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33話 商談



ユーマとマリーが眠りに落ちた頃、相反する様に街は活発さを取り戻す。


日が上りだし、その光に反応して家畜の鳴き声も上がり出した。道には徐々に行き交う人数が増え出し、それぞれが目的の場所へ移動していく。


「っはぁ……眠ぃ」


軽く欠伸をするダンもまたそのうちの1人であった。胸には身分証のプレートがキラリと太陽を反射する。


探索者組合補給部隊。彼が在籍している職場の正式名称だ。


聞こえは立派だが、要は冒険者共の飯と装備を切らさない雑用係。よって業務は多岐に渡っていた。


武器、防具、保存食、回復薬、寝具、輸送路。


これらを正確にダンジョンの深部に潜る冒険者達へ届けねばならない為、日々の仕事は下手すれば冒険者よりも重いだろう。


ダンジョン探索は、英雄譚の皮を被った兵站戦である、とダンは本気で考えていた。

そして兵站には、必ず金と政治が絡む。


「面倒臭ぇんすよねぇ……ホント」


足を止め、目的の場所である建物を仰ぎ見る。

街の中央区に聳えるその建築物は、朝靄の向こうに白亜の尖塔が浮かび上がっていた。重厚な門周りで囲まれるまるで墓標だ、とダンは毎回訪れる度に思う。


白亜の壁面には魔力灯の淡い青が脈打ち、巨大なステンドグラスには古代魔法の起源譚が描かれている。嫌味なほどの高潔さに辟易とした息をあげそうになるが、門の奥に見える人影を見つけて無理やり押し殺した。


柔らかな声と共に、青年が門の内側から姿を現す。


陽光を溶かしたような黄金の髪。耳元で外へ跳ねた毛先が朝風に揺れ、長く伸ばした襟足は細く後ろで一つに結ばれていた。


澄み切った空色の瞳が、まるで旧知の友人を見るように穏やかに細められる。


「やあ、お待たせしてしまったかな。ガウロズ殿」

「いいえ、カイン主任司祭。今来たばかりですので」


────門の呼び鈴すら鳴らしてねぇのになぁ。相変わらず怖ぇっすよ。

心中を笑顔の裏に潜め、握手を交わし教会の広間へ案内された。


白い大理石の床。高い天井。等間隔に並ぶ柱。

教会内部は外観以上に静厳な雰囲気を醸し出していた。


色硝子を透過した朝日が床へ淡い青と金を落とし、空気には微かに香が焚かれている。

奥の見えない回廊に二つ分の足音だけがやけに響いた。


「以前来た時と趣向を変えられましたか?壁の装飾が一段と華やかになっていますね」

「先日の教皇選挙が漸く一区切り着いてね。新しく教皇に即位したロマーノ聖下は西側の文芸品を収集するのがご趣味だそうだ」


西側というと確か酪農や農業が盛んな区域で、魔法依存度も高い国が多い印象を受ける。となると、今回の新しい教皇もどうやら自然主義ないし魔法主義者であるようだ。


「もちろん以前そちらから受け取ったダンジョン素材によって作られた調度品も大事になされているよ。ただそれは自室で愛でられたいとのことだ」

「……ははは、恐縮です」


────絶対嘘っすよね。言外に次から貢物は考えて送ってこい、って主張だ。でも仮にも探索者組合を代表してる身で、魔法を敬う物なんか送れないっすよ。


ダンは心中で反論しながら、やんわりとした口調で話題転換をする。


「新しい教皇様になっても今のダンジョン調査は並行される、と捉えても」

「ええ。探索者組合様方のご助力のおかげで、研究は順調に進んでいる。今後ともこの関係を築きたいものだね」

「私どもも金銭面を援助頂き、それを基に探索を進められております。今後とも、双方にとって利益ある関係構築に勤めたいものです」


双方建前的な賛美歌を交わしたところで大広間の面談室で大きな机を挟み、ようやく商談という名の交渉は火蓋を切られた。


カインは正面に座り、指先を軽く組んだ。その仕草一つに無駄がない。ダンはその荘厳な空気に蹴落とされず淡々と机上に書類を並べられていく。司祭は書類にゆっくりと目を落としていく。


「拝見する」


これらは今月の調査部隊への補給リストと搬入経路図。さらに資金の明細書であった。


「今月も第三階層への調査隊の派遣を継続するとの事でしたので、おおまかな予定変更はありません。しかし予算の再設定が必要かと」

「理由を伺っても?」

「隣国の内乱の影響で逸れものの冒険者がダンジョンに入り込んでいます。それに伴い統制局の取り締まりが強化され、入場金の値上げが予想されます」

「……ふむ」


カインは視線を落としたまま、指先で紙の端を軽くなぞった。ダンは給仕が運んできた紅茶を会釈で遠慮し、視線を再び彼へ向ける。


────どうやら、こちらの意図は伝わったらしい。彼のことは嫌いだが、話が早いのだけは美点だ。


統制局は仮にも主要国家を母体に持つ特殊機関。それが隣国の内乱の残滓に応じて取り締まりを規制するなど、明らかにコストとメリットが釣り合っていない。


ダンは埃一つない天井を仰ぎ見る。


────となると、十中八九局内でのトラブルっすよねぇ。


そして現在、カインの手に収められている書類は資金面での詳細が載っているものである。だが、費用は常より多めに請求しているのだ。


名目では入場料の値上げと称しているが、その値上げ分よりもさらに上乗せで探索者組合に入るマージンがプラスされた。

要は『統制局が馬鹿をやった情報をそちらに流してやってもいいぜ』代、いわゆるお友達代だ。


明らかに値段が釣り上がった請求書だが、カインは動揺することなく端から端まで目を通している。

組合側としては不当請求だと突っぱねられても間違いがあったと訂正すれば良いし、最悪他の組織にこの情報を流せば良い。


一つリスクがあるとすれば教会側から提携を切られることだが、先ほどの話を思い返してみればその可能性も薄くなる。教皇の趣向という名の西側へのアプローチの為には、組合の協力は必須だ。


「この予算の確実性はどれ程か伺ってもよろしいか」

「根本は動かないとは思いますが、雑費は調整する必要がありそうですね」


統制局の動きは把握しているが、目的や詳細は調査中とのこと。カインは明細書から顔を上げ、嫌味なほどにこやかに微笑んだ。


「承知した、と言いたいところだが一つ条件を加えても良いか?」


ダンは内心で小さく息を吐く。


「伺います」

「今回の調査で回収される魔道具について、適性不要型のものを優先的にこちらへ回していただきたい」


────痛いところを突く。せっかく未確認情報と値段で話題を逸らそうとしたのに、釣られないっすか。ダンは舌打ちを抑えた。


「あいにくそれらはうちの業界でのレートが高くて手に入りづらいんですよ」

「もちろん承知済みだ。だからこそ、その万が一の時に備えて取り決めをしておきたい」


カインはゆっくりと背もたれに体を預けた。組んでいた指先をほどき、机上の一点を軽く叩く。


「本来、魔法とは資質と鍛錬によって扱われるべきもの。それが道具として無差別に広がれば秩序がこれまで以上に崩壊する」


ダンは肩を竦めた。


「魔道具を使える奴が増えれば、その分ダンジョンないし外の世界で生き残る確率も上がる。それで充分なのでは?」

「目先の利益のみを見ればそうでしょう」

「おっと。耳の痛い言葉ですね」


カインは不自然なほどに爽やかな笑みを浮かべる。まるで自分の言い分が神に誓って適当なものであると主張するように。


「しかし長期的には“理解の伴わない力”が増える。それは暴力と何ら変わらない。本来力は、相応しい者の手にあるべきだ」

「素晴らしい。崇高な理念です」


────2日前に飲み忘れた牛乳みたいな味がする。ファナティストめ、反吐が出る。


ダンは相槌を打ちながら机の下で中指を立てた。その相応しき者の対象が魔道士のみであること呪いながら、ダンはカインの真っ直ぐな瞳を見つめる。


こいつは多分、無意識レベルで差別を区別と正当化し、見下すことを分別のある行動だと自身の中で定義つけているのだろう。

人より多くを持ったものは人より多くのものを背負わなければならない。そんな考えのもとに生まれた上流階級的思想はいつしか、選民思想としてこの宗教の巨大勢力を担う自然派と成り果てた。


選ばれた者にしか富は、力は扱えない。そんな前時代的思想が嫌で家を出た過去が脳裏をチラつく。

悪意も、自覚もない名のつかない化け物どもめ。


呼吸を少しおき、ダンは口を開いた。


「……確約は出来かねますが、優先枠を設けるよう組合長に相談します」

「うん、充分だよ。君の力は組合長も一目を置いていると聞くしね」


あぁ、それと。カインは付け足すように囁く。あっさりとまるで最初からそこが落としどころだったかのように。


「費用問題はそちらの要件をのまして貰おう。何があったかはわからないが、侵入者によって値上がりとはダンジョンは物騒だな」


やられた、と直感的に拳を握り込んだ。次いでダンはカインに聞こえないギリギリの音量で舌打ちをする。


元から彼ら教会側は費用や情報のことはまるきり扱う気はなかったのだ。となると、教皇の西側の取り組み施設の新装、資金面の書類の異様な読み込みも総じてブラフということになる。


むしろこちらがそれらの餌に喰いついて取引の費用面を重視している最中。彼はついでという体裁の元、魔道具の融通という特大の条件の足掛かりをこちらは呑み込んでしまったのだ。

取引自体、つまりは名目の金銭面はこちらに優位に進んだが、商談の実態はダンの惨敗である。


「あぁ、もちろん我々も魔道具を独占する意図はない。ただ流通の流れに少し手心を加えたいだけなのでね」


整える、ね。

ダンは心の中で鼻で笑う。

それを独占って言うんすよ、と言ってやりたい気分だ。


「今日は有意義な商談になった。これからも是非お互い利益ある関係を結んでいきたいものだ」

「えぇ、是非。これからもどうかご贔屓に」


ダンは目の前のわざとらしい爽快な笑顔に唾を吐きかけたい衝動に駆られながら、教会を後にした。


────これだから金に頓着しない奴らは苦手なんだ。金以上にデカいものを掻っ攫っていく。


負け惜しみに近い仄暗い感情が脊髄まで染み込み出す。耳障りな鐘の音が、今日の取引のリングの鐘にも聞こえた。


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