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39話 調査隊






 ギルドを後にし、馬車の乗り合い場に向かう道中。ユーマは渡された依頼書の皺を伸ばし、依頼内容を眺める。


「商談場所のセッティングねぇ」


依頼主は匿名とされているが、ギルド所属の者らしく商人の様だ。数日後に予定されている商談場所が急遽変更になり、緊急で会場の手配を依頼したらしい。


失礼がない様に茶菓子やスタッフは依頼主側が手配する様だが、場所だけは顧客の都合もあり大きく変更出来なかった。

指定された会場の指定範囲内にはギリギリうちの区域の名前があり、条件としてはクリアしている。


「会談用としての部屋か」


飲み会の場所程度なら会社員時代に決めたことがあるが、商談だと話は大きく変わってくる。


商談というのは大抵が金の動く大切な密談になるはずだ。となると話に集中出来なくなる様な要因は出来るだけ少ない方が良い。


周囲の雑音が聞こえやすくなる素材は避け、派手すぎる装飾もNG。


だが依頼主の要望を聞くとスタッフや茶菓子のことといい、相手を適度にもてなす意志もあるように感じた。まぁ、大抵仕事上のもてなしというのは相手の居心地も重要だが一番の優先事項は面子である、ということも理解している。


「適度に高級感があり、歓待の意思も感じさせつつ、周囲の音を遮断し会話に集中させる部屋ってところか?」


大体のアイデアが出たところで、丁度馬車乗り場に到着する。目的地行きの列に並ぼうとすると、その最後尾に見知った姿が見えた。


シスターの様な白い法衣に金髪の髪、彼女の背丈からは少しゴツい杖を抱えている後ろ姿。


「……ベアトリス?」

「わっ!?」


飛び跳ねる様に縦に跳ねた体はあたふたとする小動物を連想させる。大きな空色の瞳がこちらを映し、ぱちぱちと瞬きをした。


「ユ、ユーマさん!?何でここに……?」

「ちょっと雑務でな。お前も帰りか」

「はい!私たちも仕事終わりなんです」


たち?と思うも、横から伸ばされた手によってその疑問は解消される。


「何かこの方にご用でしょうか。おじさん」

「俺の年齢でおじさんなら、世の中の大半は爺になるな」

「大人の男はみんなおじさんです」

「ひでぇ暴論だ」


年の頃は十代前半。法衣はまだ真新しいのを見ると、彼女と同じ見習いだろうか。若草色の髪を短く切り揃えた少がこちらを睨みつけ、ベアトリスをすっぽりと庇う。


「レイ。そんな身構えなくても良いじゃない。ビーが困ってるわよ」


短髪の彼女の背後からさらにもう一人。長い白髪を横に纏め、褐色の肌を見せる女性も現れた。白髪に隠れた耳先は長く、ユーマの目線はそこに一瞬釘付けになってしまった。


その視線に気づいたのか、彼女は艶のある唇を小さく歪める。


「ふふ、熱烈な視線ね。坊や」

「坊や!?そこまで若いつもりもねぇんだが」

「おじさん」

「そこまででもねぇよ」


丁度訂正した直後馬車の案内人が駄賃の回収を始め会話は一度打ち切りになる。ベアトリスによって会話が再開されたのは馬車が出発して荒野に出た辺りの頃であった。


「改めて紹介しますね。こちらがイザベラ姉様です!」

「イザベラ・ハワードよ。教会では中級助祭を務めてるの。どうぞよろしくね」


ベアトリスと同じく西の大陸から派遣された調査隊の一人であり神職者でもある彼女はどこか浮世離れした背格好をしている。


身に纏う法衣はベアトリスのものよりも特徴的な造りとなっている。白を基調としながらも裾や袖口には夜空を思わせる濃紺の刺繍が施されている。肩口には金糸で織られた細い装飾布が垂れ、歩く度に褐色の肌との対比を際立たせていた。


「そしてこちらはレイです。」

「……レイ。ビーと同じ見習い神官」


白を基調とした見習い用の法衣に、教会を示す青い刺繍。だが膝下まで伸びるスカートではなく、彼女は濃紺の細身の長ズボンを合わせていた。裾は革製の編み上げ靴へ収められ、腰には祈祷書や小物を入れるための小さな革鞄が吊るされている。


若草色の髪を短く切り揃えた姿も相まって、その装いは神職者というより冒険者見習いに近い。実際、華奢なベアトリスとは対照的に、彼女の立ち姿には鍛錬を欠かしていない者特有の隙のなさがあった。


「よろしくはしない。ビーに変なことしないで」

「しねぇし、する予定もねぇよ」


ベアトリス越しに睨まれ、ユーマは軽くべぇ、と舌を出した。レイから醸し出される険悪な雰囲気を察知したのか、ベアトリスはわかりやすく話題を変える。


「ユ、ユーマさん。今日ルネサンスはお休みになられるのですか」

「ん?いいや、営業するさ。営業開始には間に合わねぇが、俺も合流する予定だ」

「そうですか。……よかったぁ〜」


胸を撫で下ろすベアトリスに白髪の女性がニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる。


「よかったわね。昨日も休憩中はずっと宿の話をしてたもの。まるで恋する乙女ね」

「わー!!イザベラ姉さん!」


慌てて頭一つ高い彼女の口を塞ごうとするが、ひらりと躱されてしまう。


「うちに泊まりに来るのか?今日は予約ねぇし部屋数なら足りてるぜ」

「本当ですか!?あ、でも今日はご飯準備していなくて……」


一度咲き誇った満開の花が萎れる様に表情がみるみる変化してしまった。どうやら夜食用の食事をまだ買えていない様であった。イザベラはその様子に長いまつ毛に縁取られた目を丸くした。


「あら。宿屋に食事がついてないって話は本当だったのね」

「そりゃあ俺も宿屋も駆け出しの身だ。一般の宿屋が提供出来る全てのサービスを揃えられる訳じゃない」


悪いな、と隣に座るベアトリスにユーマは頭を下げた。


「あ、頭を上げてください!確かに最初はびっくりしましたけど……。それでも他の設備が本当に素晴らしいじゃないですか!」

「他の設備って……。確か個室専用の浴槽があるって噂の?」


レイがこの時、初めてユーマに向かって口を開いた。馬車が苦手らしい彼女はベアトリスの膝に猫の様に体制をとり、こちらを見上げた。


「あぁ。そこだけはうちの誇りだな。────って噂ってなんだ」


レイはジトリとした視線を向ける。


「冒険者の間で噂になってるのを聞いた。個室に浴槽なんて大ホラを吹いて高い金を巻き上げてるって」

「あ"ぁ?なんだ、そのくだらねぇ与太話は」

「さぁ。でも話してたのは、あんまり柄の良さそうな連中じゃなかった」


レイの話にイザベラは青く塗られた爪を整えながら、口を開く。その仕草は何処か傍観的なものを感じさせた。


「浴槽、ましてや浴室が個室にあるなんて今までの常識が考えられないからかもしれないわね。魔法もそうだけれど、人間は自分の常識から外れることがあるとその事実を曲げたくなるものよ」


ダンジョン近くのコミュニティは田舎なこともあり、閉塞的なものも少なくない。レイの話を聞く限り、冒険者からはあまり良い印象を持たれていない様だ。


「まぁ確かに客は来てるとはいえ少数の常連ばかりなんだよな。全体の来客数を増やすにはどうしたらいいんだか」


冒険者向けのルネサンスは他の人種職業問わず受け入れを歓迎しているが、冒険者向けの宿屋に冒険者が来ないのは話にならない。

頭を捻って考えていると、イザベラが不意に口を開いた。


「ねぇ、坊や。無理を承知で聞きたいのだけれど。そこに複数人で泊まれる部屋はあるかしら。もし無ければ近場でありそうな場所を教えてくれない?」

「大部屋?……いや、うちは個室だけだな。何故だ」


イザベラは一度口を閉じ、こちらを見つめた。不安げに揺れる瞳は先程までの大人びた雰囲気とは真逆の印象を見るものに与える。無言の時間が流れたが、ユーマは特に急かすことなく彼女の返答を待ち続けた。しばらくしてイザベラは意を決したのか、改めてユーマへ向き直った。


「私達はダンジョンへ調査の為に来ているのだけれど……。調査範囲が来月から大幅に広くなるらしくて。それに伴って調査道具が多くなるらしいのよ」


教会から送られる調査道具は精密なものから場所をとるものまで様々であり、その一時的な置き場所に困っているという。調査隊が増員される来月には仮住まいが与えられる様だが、調査道具自体は今月に送られてしまうらしい。

レイはビーの膝を枕にしながら、イザベラの情報に付け加える。


「ダンジョン近くは反教派の宿屋しかない。嫌がらせされる可能性あり」

「こら、レイ。……とまあ表面的には怒ったけれど。私達の調査をよく思っていない方が多いのは事実なの」


イザベラは肩を竦める。


「教会というだけで警戒する方もいるし、反対に私達も無警戒にはなれないのよ。調査器具の中には高価なものも多いもの。壊したら折檻じゃ済まないわ」

「なるほどな」


ユーマは腕を組んだ。

教会は荷物置き場に困っている。ルネサンスは客数に困っている。


本来なら関係のない話だ。


だが、その瞬間。懐に入れた依頼書の存在を思い出す。


商談場所の手配にて依頼主が求めていたのは、適度な高級感と静けさを備えた会談用の空間。そしてルネサンスには、まだほとんど使われていない大広間がある。


荷物置き場として貸すだけなら利益は薄い。だが教会関係者が出入りするようになれば話だ。


「なぁ、イザベラさん」

「……なぁに?」

「もし荷物の保管場所が欲しいだけなら、うちの大広間を貸せるぞ」


三人の神官が揃って目を瞬かせた。


「え?」

「今はほとんど使ってねぇからな。人の出入りも管理できるし、セキュリティも強化する」

「それは助かるけれど……、だいぶ広い部屋が必要になってしまうわ」


イザベラは首を傾げ、困った様に微笑んだ。


「提案しておいて申し訳ないのだけれど、あまり高い部屋代は払えないわ。私達も高級取りな訳ではなくて……」

「いや、部屋代は最低限でいい。むしろ部屋を使ってもらうことに意味があるのさ」


ユーマは軽く膝を叩いた。


教会の調査隊が出入りするなら、少なくとも関係者が訪れるだろう。引き継ぎで帰るにしてはここは都会から離れているし、本部の教会からも遠い。


となると、一晩宿泊する部屋が必要になる。


いや、それだけじゃ足りない。


荷物の保管。打ち合わせ。交渉。そして宿泊。


全てを同じ場所で済ませられると知れたなら、人は自然と集まるだろう。


あのクソみたいな噂を否定する必要すらない。一度中へ入らせればいい。


浴室も部屋も大広間も、自分の目で見れば嘘じゃないと分かるのだから。


ユーマの口元がゆっくりと吊り上がる。


「……面白ぇじゃねぇか」


商談場所の依頼。

教会の荷物置き場。

そしてルネサンスの宣伝。


別々だったはずの話が、一つの線で繋がった気がした。


まずはアンジェラとダンを説得しなければならねぇな。


馬車に揺られながら、ユーマは頭の中で大広間の改装計画を組み立て始めた。

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