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34話 折衝





 ダンはギルドへの報告を悩みながら、近くの食事処で昼食をとり探索者組合へ戻った。


ギルドは街の中央、人通りの多い路地に面している。しかし本来なら関係者以外立ち入り禁止の入り口の凱旋が大きく開かれていた。そしてその周りには何人かの野次馬がギルドを取り囲んでいる。そのうちの1人にダンは声をかけた。


「何かあったんすか?」

「何かどころじゃねぇよ。監査が入ったらしいぜ」

「監査!?」


ダンは野次馬を掻き分け、組合の正面広場へ足を進めようとした。黒い外陰を着た者たちが行手を阻むように入り口を封鎖している。


統一規格の夜色の法衣の胸元に吊るされた認証章。明らかにダンジョン局の奴らだ。

加えて広間の中からは微かに冒険者達の穏やかでない怒号が漏れ出てきていた。


確かに探索者組合は定期的に局の監査を受ける義務がある。

だが通常、監査は数週間前から日程が通達される。そして財務帳や危険物の取り扱い、または業務についての指導が入るはずだ。


にも関わらず今回は無通告。異常事態が起きていることは火を見るより明らかである。ダンは眉を潜めたまま、視線のみで基地内をなんとか見渡した。


広場を囲む局員の数が4、50とかなり多い。まるで犯罪組織の摘発のような警戒体制だ。


野次馬に紛れやり過ごそうとしたが、後頭部に冷たく固い感触を感じ振り返る。そこには黒い法衣に身を包んだ監査官が2人こちらを見下ろしていた。


「ガウロズ・ダン。補給部隊所属だな」

「……御名答、と言えば見逃してもらえるっすか?」

「聞き取りを行う。こちらへ」


有無を言わせぬ口調は相手へ屈服を強制させるものだった。青年はそのまま半ば拘束に近い形で奥へ通されていく。


組合内部は酷い有様だった。

帳簿棚は開け放たれ、書類は机へ山積み。武装した局員達が各所へ立ち、冒険者達を個別で聞き取りを行っていた。


「いやいや!だからさっきから言ってるじゃないですかぁ!私達は何もしてませんよ」


一際大きな声を上げたのは組合長、バルトロ。先代から地位だけ継いだ、と陰で揶揄される男だ。

額には汗を浮かべながら笑って対応していた。彼は立場上ゴタゴタに巻き込まれることには慣れている筈だが、今回の件は流石に許容範囲を超えているらしい。


「うちは健全経営!清廉潔白!こんな荒々しいやり方は困りますよ。この採れたてコーヒー豆に誓って身の潔白を証明しますよ」

「いやぁ、申し訳ない。何せ外部からの勅令でね。こちらとしても決行する他ないんですよ」


彼の正面に座る壮年の男は、バルトロの様々な話題逸らしや問いにも揺らぐ事なく、足を組み悠然と構える。


黒い法衣の胸元には他の局員とは違い金と銀の勲章が複数つけられていた。金は監査院特別代理章。そして銀の勲章は彼が史上初の魔道具戦争──セルトビア戦争において、人類側勝利の立役者となった英雄であることを表している。


元軍部参謀大佐、ノルベルト。かの戦争屋が、一介の民営組合に監査に入るなど前代未聞であった。


顎髭を弄りながら伊達男は軍隊での支給品であろう革手袋のまま器用に書類を捲る。


「つまり貴殿は、“その日の行動記録”を把握していない、と」

「いやぁ〜、組合長って忙しいんですよ!最近は世情も大きく変わりましたから」

「それはごもっともだ。近隣国の内乱に対する情勢不安の煽りでの物価高騰。隣国難民の流入。加えて局の入場規制だ。現場負担は察するに余りある」


にこり、と目を細め目の皺をゆるりと深めた。しかしその視線だけは一切揺らがず、こちらを覗き込んでいる。


「だからこそ我々も、現場管理の実態把握を急務としている。是非ご助力願いたい」


────お前も道連れだ。

そう言外に告げるような声音だった。バルトロは乾いた笑みを浮かべたまま、袖で額の汗を拭う。頼むから沈むなら単独で沈んでくれ、と言わんばかりの苦情をオブラートに包み投げ返した。


「いやしかしですねぇ。いくらなんでも突然すぎますか?こちらにも準備というものが」

「監査は本来、準備されると困るのでね。貴殿らの神より賜れしありのままの姿見を拝見したいのですよ」

「熱い口説き文句をどうも。そう言った話は酒場で淑女の皆様方に仰られては?お勧めの店を紹介しますよ」

「青姦は得意ではありませんか?公衆の面前で自己を曝け出す快楽は時に凄まじいものですよ」

「私はベットで語り合いたい秘密主義なのでね。またの機会に」

「あいにく私は一度酒を断られた程度で諦めるほど不能ではなくてね。貴殿か答えてくれるまで品を変え何度も注文をし続けましょう」


柔らかな声音。

だが内容は完全に恫喝だった。

バルトロの頬がひくりと引き攣る。一度勢いよく口を開くが、そこから声が発せられることはなく、やがて俯き、押し黙ってしまった。

騒がしい喧騒の中、2人の間にのみ沈黙が立ち込める。やがてバルトロは髪を乱雑に掻きむしり、顔を上げた。そこには先ほどまでの快活な笑顔とは程遠い、苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいる。


「ノルベルト大佐。いや、局長殿。……こんなこと言いたかありませんが、うちを巻き込まんでくれませんか」

「失礼。しかし監査は国家法にて────」

「我らにダンジョン内での不祥事の情報を流したのは貴方でしょう?」


ノルベルトは微笑み細めていた目を片方開き、少ししてわざとらしく無言で肩をすくめた。何のことかわからない、と言う趣旨も組合長の追撃によって華麗に却下される。


「貴方の前任であるライオス前局長とは少しながら縁があるんです。と言っても会食で軽くお話しした程度ですが」


バルトロは乱れた髪をかき揚げ、先程までの嫌味なまでの白々しい笑みを脱ぎ捨てた。


「彼はダンジョンでの仕事をよく思ってはいませんでした。と言うより、我ら冒険者を被支配階級として下に見ていましたからね」


ノルベルトの前任であった元局長ライオスを好意的に評するなら、伝統や歴史に重きを置く人物であった。


自らが貴族階級の分家に生を受けた彼は社会はこうあるべき、人民はこうあるべきといった理想が強く持った男。そして同時にそれに当てはまらない人間、つまりは冒険者を強く毛嫌いしていた。


「まぁ、それ自体は良いんですよ。冒険者はダンジョンが存在して初めて名乗ることが出来る役職です。本来は野良の傭兵でも雇われない奴も多いはみ出し者の集まりだ」


ノルベルトは否定も肯定もせず、ただ笑みを浮かべたままバルトロを見つめている。


「だからこそ最初、貴方達のダンジョンでの噂を聞いた時はくだらないジョークだと思いましたよ。誰よりも体面を気にする、いえ、伝統を重んじるライオス局長に限ってそんな噂を許すはずがないと」


細かく言うならば、冒険者の中にまで自らの立場が怪しくなる不祥事の噂を広めたりはしないだろう。仮にも公営機関のトップを務める男だ。民間で噂になる前に不祥事ごともみ消すことなど訳はない。


「だが実際に蓋を開けてみればどうでしょう。彼は異動と称して地方へ飛ばされ、貴方が後釜として当てがわれた。そして噂話は徐々に表面化されつつある。つまり噂を意図的に封じなかった者がいることになりましょう」

「他の組織が意図的に噂を操作した可能性を指摘しても?」

「だとしたら回りくどすぎます。私達民営その他の組織ならすぐに国へ告発し法の判断を仰ぐでしょう」


────なんてことはせず、噂を潰して懐に入れるけどな。


ダンジョン局の不祥事なんて贅沢な切り札はそうそう手に入ることは稀だ。それをこんな噂話程度で済ますほど他の組織関係は円滑ではない。いつかの切り札としてポケットないないしてしまうのが普通であり、だからこそ噂が蔓延することなどありえないのだ。


すると自ずと犯人の条件は限られ、局長以上の社会的権力を持った内部告発の可能性が挙げられる。利益と条件を鑑み、流す可能性があるのは眼前の葉巻に火をつけた男のみになるのだ。


「あまり身内のゴタゴタに巻き込まないで下さいよ。貴方達の気まぐれで何人の人間が職を失うことやら」


バルトロは皮肉的な笑みを浮かべ、親指で首切りのジェスチャーを真似た。

ノルベルトはしばらく無言のまま、ゆっくりと辛めの煙が彼の口腔を通って排出されたタイミングで話し始めた。


「……身内のゴタゴタで済む程度でしたら、私は今頃妻と娘と共にバカンスを楽しんでいたでしょうな」

「目的を伺ってもよろしいでしょうか。どの道我らから情報を取るつもりなどないのでしょう?」


ノルベルトは頬を横に引き伸ばした様な笑みを浮かべる。


「話の早い方だ。ならば貴殿に倣い手短に、簡潔に噂話の真相をお伝えしましょう」


吸い殻を灰皿に押し付け、ゆっくりと背を深めた。優雅とも取れる身のこなしは嫌味なほどの余裕を感じる。


「────ダンジョンが攻略され、聖遺物が何者かの手によって持ち出されました」



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