幕間 天才の苦悩
また投稿を再開します。土曜出勤もあり、仕事が大分忙しいですが、1週間に一話を目安にします。どうしても1週間に一話投稿できない日もあるかもしれませんが、まぁ頑張ります。
said:メティス(一条真理)
私は産まれてすぐの記憶を覚えている。母が泣いていたことも、父が私の小さな手を握って笑っていたことも。
「元気だよ」
「ありがとう……」
言葉の意味は分からなかった。でも二人が嬉しいということだけは伝わってきた。だから私も笑っていたと聞いた。
私は子供の頃、神童なんて呼ばれていた。何故なら生後2ヶ月でパパやママと話し始めていたからだ。まぁ産まれた時からアルビノだった事もあり、周りから余計に神童なんて言われた。
成長速度が異常に早い事を心配して病院で検査をすると、私の脳は普通の人の脳とは違う働きをしているとの事だ。医師は言う
「この子の脳は常人より遥かに活動しています。そのため、普通の何倍ものエネルギーを必要とします」
「⋯何倍もの?」
「えぇ。恐らく普通の子より、たくさん食べるようになるでしょう。代わりに、体の成長に必要な栄養まで脳が使ってしまう可能性があります」
「それって⋯何かダメなんですか?」
「恐らく身長は途中で止まります。私も確実にとはいえません。前例がありませんので」
その様な診断結果をされて、母と父は複雑な顔を浮かべていた。
「あぁ⋯髪が白いだけでも心配なのに……」
「アルビノは本来、視力が低下するのですが、この子の視力には何の問題もありません」
母と医師がそんな話をしていたのを覚えている。
私が他の子供と違うなと理解したのは2歳の頃だ。その頃には人との会話が問題なく出来るようになり、考える事も出来るようになっていた。
その日から知らない事を知るのが好きになった。計算等も一度やり方さえ分かればもう出来るし、忘れる事もない。知識が増えていく事が楽しくて、夢中に色んな事を調べて覚えた。
ただ、当然だが文字は書けない。筋力が弱すぎて書くのが難しい。鉛筆を持って、文字の練習をしていると、父が苦笑いしながら
「真理、プレゼントだ」
私専用のPCをプレゼントしてくれた。私は嬉しかった。この時期から母は既にお腹が大きくなっていた。
3歳になった頃には、更に知識を蓄えていった。父からもらったPCで中学、高校で覚える事はもちろん、ビジネス関係やIT関連、プログラミングの事も動画で覚えて知識を蓄えていった。
私は5日間起きて2〜3日寝るというサイクルで、夜中は起きている。起きている時間はいつもPCで調べ物をしている。
そしてこの頃から私にはとある感情が芽生えていた。それは、このまま知れば知るほど知らないものが無くなるという事。私にとってそれは絶望の様な恐怖の感情だ。
一度見れば覚えてしまう、やり方さえ覚えればずっと忘れる事が無い。このまま知識を蓄え続けると何れ覚える事が無くなり、知る楽しみが無くなってしまうと思ってしまった。でもそれを父と母に言ったらきっと困らせてしまう。だから隠しておこう。
そんな日々の中、私に妹が出来た。正直嬉しかったけど、不安を覚える様になった。不安の種は金銭的問題。私の家庭は裕福な家庭ではない。どちらかといえば貧しい寄りだ。
そんな中で二人分の学費など、しかも公立ならまだいいが、私立となれば掛かる学費は多くなる。学費だけじゃない、養育費も普通の人より掛かる。私が言えたことではないが、他の人より多く食べてエネルギーを補給しないといけない。そうしなければ、低血糖になる恐れもある。そんな状況で、母はいま育児で仕事をしていない。収入は父頼り。
そして父と母はまだ若い。父と母は同年齢で、私を産んだのは20歳の時。それから3年後に妹を産んでいる。正直、私達を養う為のお金をそこまで貯蓄出来てないだろう。父は普通のサラリーマンだし。
早く子供が欲しかったからなのか知らないが、私から言わせてみれば全く計画性がない。だから私がしっかりしないといけないし、大切な妹が何不自由なく過ごせる為に、今何をすればいいか母に自分の考えている事を話した。父は頑張っているから、これ以上負担を増やしたくない。
「母よ、明日から節約した方がいいのよ」
「どうしてそんな事を言うの?真理」
「これから学費や養育費が掛かるのよ?私がまだ生後6ヶ月の時、家計が苦しいなら母上も働くと言ってたのを覚えているのよ。そうなる前に節約すれば良いのよ」
「⋯そんな事言ったかしら?」
「私は産まれてすぐの記憶も覚えているのよ。分娩室で会話した内容も知っているのよ。私は忘れる事はないのよ」
「そ、そう。でも真理がそんな事、気にしなくていいのよ?」
「これは私の為に言っているんじゃないのよ。妹の友理の為に言っているのよ」
「友理?」
「幼稚園から大学まで全て公立だとしても、学費だけで一千万ぐらい掛かるのよ。私立だと更に掛かる。私の考えでは、二人分を払えるぐらいの貯蓄はないと思うのよ。というか、一人分の大学まで掛かる学費ですら怪しいと思うのよ。もし、友理が私立に行きたいと言えば、そのお金はどこから出てくるのよ?」
「そ、それは⋯私も頑張って⋯⋯。だ、大丈夫よ!何とかなるわ⋯」
「母も頑張るのはいいけど、どうしても足りないなら借金するつもりじゃないの?先に言っておくけど、私は小学校も中学校も、高校も行くつもりはないのよ。だからその分浮いたお金で友理には良い学校に進学させてほしいのよ」
それに母が頑張るとは言ってるけど、子供を見なくても安心するまでとなると、小学生高学年ぐらいだろうか。それか、もう少し早いか。
「そ、それはダメよ!真理もせめて⋯高校までは出なさい」
「母よ、私は学校に行かずとも、もう高校までの学業は修めたのよ。今さら学校に行く理由が見当たらないのよ。これで私に使う学費が浮くのよ。それに、私が学校に行ったところで馴染めないのよ。私達の事を大事に思ってくれているのはありがたいけど、母と父は少し無計画すぎるのよ」
「そうね⋯ごめんなさい⋯⋯」
三歳、それも実の娘に説教されるのは堪えるだろうが、このままいけば何とかなるなんて言葉を吐いている余裕がないぐらいには切羽詰まる事になる。
その日から、出来るだけ節約出来るように母へ助言した。エアコンやお風呂、洗濯機やドライヤーの節約術。私も食事の量を三分の一に減らした。
本来、小学生高学年ぐらいまで伸びると言われてた身長は、小学一年生より低い成長で止まってしまったけど、まぁそれは仕方ない。
でも、そんな考えは間違っていた。小学生に上がる少し前に気が付いた。母は私と目を合わせてくれなくなっていた。
どうしてだろう?私は何か間違っていたのか?今後の生活に不安が出てくるから、そうなる前に対処するのが良いと思っている。それを助言していただけなのだが。
とある日の深夜、夜遅くに喉が渇き、リビングに行くと明かりが点いていた。母と父がまだ起きていて何やら話している。少しドアを開けて、会話を聞くと
「⋯ごめんなさい。私もう耐えられない。あの子の目を見ていると見透かされてる様な、監視されている様な気がして」
「あまり無理しちゃだめだぞ?アレももうすぐ小学生だ。一緒にいる時間は少なくなる。そしたら少しは良くなるかもしれない」
「ええ、頑張るわ」
母は私に言われた事を全て父に言っていた。それは良いのだが、そうか⋯。私のいないところではもう名前ですら呼んでくれていなかった。どうして母が目を合わせてくれなくなったのか理解した。それも当然か。お金すら稼いだ事のない子供が家のあれこれに制限を付けて何様だと思う。しかも養っている分際でだ。
私は何も理解していなかった。自分の考えだけが先行して相手の気持ちを何一つ考えなかった。
父や母に何も言われなかったのは、私の考えが当たっているからだろう。そして節約という制限した生活に文句も言わず従っていたのは、父と母もお金の問題には少し不安があったからだと思う。
確かに私の考えが先行して、母の気持ちを考えなかったのは悪い。他の三歳の子供の様に甘える事が出来ず、他の三歳の子供の様に愛嬌が無く、三歳なのに大人の様に考え、三歳なのに父と母の同じ目線に立ち、意見をする可愛くもないし、気持ち悪い無愛想な子供だけど、それでも私は家族が好きだから、この先の未来で大好きな家族が苦労しないように、自分の考えを言っただけなのに⋯。
――パキッと心の何かに罅が入る音がした。大丈夫、壊れた関係なら修復すればいい。節約術という助言をやめ、母との距離を少しあければ戻るはず。私ももうすぐ小学生だ。自然と母といる時間は少なくなる。母との関係が修復すれば父との関係も良くなる。
そうだ、金銭的な問題で学校には行かないと言ったけど、母は高校まで出なさいと言っていた。だから考えを改めて学校に行くと言えば少しは関係が良くなるかも知れない。私は一人でいる母に話しかける。
「母よ、私はやっぱり学校にいくのよ」
「そう、頑張るのよ」
私と目を合わさずたったそれだけだった。思っていた反応とは違う。少しは関係が良くなるとは思ったけど、そうじゃなかった。
家族で食事する時も、家族でお出かけする時も、父と母は私の顔を全く見ない。愛情は全て妹の友理に注がれる。納得だ。大人みたいな、それも感情の殆どを表に出さず、笑ったりもしない子供に愛情を注ぐなんて無理だろう。家族でお出かけ中、私はチラッと近くにいた別の家族に目を向ける。
「ママだっこしてー!」
「ママ私はギューがいい!」
「はいはい、順番ね」
私も甘えれば関係が修復するのか?⋯でも私は甘え方も知らない。そもそも甘えたいとも思った事がない。甘えたところで何か得られる物は無いと思っていたからだ。甘えるのも泣くのも、家事を頑張っている母の邪魔になる生産性の無い行為だからだ。でももし、こんな病気じゃなかったらあの家族みたいに甘えられたのかな?
⋯⋯私の少し前を歩く母の手をそっとだが、優しく握る。甘え方は知らなくても手を繋ぐ事はできる。母の手は一瞬だけピクッと動いたけど、何も言わず私の手を振り解いた。
私は理解した。もう修復出来ないところまで来てしまっていると。
小学生に上がってから、本当につまらない生活が始まった。子供の中に一人大人が交じって勉強するみたいな感覚だ。
「まりちゃんのかみのけはなんででしろいの?」
「生まれつきなのよ」
「ふーん。まりちゃんはなによんでるの?」
「ヘーゲルの精神現象学なのよ」
「へーげ?よくわからない。それよりもあそぼ?」
「貴方にはまだ早いのよ。私は運動が苦手だから遠慮するのよ」
小学生と会話しても意味がない。だから話はすぐ終わらせる。話したところで、寧ろ無駄な時間だ。
小学生低学年から高学年までずっとこういう態度だったから、当然誰も私に寄り付かない。高学年になると、私とクラスメイトの身長の差や髪の毛の色が違い過ぎて、ようやく私が病気だと理解する。
余計近付かなくなる者もいたし、見た目だけで「チビ」だの「赤ちゃん」だの「ババア」だのと馬鹿にする者もいた。ある程度は無視してればいいが、あまりに煩いと正論で言い負かす。こういう見た目だから、どれだけ相手を怒らしても殴られる事は無かった。そして先生が来て相手を叱る。
勉強を教えてほしいという者もいた。私は「こんな事も分からないの?」と言うと相手はきまって「真理ちゃんは天才だから」という。
凄くイライラした。私が天才で、貴方は天才じゃないから分からない?違う、そうじゃない。学校の勉強は貴方達が覚えられる範囲で出している。それが分からないのは、貴方は覚えた事を忘れているからか、そもそもサボって覚えてないから。
難しい話をしているわけじゃない。私は天才じゃないから分からないと、言い訳している事にイライラした。じゃあもし私が天才じゃなかったら、貴方はこの問題を理解した?何よりイライラしたのが、自分が勉強してないから分からないのに、問題が分からないという言い訳に私を使っている事。
他人にイライラさせられる事が中学生に上がって更に顕著に現れた。「貴方は天才だから」とか「天才で羨ましい」とか「やっぱ天才は違うねぇ」とか。
もちろん興味本位で話しかけてくる人もいた。でも少し話すと、「やっぱ天才の考えてる事は分からないなぁ」とか。
そしてよく相手の考えている事や思っている事を当ててしまう。昼食時は自分の班グループでお互い集まってお昼を食べるのだが、そこで恋の話になった。
男女がお互い好きな人がいるかで話していたのだが、私はその会話をぶち壊してしまった。
「細川さんって好きな人いるのか?」
「確かに俺も知りたい!」
「わ、私はいないですよ?」
「細川さんは勉強一筋って感じだからいないでしょ。むしろ勉強が恋人って感じ?」
「アハハ⋯」
「そうなの?私はてっきり細川さんは隣のクラスの山田君が好きだと思ってたのよ」
「えっ⋯どうして?」
「だって山田君と話す時、僅かだけど声のトーンが高いのよ。それに明らかに他の人と山田君を見る目が違うのよ」
そういうと細川さんはたちまち顔を真っ赤に俯いてしまった。
「あと真田君は同じクラスの花村さんが好きなのよね?柳君は隣の清水さんが好きではないけど、少し気になっているって感じなのよ。そして小林さんは同じクラスの佐々木くんが好きって感じなのよ」
私の班は五人グループなのだが、細川さん、真田君、柳君、小林さんの好きな人を言い当ててしまった。しかもタイミングが悪く、その時教室はわりと静かだった。
まぁその後の流れは想像に難くない。噂は広がり好きな人とはギクシャクしたり、揶揄われたり、お互い両思いで付き合ったりと様々だが、私と話すと全て見透かされて怖いという話が広がって、余計に孤立した。席替えとか私と同じ班になったら絶望とか耳に入るぐらいだ。
何がいけなかったのだろう?好きな人を言い当てただけなのに、何故そこまで敬遠されるのだろう。
好きなら好きと言えばいいし、他の皆が他人の好きな人を知ったからとて、そうなんだで終わる話だ。少女漫画とか恋愛の本を読んだ事があるが、全く理解できない感情だった。他人の好きな人なんて興味すらわかないし、知ったところでだから何?という話だ。仮にこれが妹の話だったとしても頑張れとしか思わない。
中学二年生ぐらいの頃にテレビの取材を受けた。天才を発掘して密着取材する企画なのだが、まぁ色々やらされた。
中学三年生に上がるぐらいから、妹の態度がガラッと変わった。前まではよく話していたのだが、無視するようになった。だから無理に理由を聞こうとした。
「友理」
「うるさい!」
「私が何かしたの?」
「貴方がいると私は評価されない!努力しても努力が報われない!何をしても貴方の妹だからと誰も私を見てくれない!貴方の妹だからこれぐらい出来るだろと過度の期待を寄せて、出来なければ天才の姉とは違うと勝手に落胆される!もううんざりなのよ!貴方なんてもう見たくない!」
――パリンと、罅の入った私の心が割れた様な音がした。産まれ持った天賦の才と、何も持たなかった者と。私が姉だから、同じ学校だから比べられる。それが妹にとっては嫌なのだろう。
私はこれで家に居場所がなくなり、凄く居心地悪い。早くこの家から出たいが、出るにはお金が必要だ。お金を集めるには仕事をする必要があるが、学校終わりにバイトとなると、出来る仕事が限られる。
高校には行かず、高卒認定試験を取得する事にする。16歳以上で8月になれば受けられる。受かれば高卒とはならないが、高卒と同等の学力を有しているという事になる。無いよりもあったほうがいいかなと取得した。父と母に話して、それでも良いと了承してくれた。
まぁ昔は高校まで出なさいと母に言われたが、今の私にそこまでお金を使いたくないだろう。高卒認定試験を取得したらすぐ仕事を探す事にする。実はアテはある。
中学二年生の時に密着取材を受けた時、プログラミングをしてる所も撮ったのだが、番組が放送された後に、私宛に色んな企業からオファーがあった。高校卒業したら是非うちの会社に来てくれって。
高卒認定試験の結果が9月1日に発送されるから、早くても10月ぐらいから働けるだろう。高校卒業したら来てくれとは言われていたが、天才だから高校に行っても時間の無駄と、高校に行ってない理由を適当に付ければ、高校卒業してなくても雇ってくれるだろう。そして月日は流れ、高卒認定試験も無事受かり、オファーされた企業に就職し、二年間働いた。
給料の殆どは短期投資の資金にあて、それなりにお金の蓄えは出来た。そのお金で家政婦を雇い、引っ越しの手伝いや、これからの生活の手助けをしてもらう。
家政婦の名前は古谷さんという女性の方だ。古谷さんとあれやこれやと作業をしていると、すぐに家を出ていく日がきた。一応皆、見送りに来たけど
「では行ってくるのよ⋯」
「気をつけてね。でも貴方は天才だから何も心配してないのだけどね」
「そうだね、引っ越し先でも上手くやるだろう。ほら、友理もなにか言いなさい。しばらく会えなくなるからね」
「古谷さん、お姉ちゃんは天才で無理難題を言って、迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「えっ?あっはい!」
はぁ⋯。最後の最後まで天才天才と⋯。積もり積もった不満やイライラが頂点に達し、初めて私は父と母、そして妹の前で感情を顕にしてキレてしまった。
「天才天才ってうるさいのよ!私がどれだけ生き辛かったか、どれだけ家族の事で悩んだか、どれだけ絶望したか知らないくせに!それを天才だからと片付ける父も母も妹も、周りの人間も全て嫌いなのよ!私だって⋯!私だって⋯!」
私だって⋯普通の人に産まれたかった。普通の人の様に勉強する楽しさを知りたかった。普通の人の様に会話をして笑いたかった。普通の人の様に甘えたかった。
分かっている。人と会話するのも、父と母に甘えるのも私が行動すればいいだけ、勉強する楽しさも、もっと幅広く色んな事を知ろうとすれば良かった。行動を起こさなかった私が全て悪い。他人から見れば私は天才なのかもしれない。だけどね――!
「私も一人の人間なのよ!天才だから全て上手くやれるなんて器用な事は出来ないのよ!私はただ家族の将来の事を思って⋯!思って⋯⋯」
⋯⋯もういい、やめよう。この家にもう居場所なんてないのだから。家族とのやり取りや距離感、その選択に間違え続けた結果が今なのだから。友理には申し訳ない事をしてしまった。
その言葉を最後に振り返り、自分の荷物を持って私は歩きだす。
「真理⋯いつでも戻ってきていいからな⋯⋯」
その父親の言葉を私は聞き流す。今さら遅いのよ。私をアレ呼ばわりしといて。もうこの家に帰るつもりはない。
「本当に良かったのですか⋯?」
古谷さんが少し心配そうな声で聞いてくる。
「いいのよ⋯。私がいない方がきっと幸せなのよ⋯」
「でも涙が⋯」
「うるさいのよ。泣いてないのよ」
「そうですね、勘違いでした」
新しい新居に引っ越してから忙しい日々を過ごした。仕事は主にIT関係の仕事だ。20歳ぐらいの時にフリーランスに転身して、そこからプログラマーやシステムエンジニア、ゲームやアプリ開発のクリエイターまで幅広く仕事をした。
投資や配信サイトへ動画を投稿したりもして、正直もう稼がなくても良いぐらいにはお金を稼いでいる。
なので最近はお世話になった会社しか仕事を受けないようにしている。お金はほとんど使わないけど、毎月100万は家族にお金を渡している。まぁほとんどは妹友理の大学費用の足しだ。
お金も不自由が無いぐらい稼いで、もう何もかもに興味がなくなった。
そんな中、私が25歳の時、興味を惹かれるゲームが発売された。それがAnother World Fantasy。知識を蓄えると自ずと覚える事がなくなってしまう事を恐れた私だが、このゲームのキャッチコピー【もう一つの異世界】に惹かれた。
ゲームなんて今まで一度もやったことがないが、このもう一つの異世界でならどれだけ知ろうが問題ない。
そしてAnother World Fantasyにハマった。ハマって1年と少し、色んな出会いがあった。その中でもルヴァンシュというプレイヤーに興味を惹かれた。他人など興味すらなかった私がだ。
ルヴァンシュというプレイヤーの事をもっと知りたくなったので、勇気を振り絞りリアルの事を聞いてみた。すると元々は運送会社で働いていたみたいだ。そこの社長は勅使河原という名前らしい。
勅使河原という名前は非常に珍しい名字だ。運送会社の勅使河原社長と調べればすぐに見つかった。
あとはこの会社に出入りする社員に、つい最近やめた人をそれとなく聞けばいい。この容姿で生き別れた父親を探していると言えば答えてくれる人もいるだろう。
⋯⋯⋯
⋯⋯
⋯
「真理さん、今日ですよ?」
「わかっているのよ。準備は出来ているのよ」
家を出て今日までこのマンションで過ごしていたけど、新しい場所に引っ越しする。あの人の隣へ。
元々住んでいた住人と交渉して部屋を譲ってもらった。5年ほど働かなくても困らないぐらいの値段でだ。
ふふ⋯。今から会うのが楽しみなのよ⋯福島集人。
※メティスの病について
メティスの病気は前例のない病気なので名前がない。
脳を動かすにはエネルギーが必要であり、脳がエネルギーに出来るのは殆どがブドウ糖である。そして余分なブドウ糖はグリコーゲンに変換され、貯蔵される。
だがメティス脳は異常なまでに脳が活性化していて、常人の数十倍ブドウ糖が必要である。脳が活性化しすぎて、体内時間機構もおかしいので、普通の人とは違う睡眠時間も違い、5日間ぐらいは起きてても全く平気。ただその後の反動は2〜3日寝ないと脳が十分に回復しない。
また脳ではないが、食べた物の消化が極端に早く、栄養をすぐさま取り込めるので常人の大人よりも大食いという事。この仕組みで常人の数十倍は必要なブドウ糖を摂取する事が可能。
そしてこの病気の一番の謎な所は、それだけ食べ物を摂取すれば、他の栄養素も大量に摂取する事になるのだが、体の成長に必要なタンパク質やカルシウム、炭水化物や脂質等、過剰摂取すると体に害があるのだが、どういう訳か余分な栄養素はもちろん、本来、体に必要な栄養素までもが分解され、脳を動かす為のエネルギーとして使われている。
つまり、体の成長に必要な栄養素までもが脳の為のエネルギーであり、それはメティスの体の成長が早い段階で止まってしまうとの事だ。本来は小学生高学年ぐらいまで成長するはずが、節約で食事量を減らし、充分なエネルギーが得られず、幼稚園〜小学生低学年ほどで成長(身長)が止まる。
ただ、成長が止まるだけで、生きる上では何の問題もない。
※メティスのアルビノと視力
アルビノ(眼皮膚白皮症)は網膜の形成が不十分であるから視力も低いとされているが、メティスは視力が低いという事はない。
網膜は脳の中枢神経組織と繋がっている。メティスの病気は初めての症例で、分からない事が多いのだが、普通の人の脳とは違うからアルビノでも視力が落ちてない可能性がある。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m




