7話 新機能
マリーが出かけたあと、部屋には静けさが戻っていた。窓から射し込む陽光が白い床を照らし、風がカーテンを揺らす。その足元で、小さな影がぴょんと跳ねた。
「……また動いてるのか、お前」
悠真が呟くと、青白いスライムは“ぷるん”と体を震わせて応える。
丸い身体が床に落ちた埃を吸い込み、すぐに透明度を取り戻す。
掃除している――それはもう、確信に近かった。
「……はは、偉いな。ちゃんと働いてくれてんのか」
悠真は苦笑しながら、机の上の本を整える。
その瞬間、スライムが突然跳ね上がり、机の脚にぶつかった。
「うおっ……。大丈、夫か───」
抱き起そうとした姿勢のまま続きの言葉を紡がず、その場で固まる。要因は目の前の光景にあった。
机の上に置かれていた古びた金属のペンダントが床に落ち、かすかな“じゅっ”という音が空虚な部屋に響く。
見ると、スライムがその金属に覆いかぶさり、細かく震えている。
泡のような粒子が表面から立ちのぼり、次第に金属の黒ずみが消えていった。
「……錆を取ってる?」
悠真が近づくと、スライムは一瞬だけ透け、その内部に微細な赤い粒が流れ込んでいるのが見えた。
腐食を“食べている”。
「掃除って、そういう意味だったのかよ……」
感心している間にも、スライムは机の隅、壁のヒビ、床の焦げ跡など、あちこちを舐めるように這い回る。汚れが消えるだけでなく、壁のくすみや金属の光沢までもが甦っていく。
そして数分後――。
スライムが一度だけ大きく膨らみ、“ぷしゅん”と音を立てて縮んだ。
その体表には淡く緑が混ざっていた。
「色が……変わった?」
悠真は眉をひそめる。
スライムは一瞬だけ床に伏せ、次の瞬間、“風”のようなものを吐き出した。
空気が揺らぎ、部屋の中に漂っていた重たい匂い――古びたカーペットと湿気の混じったような臭気が、すっと消えていく。
代わりに、微かに甘い、草のような香りが広がった。
「おい……お前、空気まで掃除してんのか?」
スライムは小さく跳ねて“ぴちょん”と鳴く。
それはまるで、「そうだ」と言わんばかりだった。
悠真は腕を組み、しばらく考え込む。
汚れだけじゃない。腐食、臭気、空気。
すべてを“浄化”している――まるで、この部屋そのものを「清める」ように。
「……もしかして、これって」
頭の片隅に、赤の部屋の残留物――あの不穏な気配を思い出す。このスライムも能力ならその“名残”すら食ってしまえるのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥で小さく冷たい感覚が走った。
便利だ。
けれど、あまりに“都合が良すぎる”。
「……お前、どこまでできるんだ?」
呟きは静かに消え、スライムはただ陽の光の中でゆらりと揺れた。
透明な体の奥で、光が淡く明滅している。
それはまるで、呼吸をしているかのように――生きていた。




