第266話 セレスタンの拳
「やめるんだっ!」
その言葉を発したのは、バルキアのギルマス、フィデルアであった。
「ギルマスぅ…。」
魔族となったセレスタンはフィデルアの制止を振り切ることができず、戦いを傍観していた。
「魔王を倒せば、世界がとんでもないことになるぞ!」
「とんでもないこと?」
「魔王は『必要悪』なんだ!
いなくなれば人間同士の戦争が起きる!
今のままの方が、世界は平和なんだ!」
「だからあなたは魔王に与したと?」
「そういうわけではない!
だが…、冒険者の動きもコントロールが必要だった。
被害を最小限に抑えるために…。」
「…?
戦争を起こさないために、魔王と裏で手を組み、魔族と人間の戦いを演出していたということですか?
冒険者たちを魔王に殺させて、魔族にしてまで?」
「演出ではない!
人間側の被害はなくしたかったが、結果的に倒されてしまった者たちが魔族に…。」
「言ってることが的を得ませんね…。
では僕たちを指名手配した理由は?」
「それも同じだ。
お前のスキルはこの世界のバランスを壊す。
現実を見てみろ。
お前らが余計なことをしなければ、こんな大規模な戦いは起こらなかった。」
「…待て待てぇぇえええ!!」
そこにセレスタンが割って入ってくる。
「じゃあギルマスぅ!!
あんたが魔王…さま…と手を組んでたってことは事実なのかぁああ!?」
「…目的のために…手を組んでいたことは…確かだ……。」
「そのために…、俺を殺したのかぁぁああ!?」
「殺したわけではない。
現に今、生きているだろう?」
「こんな…こんな姿しておいてぇぇええ!!
ふざけるなぁぁああ!!
他の冒険者も…あんたのせいでぇぇええ!!」
「魔族となっても彼らは生きていた。
殺したのは…この指名手配犯たちだ!」
セレスタンがロックたちの方を向く。
が、すぐにフィデルアに向き直る。
「あんたとは…こいつで語る必要があるみたいだなぁぁああ!!」
セレスタンが拳を握る。
「ま、待て!!」
「何びびってやがるぅ!?
昔はこいつで何度もやり合っただろうぅぅ!!
俺が憧れたあんたは、こんな小賢しいことしたり、ビビったりするやつじゃなかったはずだぁぁあああ!!!」
セレスタンが強く握った拳を、フィデルアに向かって振り抜く。
「ぐっ!?」
避けきれずに吹き飛ばされるフィデルア。
「あぁ!?
なんだその様はぁ!?
あんた本当にアニキかぁ!?」
セレスタンはフィデルアのことを「ギルマス」と呼んでいるが、ギルドマスターになる前は「アニキ」と呼び慕っていた。
拳でどつかれながら、冒険者についてたくさんのことを学んだ。
冒険者みんなの憧れだったフィデルア。
一線を退いてから15年経ったとはいえ、あまりに手応えがない。
「ごぉっ…。」
セレスタンの強烈な拳が、フィデルアの腹部にめり込む。
「んっ!?」
「ロック、どうした?」
「一瞬、ギルドマスターの体が変形したような…?」
「なに?」
うずくまるフィデルア。
「…15年戦わねえとこんなに弱くなるもんかぁ…?」
それを見下ろすセレスタン。
「セレスタン!
そいつ、偽物かもしんねえぞ!
攻撃を続けろ!」
「ファルクぅ…。
年下のくせに偉そうにすんなといつも言ってるだろぉがぁぁああ!!
……偽物ってどういうことだぁ?」
「本物のギルマスがそんな弱いわけねえだろ!
偽物なら、追い詰めたら正体を表す!
本物ならそれくらいでやられたりしねえ!」
「…ふん…。
まあアニキには昔散々しごかれたからなぁ。
もともとこんな程度で終わらすつもりはねえぇぇえ!!」
「ぐ!?」
うずくまるフィデルアを立ち上がらせ、殴り続けるセレスタン。
「まずい…!
やめろ!!」
魔王がセレスタンに命令するが、忠誠度が極めて低いセレスタンは止まらない。
「魔王が焦るってことは、間違いねえな。」
「ヨムじいさんが見た光景は、見間違いじゃなかったみたいだね。」
セレスタンの拳が振るわれるたび、フィデルアの体が…ブレて波打つ。
それは明らかに人間の体の動きではない。
「ぐ…ぐぅぅおおおぅぅ……。」
「な、なんだぁぁああ!?」
フィデルアが、フィデルアではなくなった。




