幕間 帰宅
「事情は理解したけれど、貴方は問題を起こさず行動はできないのかしら」
遠回しな皮肉にユーマは唇を尖らせた。
「そう言うなよ。詫びと言っちゃなんだが、未来のお客様も連れてきたんだぜ」
ほら、と手のひらで彼女らを指す。3人の神官は興味深そうにエントランスの中央に位置するソファに腰を掛け、周囲を眺めていた。
「それで?どうなんだ、大広間の件は」
アンジェラは彼女らへ気づかれない様に一瞥を向けると、小さく溜息を吐いた。
「反対よ」
「つれねぇな」
「当然でしょう。相手は教会。保管するのは高価な調査器具。もし盗難や破損が起きたらどう責任を取るつもり?貴方の首じゃ足りないわよ」
ユーマはソファの神官らを一瞬盗み見る。そしてフロント越しに身をかがめ、アンジェラの耳元まで口元をずらした。来客からは自身の背中がアンジェラの目隠しになるのを良いことに、そのまま来客に聞こえない声量で囁く。
「俺の力なら出来るって知ってるだろ?」
「……貴方の”徹底”ほど信用ならないものはないわ」
「なら改装の時みたいにお前がチェックすれば良い。顧客の要望を細部まで理解するのはお前の得意分野だろ」
側から見れば恋人同士に見える距離であったが、当の本人達には緊迫した空気が流れている。しばらくの押し問答の後、アンジェラは再び小さくため息を吐いた。
「もう、聞かない人ね」
「あぁ、聞き分け悪いんだ。俺」
「知ってるわよ馬鹿同僚」
パチン、と軽く額を叩かれユーマは思わず口元を吊り上げた。
「なぁに、その顔。まだ賛成した覚えはないわ」
「俺だけの要望ならな。でもそこにいるお客様の要望ならお前は弱いのさ」
なんたってお前は世界で最高のホテリエだからな、とユーマは笑った。
アンジェラは彼の笑顔とは裏腹に顰めっ面を浮かべる。そうしてしばらく黙った後、観念した様に額を抑えた。
「荷物の管理方法。利用規約。立ち入り権限。責任の所在。そこまで詰めてから話を持ってきなさい」
「つまり?」
「採算が取れるなら考えるわ」
ユーマは小さく口笛を吹きそうになったが、アンジェラに凄まれ慌てて口を窄めた。
「あ、ありがとな。それと依頼の件とは別に、下の大広間を改装して大人数で泊まれる場所を作りたいんだ。許可を貰えねぇか」
「大部屋を作るってこと?それは良いけれど……部屋の改装程度なら事後報告でも良いわよ?」
ユーマは首を横に振った。
「いいや、そこはこれからも確認して欲しい。お前の大切な宿屋なんだから勝手に変えられるのは嫌だろ?」
以前のユーマなら聞くまでもなく動いていた。
良しと思ったことなら迷わず実行する。それが自分にとって利であると疑うことはなかったからだ。
しかし今は掃除をする時でさえ、宿屋の本来の持ち主であるアンジェラの許可を貰っている。
なぜなら脳裏に今でも浮かぶ彼女の泣き顔が再び自身の眼前に現れるのを避ける為だ。
その行為は過去に自分のスキルで人様の宿屋をいい様にしてしまった反省とも自戒にも取れる。
しかし当のアンジェラはポカンとした表情を浮かべていた。
「何言ってるの?」
「あ?」
「あれは貴方が部外者だったからよ。部屋を夜盗に荒らされたら怒るのと一緒」
彼女はフロント脇の手洗い場で来客用の茶を用意しながら答えた。
配膳台には神官たちの分のティーカップが三つ並ぶ。先代から受け継がれた数少ない貴重品でもあるティーセットは繊細な銀細工の凝らされた一級品だ。
最後にその横に置かれた質素なコップへ水を注ぎ、アンジェラはそれを少し乱暴にユーマへ差し出した。
「……今は違うでしょ」
ユーマは差し出されたコップを見下ろした。
来客用の高級な茶器ではない簡易なもの。だが、いつの間にか自分の定位置になっていた気がしていた。それが豪華なティーカップより余程価値がある様に思えるのだから、人の損得勘定とは当てにならない。
「わかったのなら、さっさとそれを持ってお客様をもてなしてちょうだい。営業ならこっちでやっておくから」
ユーマは肩を軽く押され、フロントから追い出される形でエントランスに投げ出される。
台車に載せられた紅茶と共にポカンとしているユーマの後ろでアンジェラはスタッフルームの扉を閉めた。
取り残されたユーマは目の前にある紅茶と同じ色になった耳を触った。そこには仄かな熱を感じベユーマは誤魔化すように貰ったばかりの水を一口飲んだ。
なぜかその水は、いつもより少しだけ甘く感じた。




