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僕の言葉がなぜか正解になる世界で ―無自覚の一言が、人も世界も動かしてしまう  作者: 三浦レン


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第16話 その言葉で、壊れたもの

 「その言葉で、壊れた」


 その報告は、あまりにも唐突だった。


「……誰が言ったんですか、それ」


 思わず聞き返す。


 村の入口。

 見慣れない男が、息を切らして立っていた。


「わからない……!」


 男は首を振る。


「ただ……聞いたんだ……!」


「何を」

 レオンが短く問う。


「“無理をするな”って……!」


 その言葉に、空気が一瞬止まる。


 どこかで聞いた。


 というか――


「……それ」


 リナが小さく言う。


「アオイの……」


「違います」


 すぐに否定する。


「僕はそんなこと言ってないです」


 でも。


 ミラが言っていた。


 意味は変わる、と。


「……状況を話せ」


 カイルが前に出る。


 男はうなずき、言葉を絞り出す。


「仲間が……崖の上で作業してて……」


 荒い呼吸のまま続ける。


「危ないから、“無理するな”って言ったんだ……」


 それは、普通の言葉だ。


 誰でも言う。


「でも……」


 男の声が震える。


「止まらなかった……!」


「……何が」


「作業がだよ……!」


 叫ぶ。


「“無理するな”って言ったら、“無理してない”って……!」


「……」


 言葉が詰まる。


「だから……続けたんだ……!」


 男は地面を見た。


「そのまま、足を滑らせて……」


 そこで、言葉が止まる。


 言わなくてもわかる。


「……落ちたのか」


 レオンが静かに聞く。


 男は、ゆっくりと頷いた。


「……」


 空気が、重くなる。


 誰もすぐには言葉を出せない。


「……それだけではないな」


 カイルが言う。


「何だ」

 レオンが聞く。


「言葉の解釈が固定されている」


「……どういうことだ」


「“無理をするな”が、“今の状態は問題ない”に変換されている」


 ミラが、くすっと笑う。


「ほらね」


「……笑うところじゃないです」


 思わず言う。


「そう?」


 軽く返される。


「とても“らしい”と思うけど」


「……」


 全然よくない。


「……つまり」


 リナが言う。


「止めるつもりの言葉が、止めなかったってこと?」


「そうなる」


 カイルが頷く。


「意図と結果が逆転している」


「……」


 それは、かなりまずい。


「……誰が言ったかはわからないのか」


 レオンが男に聞く。


「わからない……ただ……」


 少しだけ迷ってから、続ける。


「“最近、そういう考えが広まってる”って……」


「考え?」


「“無理をしないほうがいい”って……」


 それが、形を変えて広がっている。


「……」


 ミラの言葉が、頭の中で繋がる。


 意味は、変わる。


 そして、広がる。


「……アオイ」


 カイルが静かに言う。


「これは、君の影響と見ていい」


「……」


 否定できない。


 直接じゃない。


 でも、繋がっている。


「……」


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


「……どうする」


 レオンが僕を見る。


「……どうするって」


「このまま放置するか」


 それは――


「……できないです」


 すぐに答えた。


 放置できる話じゃない。


「……だろうな」


 レオンは小さく頷く。


「じゃあ、どうする」


 またそれだ。


 でも――


 今回は、少し違う。


 答えが必要だ。


「……」


 考える。


 さっきの話。


 言葉が変わる。


 意味がズレる。


「……じゃあ」


 ゆっくり言う。


「“止める言葉”を使わないほうがいいかもしれません」


「……何?」


 リナが聞く。


「止める、って言うと」


 さっきのケース。


 “無理するな”が逆に働いた。


「“やめろ”とか“止まれ”とかも、たぶん同じです」


「……」


「だから」


 少しだけ、言葉を探す。


「“どう動くか”を言ったほうがいい」


 レオンが、少しだけ目を細めた。


「……具体的には」


「“下がれ”とか、“離れろ”とか」


 方向を指定する。


「曖昧じゃなくて」


「……なるほどな」


 レオンが頷く。


「否定じゃなく、行動を指示する」


「……たぶんですけど」


 自信はない。


 でも、今できるのはそれくらいだ。


「……試すか」


 レオンが言う。


「今すぐに」


「え?」


「似た状況を作る」


 すぐに動く。


 迷いがない。


「……」


 周囲も、それに従う。


 木箱を動かし、少しだけ危険な足場を作る。


「乗るな」


 レオンが一人に言う。


 そのまま、少しだけ不安定な位置に立たせる。


「……いいか」


 全員を見る。


「まずは、否定で行く」


 頷きが返る。


「無理するな」


 言う。


「……」


 その男は、動かない。


「……無理してません」


 小さく言う。


 さっきと同じだ。


「……次」


 レオンが言う。


 今度は、僕を見る。


「やれ」


「……はい」


 少しだけ緊張する。


 でも――


「下がったほうがいいです」


 言う。


「その位置、危ないので」


「……」


 一瞬、間があった。


 でも――


「……ああ」


 男が動く。


 一歩、後ろに下がる。


「……」


 空気が変わる。


「……動いたな」


 レオンが言う。


「はい」


 カイルが記録する。


「行動指定で反応あり」


 ミラが、小さく笑う。


「面白いわね」


「……」


 全然面白くない。


 でも――


 結果は出た。


「……アオイ」


 リナが言う。


「今のって……」


「……わかりません」


 正直に答える。


 でも、ひとつだけ確かなことがある。


 さっきの事故。


 あれは――


 防げたかもしれない。


「……」


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


 そのときだった。


「……遅い」


 小さな声が聞こえた。


 振り向く。


 さっきの男だ。


 崖の件の。


「……間に合わなかった」


 その一言で、全部が繋がる。


 さっきの話は、もう終わっている。


 取り返せない。


「……」


 言葉が出ない。


 何も言えない。


 ただ――


 はっきりしたことがある。


 言葉は、使われる。


 そして――


 間違えば、壊れる。

“言葉が人を助ける”だけじゃなく、“壊す”こともあると見えてきました。


ここからは、少しだけ重くなります。

でも、それがこの物語の本質です。


もし続きを読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

次話では、この“責任”が動き出します。

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