42話 スキル
扉の先には巨大な空間が広がっていた。
二階建ての家なら丸ごと入ってしまいそうな高い天井。壁面を彩る彫刻。半円状に並ぶ窓から差し込む光。
────かつては絢爛たる宴が開かれていたのだろう。
「って、え?」
「足元気をつけてくれ。掃除はしてあるが、俺も滅多に足を踏み入れなかったからな」
確かに広くはある。宴会場や舞踏会などの催しを開催しても余りある部屋の広さ。だが家具の一切がないこの部屋は訪れる相手に空虚な印象を与えた。
「なんにもない」
レイは落胆した様なため息をつく。
「元あった家具は野盗に取られちまってね。詳しくは聞いてねぇがルネサンスが営業停止した後、色々あったんだとさ」
その言葉にベアトリスの瞳に一瞬激情の色が走った。杖を強く握りしめた彼女を自らの白いローブで隠す様にイザベラは話を促した。
「でもこれなら余裕を持って調査道具を置けるわ。本当にこんな広い部屋を貸してもらって良いの?」
「あぁ、ちょうど持て余してたところなんだ。好きな様に使ってくれ」
ちなみによ、とユーマは問いかけた。
「参考までに聞きたいんだが、調査道具一式だとどれぐらいのスペースが必要なんだ?」
「えぇと。大体この部屋の4分の1ぐらいかしら、ベアトリス?」
「そうですね。観測機も横にすれば入り口に入りそうですし、問題ないと思います」
ユーマはスペースの広さのメモを取ると、追加で幾つかの質問をした。セキュリティの要望の有無や部屋環境の調整。果てには部屋の素材の確認など。
全ての聞き取りが終わり、部屋の構想を練り終わった頃には窓の外は暗くなっていた。
「……よし。これなら形に出来そうだ」
その後神官達は夕食の為に席を外し、広大な広間に一人だけとなったことを確認したユーマはゆっくりと目を閉じるた。
頭の中で完成した設計図をなぞる。
そして意識を集中させると、何もない空間に淡い文字が浮かび上がった。
【いごこち度:375ポイント】
【新たな施設や技術を選択できます】
宿屋の経営によって得られるいごこち度は、来客の満足度に応じて増加する。
正確な計算式は未だに分からない。
だが一か月運営してみて、おおよその基準は見えていた。
1ポイントは「悪くない」。
3ポイントは「満足した」。
4ポイントを超える頃には「また来たい」という意思が生まれる。
そんな印象だ。
ルネサンスの平均はいごこち度3。
常連客になると4近くまで伸びる。
その積み重ねによって、気付けば375ポイントもの蓄えが生まれていた。
「この空間を広間と設定する」
【広間を選択】
【目標空間確認】
瞬間赤いスキャナーの様な光が差し込み、部屋一面をゆっくりと照らしていく。やがて全ての壁に光が当て終わると、青い光が包み込み、またメッセージが表示された。
【スキャン完了】
【追加可能なオプションを開示します】
そうして表示された機能を一つ一つユーマは取捨選択していく。
「基本的な家具で合計100ポイント、風呂付けて50だから……。残り200前後だな」
この部屋には広間としての役割もそうだが、使わない時は大部屋の客室として機能させておきたい。元々大部屋の奥には使用人達が歓待の準備をする部屋があった為、そこを改造して寝室と浴室にする。そこに生活に必要なベットなどの家具を含めると合計で150ポイント程になる。
となると残りの200ポイントでどうにか商談にも使える広間としての用途に応えつつ、神官達の要望にも応えなければならない。
「まず初めに比較的簡単そうなこっちからやるか」
青年は懐にあった依頼書を眺める。長々しく書かれているが要点をまとめると、①軽食を取りながら②商談が行える③高級感のある場所をご希望だ。
「机は必須になるか。ただ高級感のある机となると大きくなりがちなんだよなぁ」
ユーマは腕を組んだ。豪華な机を置けば場所を取るし、イスや給仕係の動線も考慮するとかなりのスペースが必要とされる。むしろ給仕に必要な裏に置く簡易的な調理場をも含むとより必要な空間は増える。
だがそれでは神官達の観測機材を置く場所が減ってしまうのだ。
「となると新しい荷物置き専用の部屋をもう一部屋作るか?」
大部屋の近くには広くて空いている部屋はない為、必然的に空間そのものを創り上げる必要がある。だが本来無い空間を俺のスキルで創造する為、300ポイントという莫大なコストを消費するのだ。
「パーティションも違う気がするしな〜」
ここにプラスして外観を損ねない程度のセキュリティ面も考え無くてはならない。ユーマは頭を捻りながら一覧表を眺めていたが、ある場所でピタリと動きを止めた。
視線の先にあったのは、現代の宿屋でもよく見かける物。いや、必ずどの価格帯の宿屋にも設置されているものであった。
しばらくそれを見つめたユーマは目線を一度天井に向け何かを考え込む。そしてまた正面に戻した時には先ほどとは違い深い笑みを浮かべていた。
「……めちゃくちゃ良いこと思いついた」
息を堪える様な独特な笑い声と共に、青年は改装開始のスキルを発動させた。




