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37話 価値




「申し訳ございません。そちらの入室には一定ランク以上の功績度が必要になります」


澄んだ声が頭上から降ってきた。


「……へ?」


ユーマは間の抜けた声を漏らす。


気付けば巨大な青銅門は背後にあり、磨き上げられた大理石の床が足元へ広がっていた。どうやら無意識のうちにロビーを横切り、その奥にある本部棟へ向かおうとしていたらしい。


高い天井から吊るされた魔導灯が柔らかな光を落とし、広大なロビーには商談を交わす商人や書類を抱えて行き交う職員たちの姿がある。


あまりの威容に呑まれるあまり、自分がどうやってここまで歩いてきたのかさえ曖昧だったらしい。


「す、すみません。ボーッとしてて」

「いいえ、とんでもございません。何かお探しでしょうか」


紺色の制服に身を包んだ男性が営業用の微笑みを浮かべる。

規則正しいその態度に慌てて背筋を伸ばしながら頭を下げる。


「その、依頼通りについて聞きたくて来たんですけど……」


言いながら、こんな場所でそんな初歩的な質問をしていいのだろうかと急に不安になった。


「依頼通りですとそちらの手前にございます。ご案内致しますね」


着いて行くと、確かに名前通り壁一体に依頼書で埋め尽くされた通りに案内された。


「こちらではギルド内外関係なく様々な依頼のやり取りが行われています。依頼内容によって報酬は異なりますが、原則ギルド外部の方には金銭が、内部の方にはそれに加えて功績度が獲得できます」

「功績度?」

「はい。一定値に達するとギルドランクが上昇し、より高額な依頼や手に入りにくい情報やセミナー登録権などが与えられます」


へぇ、と気の抜けた息が口から漏れ出た。

貢献度はいわゆる社会的信用に近いのだろう。ギルドが仲介した依頼を多くこなし信頼を集め、それを元手に本業の仕事の伝手を増やす。このギルドは想像より労働組合としての側面が強い様だ。


「有用な知識を得るためには、まず結果を示せと?」

「価値を示せ、と言う方が正しいかもしれませんね。我々の世界では可変的な価値観に身を委ねることになります。まずはその暴風の中で羽ばたいて貰わなければ」


価値の基準となる金でさえその価格は一定ではない。しかしそれでも揺るがない価値を提供できる人材には、ギルドを持って揺るがない支援を行うのがこの組織の役割だと言う。


職員はそう言いながら壁面に刻まれた海鳥の紋章へ視線を向けた。


「あの海鳥の由来は神話の時代、一羽で世界中の海を渡り切った神鳥だと言われています」


ユーマもつられて紋章を見上げる。


「国境や文化が違っても価値あるものは全世界に通用する。商人もそうあるべきだ、という意味が込められ製作されました」


そうした渡り鳥を一羽でも多く羽ばたかせる為、寒い冬を越させる様に知恵と人脈という名の武器をギルドは提供するのが歴代のギルドマスターの意思であると、彼は続けた。

心なしか嬉しそうに語る姿を見るに、本心から尊敬しているのだろう。


「なるほどなぁ」


ユーマは海鳥の紋章を見上げる。その口には笑みが浮かんでいた。


「つまり俺みたいな半端者でも、ちゃんと価値を示せれば、空の彼方まで飛ばせてもらえるってことか」

「その通りです」

「素晴らしい理念だ。同じ商人の身として見習いたい」

「おや、商人の方でしたか」

「ああ」


まぁ、確かに今の格好じゃ商人には見えんよなぁ、と皮肉混じりに小く微笑むユーマに男は軽く頭を下げる。


「それは失礼いたしました。てっきりギルドメンバーの顧客の方かと」

「ん?……あぁ、いや。最近こちらに来たばかりの弱小商人の身だ。そういえば、ご挨拶もまだだったな」


そう言ってユーマは脳内でアンジェラの言葉を思い出しながら、眼前の男に向き直る。いや、正確には彼にではない。

現在居る決して狭くはない広間でも声が通る様に大きく足を構える。


『良いかしら、ユーマ。確かに私達には大した情報も人脈も資金もない。でも一つだけ使える武器があるの』


声量はギリギリ会話だと言い張れる大きさ。怒鳴るのは論外。でも小さすぎてもダメ。


『お父様が創り、私と共に育ててきた小さな希望。それがまだ生きていることを私は、信じたい』


スーツの襟を整える。現世からの数少ない持ち物であるスーツを俺のスキルで状態を極限まで高めた。今の自分にとっての唯一の正装だ。


『だから、貴方も信じなさい。この希望に価値があると』

────馬鹿を言う。あの宿屋に一番価値を見出しているのは他でもない。

この俺だ。


ユーマの決意は大広間の誰にも届かない。しかし細かく震える手を無理やり押さえ込みながら、無理やり笑みをつくり大きく口を開ける。


「前代フランチェスコ・マルティーニのオーナーの座を継承したユーマだ。今後ダンジョン・ホテル『ルネサンス』の最高責任者となったのでどうぞよろしく!」


周囲のざわめきが一拍だけ途切れる。


書類を運んでいた職員の足が止まり、商談中だった商人が思わず顔を上げた。


『フランチェスコ・マルティーニ』


その名は時を超えて大陸を超えて、過去宿屋を訪れたことのある豪商達の記憶に残り続けているもはや神話に等しい人物のものであった。


かつて大陸一までその宿屋『ルネサンス』を押し上げた伝説の支配人であり、過去には王の宮廷専属人として城の建築にも意見を許されていたという。


その彼が創り上げた最高傑作であるホテルが再建する話は、商人達の動きを止めるには十分すぎる火花であった。


価値に含まれるのは何も物だけではない。過去の栄光に、名声に、下手すれば悪名にだって人の目を引く商談材料になる。


ましてや過去大陸一と謳われた宿屋を襲名した『ルネサンス』にもそれは間違い無く適用されるのだ。


────さぁ、利用させてもらうぜ。オーシャン・バード。世界に通用する羽根(かち)を持つのはテメェらだけじゃねぇのさ。


笑みの裏に真意を背負い込み、ユーマは飛び立つ様に胸を大きく張った。


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