気のせいじゃないかな?
それより、早くご飯いこ。」
「あ!ちょっと待ってくださいよ。」
人混みが荒波のようになっている渋谷の中をズカズカと歩く白石についてくる小野。
置いていかれないように、白石の袖を掴んできた。
その時は何も思わなかったのだ。
レストランへと入り、お互いに注文を済ませ、料理がくる間に雑談をしていた。
「先輩、小説書くペース早いですね。
昨日も更新してましたよね?
読みましたよ。描写に拍車がかかってる感じがすごく良かったです。」
「読んでくれたんだ。ありがとう。」
「…」
彼女が不思議そうな、自分を疑っているかのような眼差しで自分のことを見つめてきた。
「どうかしたの?」
「私、間違ってたかもしれないなって思って。」
「間違ってた?」
「先輩のこと、変わってないって言いましたけど、なんだかちょっと変わってたのかなって。
それか、昨日変わっちゃったのかな〜なんて考えすぎですかね。」
「考えすぎだよ。
それに、なんでそんなに見てくれるの?」
小野は頬を少し赤らめ、目線を下に下げた。
白石の質問には回答はなく、ただチラッと白石の方を見るだけだ。
何となく、分かっていた。
言葉を出そうとした時、タイミング悪く、料理が運ばれてきてしまう。
今日はすこぶるタイミングが悪いらしい。
その後2人は料理を食べつつ、学校の話などの雑談をした。
あっという間に時間が過ぎ、帰る時間になってしまう。
渋谷の夜道を2人は歩く。
「先輩、今日もありがとうございました。
その…さっきの答えなんですけど…」
小野が言い終わる前に勝手に体が動き出し、誰もいない暗い路地裏に小野を引っ張っていた。
彼女を壁に押付け、顔をじっと見つめる。
「先…輩?」
断りなどないかのように、唇と唇を重ねあった。
白石は強引に彼女の唇を奪ったのだ。
触れ合うだけのお遊びのようなものではなく、舌を絡ませ、永遠に幸せを感じられる時が流れる。
さっきまで、そこら辺のムカつく人間に殺意を抱いていた白石はどこかに消えてしまったかのようで、今は小野のことを独り占めしたいという欲だけが体を巡っていた。
小野もその状況を受け入れ、対抗など全くしなかった。
この状況…どこかで体験したことがあるような気が…
なぜ、このシチュエーションに既視感があるのだろう。
けれど、今はそんなことを考えたくはなかった。
ただ、この幸せを噛み締めていたかったのだ。
その後は小野の家に招待された。
年頃の男女が2人きりで家にいれば何が起きるかは想像がつくだろう。
キスを受け入れた2人なら尚更だ。
2人は熱い夜を過ごし、ただただ幸せを噛み締めていたのだった。




