第276話 慈愛の女神
「ロックを…お願いね。」
ミラとファルクはその意味がわからなかった。
ロックはもう、死んでいるのだから。
そんな2人にニコッと微笑み、ティナはロックを握る手に力を込めた。
「[慈愛の女神]。」
ティナがそう唱えると、ティナとロックを優しい光が包んだ。
奇しくもティナがもともと持っていたスキル【慈愛の祈り】と似た名前の魔法。
それは、ユニークスキル【大聖者】が持つ魔法だった。
発動条件は、『愛する者にしか使えない』こと。
【パンドラ】とは逆とも言える特殊能力の発動条件。
愛情を持たないモンスターが持っていた時には、発動しえなかった魔法。
その効果は、
『自分の命と引き換えに仲間1人を完全回復し、戦闘が終わるまで全能力を3倍にする。死亡していても効果を与えることができる。使用後、【大聖者】スキルは完全に消滅する。』
ティナはこの魔法のことを誰にも言わなかった。
もし言えば、ロックはこのスキルを奪っていただろう。
底抜けのお人好しだから。
そんなロックだから、ティナは彼を愛していた。
自分の命よりも大事だと思えるくらい。
愛する人を救える喜びが、死ぬ恐怖を少しだけ上回った。
だから、最後に微笑むことができたのだ。
「な、なんだ!?」
唯ならぬ嫌な予感に、すぐさま魔法を放つ魔皇帝。
しかし、[慈愛の女神]は発動中、全ての攻撃を無効化する。
魔皇帝が何もできないまま、光が収まっていく。
その光の中から、ティナを大事に抱き抱えるロックの姿が現れた。
「…魔族に…なっていないだと…!?」
ロックは魔族の姿ではなく、人間のままの姿だった。
「…ティナ……!
……どうして……。」
まだ暖かい、けれども息をしていない、愛しいティナ。
一番守りたかった相手を死なせてしまった。
戦う意味を一瞬見失いかけるロック。
でも、そんなロックを見透かすように握られたままのティナの手。
「前に進んで。」
そう強く願ったティナの想いが伝わってくる。
「ティナ…。」
そして完全に光が消えた。
「もう大丈夫だから…。
今度こそ離れてて。」
ティナをそっと仲間に預け、魔皇帝と相対するロック。
「…くっ!
し、死ねぇ!!」
魔皇帝からロックへ放たれる魔法。
「はっ!!」
その魔法は、ロックが放った[武技]によりかき消えた。
「なっ!?」
魔王と融合し、【魔神化】した状態の魔法を消されたことで、動揺を隠せない魔皇帝。
純粋な威力なら魔皇帝の魔法の方がはるかに高いが、【守護神の壁】により威力が半減したことで、[武技]で相殺することができた。
動揺している隙に、【神速】で魔皇帝との距離を詰めるロック。
仲間に被害が及ばないよう、再び魔皇帝を連れて【神速】でこの場を離れる。
魔皇帝は魔法を周りに纏っておらず、ダメージを受けることなく移動できた。
すぐに自分の周りに魔法を発生させる魔皇帝。
その時にはロックはすでに距離をとっていた。
「最後の…勝負だ。
お前は必ず…倒す。」
「負けるものか…。
全てを捨てて力を得たのだ…。
その俺が負けるわけがないいい!!!」
ロックに魔法を放つ魔皇帝。
[武技]で相殺しながら近づくロック。
魔皇帝の魔法とロックの[武技]はタメに同じくらいの時間を要する。
だが、魔皇帝は自分の周辺に魔法を展開しつつ、ロックに別の魔法を放っている。
今のロックでも、魔皇帝の魔法の直撃は一撃耐えられるかどうか。
魔皇帝が纏っている魔法のダメージと二発分の魔法をくらえば、死は免れない。
ここまでパワーアップしても、この戦いはまだ自分に分がある。
魔皇帝はそう考えていた。
ここでロックは慣れ親しんだスキルを発動した。
【分裂】だ。
「ふっ!
いくらお前自身がパワーアップしても、分裂体の強さは変わらん!
何十体いようと、無駄だ!」
魔皇帝の魔法の前には、分裂体は壁になることすら難しい。
それでも、数が増えれば話は別だ。
ティナのおかげで魔力とMP以外が魔皇帝以上のステータスになったロック。
魔力も魔皇帝には及ばないとはいえ、約1万。
つまり、100体の分裂体を生み出すことができる。
「なんだと!?」」
「全てを捨て、人との繋がりを持たないあなたに、僕たちは倒せない。
あなたが否定した、繋がりの強さ。
それをこの一撃に…込める。」
「俺は…俺は負けん!
…くたばれ!!」
ロックへ魔法を放つ魔皇帝。
流石の魔皇帝も100体の分裂体を一度の魔法で全て倒し切ることはできなかった。
100体の分裂体でギリギリ魔法を耐え切ったロックは、すでに【神速】で魔皇帝に肉薄していた。
魔皇帝が纏う魔法に耐えながら、[武技]を放つロック。
「く…そ……ぉ………」
〜第五章 完〜




