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44話 金庫






「差し入れありがとな。丁度ひと段落着いたところだったんだ」


ユーマの声を聞きながらも、三人の意識は別の場所へ向いていた。


つい数時間前まで何もなかったはずの大広間。そこには磨き上げられた大理石の床が広がり、窓際にはゆったりと腰掛けられる長椅子が並んでいた。


部屋の中央には十数人が囲めそうな大テーブル。


天井からは暖かな光を落とす照明が吊るされ、壁際には食器棚や給仕用の家具までもが整然と配置されていた。


細部にまで趣向が凝らされたそれはまるで歴史ある迎賓室のようだった。三人が言葉を失う中、ユーマだけが平然と包み紙を開く。


「ん、これワインか。寝る前に飲もう」


男はやりぃ、と小さくガッツポーズをした。そしてそそくさと近くに置かれていた小さな銀細工の箱を開き、ワインを中に放り込む。花と蔦があつらわれた見事なまでの外装はまるで宗教画に出てくる神器そのものであった。


「……わぁ、綺麗な装飾ですね」

「だろ。何せ世界に一つしかない特注品だからな」


ベアトリスの言葉にユーマは少し自慢げに応える。そして箱を彼女へ差し出した。


「金庫兼冷蔵庫兼ワインセラー兼武器置き場兼収納庫。……まぁ、無限クローゼットとでも思ってくれ」

「無限……」


ベアトリスの言葉を肯定し、ユーマは横目に三本の指を立てる。


「温度と湿度は三系統で管理可能。鍵も使用者ごとに設定出来る優れものだ。これでお前たちの要望は全て聞き入れたぜ」


ベアトリスは手のひらに収まる程度の箱とユーマを見比べた。


「え!?も、もしかしてこの中に調査道具を入れようとしてます!?」


どう見ても小物入れ程度の大きさしかない。観測機どころか杖すら入らないだろう。そんな彼女の不安を見て、ユーマはにやりと笑った。


「心配するな。大きな荷物を入れたかったり、直接中に入りたい場合は……」


横についてある真鍮製の取手を骨張った指がゆっくりと回していく。まるでオルゴールの様な軽快な音が広い部屋に鳴り響いた。それに共鳴する様に箱は緩やかに形状を変化させていく。


「えっ」


レイが目を見開く。


箱は膨らむように大きくなり、折り畳まれていた金属板が次々と展開していった。

床を這うように広がった銀の装甲は壁となり、柱となり、やがて一枚の巨大な両開き扉へと変貌する。


やがてその音が鳴り止む頃には大きな両開きの扉が目の前に現れた。その大きさは全長を見るのにユーマですら顔を上げなければならないほどだ。

ギリギリ天井に付かず、中央の机に触れない絶妙な大きさの扉は悠然と四人の前に姿を現した。


ベアトリスは言葉を失う。


扉の片側には銀の取手が施され、中央には精巧な鍵穴。ユーマはその扉を当たり前のように開いた。


重厚な金属音と共に開かれた先には、外見からは想像も出来ないほど広大な空間が広がっている。


「人が入っても大丈夫な作りにしたから、運搬業者にそのまま入れて貰える。そこの机で話し合う時にはすぐにここから取り出せるぜ」


背中越しに語る青年を神官たちは呆然と眺めた。ベアトリスは唐突に幼少期の自分へ思いを馳せる。まだ空想と現実の境が曖昧だった頃、兄に絵本で出てきたドレッサーが欲しいと泣いてねだったのだ。それは主人公を冒険の世界へと誘う魔法のドレッサーで、扉を開くと見知らぬ世界に繋がるのだ。


その後兄は困った様に微笑んでいたが、まさかその願いが叶うとは夢にも思わなかった。ベアトリスは自らの頬を摘みながら何度も現実であることを確認した。


最初に長らく続いた沈黙を破ったのはレイだった。落ち着かないように短い髪をいじりながら、金庫の中を覗き込む。


「空間魔術?……魔術が使えたの」


青年はその一言に目を瞬かせ、次いで笑い出した。レイの眉がぴくりと動く。イザベラもまた興味深そうに目を細めた。


「ははは!魔術なんて大層なもん、俺が使えるわけないだろ」


これは────と口を開いた青年の次の言葉を待つかの様に部屋は静まり返った。しかししばらくそのまま固まった後ユーマは一度開きかけた口を閉じ、戯けた様に人差し指を当てた。


「残念ながら企業秘密だ」


瞬間例の拳がユーマの顎に炸裂する。


「あがっ」

「調子に乗るな、この愚物」

「いでででで!頬がちぎれる!」

「こら、レイ!意地悪しちゃダメだよ!」

「安心してベアトリス。この阿呆は私が責任を持って処理する」

「おい!俺を金庫に入れようとするな!」


一悶着あった後、赤くなった頬を擦りながらユーマは話を続けた。


「まぁ、色々気にはなるだろうが時間が時間だ。隣の客室も一応片付けてある。アンジェラからの許可は貰っているから泊まっていけ」

「え!?いいんですか!」


ベアトリスはいち早く反応し、ユーマの側に近寄る。


「今から外に叩き出す程鬼畜じゃねぇよ。料金もいらん」

「やっっったああああああ!」

「こら、ベアトリス。夜なんだから静かに」


諌めるイザベラだが、口元の笑みが抑えきれていない。レイは浮かれる二人を横目にユーマを睨んだ。


「私達でこの部屋の試験運用したいだけ。モルモット扱い?」

「……そんなつもりはねぇんだが。強いて言うならワインの為さ」


ユーマは金庫に入れたばかりのワインを想像し、ゆっくりと唾を飲み込んだ。


「まだ冷やし始めたばかりだからな。仕事終わりに適温まで冷えたのが欲しいのさ」

「……それまで金庫を使わせろってこと?」

「あぁ。あいにくこのホテルで温度管理が出来るのはその金庫しかなくてな」


新しい金庫を仕入れようにもすっからからんなんだ、と青年は両手を見せ笑った。レイはその両手と顔を交互に見て、やがて目を細める。


「……あなたが入って良いのは百歩譲って広間まで。私達のいる寝室に入ったら四肢をもぐ」

「へいへい。せいぜい音を立てないように努力しますよ」


ふん、とぶっきらぼうにそっぽを向いた彼女の口角がほんの少しだけ上がっているようにも見えた。



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