24章 紅に誓う
荒れ果てた戦場。空は灰色に覆われ、辺りには血と鉄の匂いが漂っている。菊は崩れた岩の中にうつ伏せに倒れていた。身体中は傷だらけで、その意識は途絶えていた。
『こんなとこで死ねねぇ……』 力なく呟かれる声。それは弱々しいながらも、自分を奮い立たせるような言葉だった。菊の胸中には、一つの揺るぎない想いがあった。
『守るんだ。あんな奴らのとこにおいてはいけない。全部、クソ親父共を見返してやるんだ。お前らなんか鬼灯に、俺に、必要ないって言ってやる……』
「ほぉ……こんな死の淵でも己の生命より皆を守りたいと思うか」
ふと耳に響いた声。それは自分自身の内から湧き出るような、不思議な響きを持つ声だった。低く、静かながらも圧倒的な威厳を持っている。
『誰だ……?』
「後悔はそれだけか?」
声は問いかけてくる。しかし、菊にためらいはなかった。
『なんでもいい。こんなとこで倒れてる時間はないんだ。俺はどうなってもいいんだ……鬼灯を守ってくれ!』
言葉を紡ぐごとに、菊の目は力強さを取り戻していった。その覚悟は、どんな恐れもためらいも寄せ付けないほど純粋なものだった。
「おもしろい……」
声は満足そうに響いた。その瞬間、空気が震え、周囲の景色が揺らぐように変わった。冷たい風が頬を撫で、体の奥底に新たな力が流れ込む感覚が広がる。
「じゃあ体を借りる。肉体がたえられる保証はないが、よいな?」
その問いに、菊は迷いなく答えた。
『あぁ、みんなを守るためならなんでもいい』
その言葉と共に、菊の意識は真っ白に塗りつぶされた。そして次の瞬間、菊の体はまるで炎が宿ったかのように熱を帯び、傷ついた肉体を超越した力が満ちていった。
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ぐらりと空間が歪むような感覚とともに、菊の体が赤色の光を帯びて立ち上がった。その様子に、鬼灯は息を呑んだ。
「な、なんで生きて……菊?お前なのか?」
しかし、隣に立つ剣剥は首を振る。
「いや、違うよ、こいつは菊じゃない。……お前、誰ぇ?」
その声に応えるかのように、赤い光の中から低く不敵な笑い声が響く。
「ふははは!まだまだ未熟よのう、鬼灯。気づかぬとは。」
鬼灯の目が見開かれる。
「な、なんで私の名前を知って……いや、菊に憑いているのなら当然か。で、菊は無事なのか?」
「ふむ、それはお主次第よのぉ。妾の力を使いこなせば、守ることも叶うやもしれぬ。」
鬼灯は唇を噛みしめ、躊躇いを押し殺す。
「……菊を守れるのなら、どんな代償でも構わない。力を貸してくれないか?」
赤光の中の影が薄く微笑む。
「よかろう。妾の名は紅朱。盟約を交わすことで妾の力を授けよう。ただし―」
紅朱の声は急に低く響き、空気を揺るがすような重みを帯びる。
「盟約の代償に、お主は女としてのすべてを失う。そればかりか、妾の力に溺れればお主の命、寿命すべてを妾に捧げることになる。それでもなお、この友を守りたいと願うか?」
鬼灯は静かに目を閉じた。彼女の心に浮かぶのは、いつも隣にいて笑っていた菊の姿。そして、自分の手が届く範囲で守れなかった悔しさ。
「……覚悟はできている。守るためなら、何だってする。」
「よい答えだ。では、盟約の門に手をかざすがよい。」
鬼灯が紅朱の指示通りに手を伸ばすと、紅い光がさらに強く輝き、菊の体はその場に崩れ落ちた。
「な、菊!? どういうことだ、紅朱! 力を与えるのは菊ではないのか?」
「あやつは、今はまだ、妾の霊圧に耐えきれぬ。妾の力を通じて、お主自身が力を振るうのだ。話をしている時間もなかろう?さぁ、守りたいという意志を力に変えるのだ。」
「……分かった。紅朱、本当に感謝する。絶対に勝って、菊を守る!」
紅朱の力が鬼灯に宿った瞬間、彼女の周囲に強大な霊気が吹き荒れる。その圧倒的な力に、紫月は一瞬たじろいだ。だが鬼灯は迷いなく赤い霊圧で作られた薙刀を構える。
「もう、これ以上傷つけさせはしない。」
盟約の門の影響によって鬼灯の眼は赤く鮮やかな血のように濃く染まっていた。
「少し猶予を与えすぎたみたいね。これで、復讐を止められるとでも?」
「たとえ止められる未来がなくても切り開いて道を創ることはできる!行くぞ!」
黒く赤く美しい髪が霊圧によってしたたかに揺れ動き、まるで舞うように鬼灯の動きは滑らかだった。長い薙刀は風の音も斬り伏せ、一瞬で間合いに入った。
「その限界に近い霊圧は、いつまで持つかしらね。持久戦もいいけれど、そう長くやるほど楽しみがいはなさそうだし。霧、業、制圧しなさい。」
「させないよぉ〜?鬼灯ぃ、トドメ刺してきなよぉ〜寝坊してるやつ起こさなきゃ〜」
剣剥が霊圧で作られた剣を手に霧と業を抑えていた。
「無駄な抵抗、どこまでも哀れな霊ね。なぜ人間なんかにそこまで信頼を置き、執着をするのかしら。邪魔はしないでくれるかしら。先に消えてくれる?」
そう言い放つと紫月は霧と業をおさえていて抵抗できない剣剥を吹き飛ばした。
「グアァッ、、」
「剣剥!」
剣剥は壁に当たり、力なく倒れこんでしまった。
しかし、それでもまだ立ち上がろうとする剣剥に紫月は憎しみを覚えた。
「なんなのかしら、そこまで人間に肩入れをして、私達を都合のいい道具としか思ってないあんな奴らになぜそこまでしてともに戦おうというのか、友が、味方が、仲間が殺されるのも幾度となくみてきた、あなたもそうならない保証はない、なのにどうして。」
狂気とも言える表情で紫月は混乱していた。
自分が守れなかった仲間たち、自分が見殺しにしたも同然の惨劇。
そんなことを起こさせないために、自分への復讐のために、ここまで来たのに。
「紫月、、、泣いて、いるのか?」
鬼灯が見上げると、大粒の涙を流す紫月がいた。
「な、んで、、、、泣いてなんか、、、、」
「紫月ぃ、最初から、わかってたんでしょぉ?憎しみは何も産まないってことも、自分の中に渦巻いてた後悔も、悲しみも全部、蓋してたんだよねぇ?」
剣剥がいつになく真剣に紫月の目を見つめ、優しい眼差しで重くボロボロの体を引きずりながら近寄る。
「そんなはずないっ。私は、私は、」
「かつての黒川家の行いはどれも間違っていた。紫月、あなたが間違いを正そうとしていなければ、仲間も報われなかった。その感情も抱くことは正しい。黒川家が滅亡することが望みなら、私が最後の末裔だ。罪が滅ぶことはない、だが、贖罪はしなければならない。だから、私はもう逃げない。すべてを受け止める。」
鬼灯は覚悟を宿した目で紫月の下へゆっくりと歩みを進める。
「こないで、違う、私は、ただ、違う、違う、違う、違う」
頭を強く抑え、うずくまる姿勢で紫月は狂ったように言葉を繰り返す。
「そんなはずない、違う、滅亡、そうだ、滅亡すればいいのよ。」
紫月の紫色の眼が黒く染まっていく、体も人間とは言えない異形へと変わりゆく。




