45話 覚悟
一度営業へ戻る為広間を後にしたユーマはしばらく横に続く廊下を歩き、やがて客室からは死角となる曲がり角でピタリと止まった。窓から差し込む月光がその足元を照らす。
「……さっきはありがとな、ダン」
来た方向へ振り返ったユーマは何もいない空間へ礼を述べた。視線の先にある月光が揺らぎ、何かがゆっくりと動いた。窓から差し込み床を照らす月光の中に、見覚えのある靴先が現れた。
次に膝下が、下半身が、そうして胴体が現れる。まるで暗闇の中からゆっくりと引き上げられるように、一人の男の姿が形作られていった。
「……こっちの心労も考えてくださいっすよ。教会の奴らを連れてきた時はとうとうアンジェラの姐さんを討伐しに来たのかと思ったっす」
「はは。まぁ、今のお前の方がよっぽどゴースト寄りだがな」
最後に月光に照らされた顔は、目の下に濃い隈を携えたダンのものだった。
ダンは身体に纏っていた薄暗いマントを脱ぎ捨てる。途端に肩の力が抜けたように息を吐き、凝り固まった首を左右へ鳴らした。
「いつから俺が覗いているって気づいてたんすか?気配隠すのには自信あったんすけどねぇ」
ダンの持っているマントは冒険者達にも重宝される魔道具の一つである。それは気配遮断の機能を有し、勘の鋭い魔獣相手にも活躍する優れものであり、ダンの様に隠密に行動する時にも使えるのだった。
「最近スキル能力が上がったからか、自分のテリトリーにいる奴の気配は何となく分かるようになったんだよ」
ユーマは後頭部を掻く。
「まぁ、あのマントのせいで誰かいる程度しか分からなかったがな」
だがぼんやりとした空気がほんの一瞬、輪郭を帯びた時があった。それが調子に乗って自分の能力の詳細を神官達に話そうとした時だ。扉の隙間から獣の様な視線がこちらを突き刺してきたあの時。余計なことしてんじゃねぇ、と言わんばかりの視線に気付けば自ずと口は閉じられていた。
その後は神官達にバレない様に戯けたつもりだったが、内心冷や汗が止まらず手汗を握り込んでいた。
「すげえ目付きだったぜ」
「当たり前っすよ!あんたの能力はこの先の経営における根幹中の根幹なんすから!べらべら他人に話さないで下さいっす!」
「わ、悪かったよ。あまりにも綺麗に仕上がったんでな。調子乗っちまった」
ため息を吐いたダンは視線を広間のある方向へ向ける。
「……アンジェラさんから話は聞いてるっす。商業ギルドでのことも」
「急で悪いな」
「そこはいいっす。どっちにしろ今の状況は変えるべきでしたし」
その言葉にユーマは目を細め、微笑んだ。
「かっこいいこと言ってくれるじゃねぇか。男前の色男め。なら、ここから先はお前にも任せてもいいか?」
それは問いかけというより確認に近かった。短く主語のない文脈。しかしダンはその意図をすぐに理解する。
「今度はどんな無茶振りすか。鼻からユニコーンでも出します?」
「っふはは。無茶振りは前提なんだな」
ユーマは笑いながら懐から大広間にあったものよりさらに小さめの箱を取り出した。手のひらに収まるそれをダンに放り投げる。
「これは?」
「温度調節可能な広めの収納庫だ。あり得なくても一回飲み込め」
「……また変なの作りましたね」
ユーマは肩を組むように身を寄せ、その耳元で金庫を使ったもう一つの計画を囁いた。聞き終えたダンの顔がみるみるうちに曇る。
「……ちなみにシラフで言ってます?」
「もちろん。ワインはお楽しみに取ってある。全部終わった暁には乾杯しようぜ」
「ユニコーン出す方がまだマシっすよ」
ダンは小さくスラングを呟いた。
「現在ですら赤字なの本当に理解してるっすか?これ以上損益出るなら操業停止になるっす」
「利益を得ることの難しさはお前に教えて貰ったよ。だからこそ拾えるものは全力で拾っておきたい」
その為にはお前の力が必要なんだ、と深海の色をした瞳がダンを映しこむ。
アンジェラがどれだけ良いサービスを提供しても、ユーマがどれだけ趣向の凝らした空間を創りあげても。そこに金銭を発生させ利益を生まなければなければホテルたり得ない。
それがどれだけ難しいことかを承知の上で、オーナーは経営者に依頼したのだ。
「……とりあえずやるだけやるっすよ、仕事っすから。だけれど最悪の未来も覚悟はしておいて下さい」
「そん時は赤字パーティー開いてワインを開けよう。題してルネサンス大出血パーティーだ」
「これが本当の大出血サービス、ってやかましいわ」
笑うユーマにダンはもう一度大きくため息を吐いた。
「……まぁ、正直。理にはかなってるとは思うっすよ。冒険者以外の来客が増える今この時ならする価値はある」
赤字を抱えていなければ、という言葉をダンは無理やり飲み込んだ。どうせ目の前の男もアンジェラも、自分の出来る最大の仕事をしなければ気が済まない人間だ。ならその仕事を最大限利益に繋げられる様にするのが己の役割となる。
「……乗ってあげますよ。その話」
モノを金に変える。それが商人の本質なのだから。




